二話 公爵令嬢の正体
こういう公爵令嬢がいてもいいのだと、寛容な心で読んでもらえたら助かります。
まず初めに。
フェリシティ・ローレルはそこまで馬鹿ではない。
容姿端麗であり、学校での学業の方も優秀。貴族としての礼儀作法も完璧にこなす、公爵家の令嬢だ。
ここまで聞けば、男ならば喉から手が出るほどの女性なのだが、無論、そうは問屋が卸さない。
確かに第一印象だけで言うのであれば、彼女はぴか一だ。
だがしかし、問題なのは中身の方。
「いやー、今日のリリたんもマジ天使だったわー、見ていてホント飽きないっていうか、癒されるっていうか……マジ抱きたい。この場合の抱きたいっていうのは、別に変な意味ではないわ。私はただ、枕のように抱いて眠りたいと思っているだけ。枕のようにむぎゅーってして、クンカクンカして、ハスハスするだけなんだら。断じて、そう、断じて変な意味ではないわっ!!」
などとこの場にいないリリアンを想像しながら、そんなこと呟く。
そう。これがフェリシティの正体、というか、本音だ。
どれだけ外面がよかろうとも、どれだけ品のあるお嬢様に見えようとも、中身はただの……否、かなり特異な妹好き馬鹿なのである。
「お嬢。最後の一言は完全にアウトなのでは?」
残念極まりない妹好きな公爵令嬢の小さな本音を聞きながら、呆れている執事の青年―――クロウの言葉に、フェリシティは反論する。
「何言ってるの、クロウ。変な意味で捉えないでよ。私はただ、枕のように抱いて眠りたいって思っただけで、変な意味ではないわよ」
「そうっすか。枕のように、ね」
「ええそう。枕のようにクンカクンカして、むぎゅーってして、ハスハスするだけなんだから」
「すみません。それはどう考えてもダメですよね? 完全に一線超えてますよね?」
何をどう聞いてもダメとしかいいようのない言葉を前に、クロウは主の阿保さ加減に頭を抱えたくなった。
「はぁ全く……その素のままで、とは言いませんが、その十分の一でもいいので、ちゃんとリリアン嬢と話をすればいいのに」
「え? いや無理でしょそんなの」
「即否定ですか」
「だって、そんなことしたら、私、幸せ過ぎて死んじゃうわよ。今でさえ、目を合わせることすらまともにできないっていうのに」
こういうことを平気で言ってしまうのが、また残念なところである。
フェリシティはリリアンのことをこれでもかというくらいに可愛がっているつもりだ。つもり、という言葉がつくのは、それがリリアンには全っっっく伝わっていないため。
(目を合わせない、会話する数が少ない、その割には物陰から見ている……まぁ、お嬢の見た目でそんなことされれば、リリアン様でなくとも、怖がられるのは当然だろうけれど)
何度も言うが、フェリシティは容姿端麗だ。だが、その目つきだけは氷の刃の如く、鋭い。そんなものでずっと見られているともなれば、誰だって「嫌われているのでは?」と思うだろう。
しかも、会話もロクにせず、するとなってもロクに目を合わせない。それだけ条件が揃えば、怖がられても仕方がない。
無論、周りの人間が色々とフォローしているのだが、それでもリリアンはフェリシティを「自分を憎んでいる人」だと思っている。
最も可愛がりたい相手に一番距離を置かれているとは、やはりどこまでいっても残念至極としか言えないだろう。
「それにしても、どうしましょう。このままだと、私、不敬罪とかで処刑になるのかしら」
「いやさらりと怖い事言わないでくださいよ」
「でも仕方ないと思うのよ。だって私のリリたんをあんな公衆の面前で泣かしたんだもの。優しくて努力家で頑張り屋。自分は人より覚えが遅いからと言って、夜遅くまで勉学に励み、貴族としての礼儀作法も練習したりして。まぁ、そのせいでちょっと寝不足なところがあるので大丈夫かなって心配な時もあるけれど、時たまみせる寝顔が本当に尊くて尊くて。それでその後、「え、寝ちゃってた!?」と驚きながら目を覚ますところがもう愛しいの何の……物陰から隠れてみてて、本当にたまらなくなったわ」
「お……おう」
あまりに情報過多な発言に、クロウは相槌をうつ他なかった。
……正直、ツッコミどころ満載ではあるが。
「そんな、そんな義妹をよ? こともあろうか、あのクソ王子、意味不明なイチャモンをつけて、皆の前で罵倒を浴びせるだなんて。しかも、あの子が毒殺をしかけたとか、これまた頭の悪いことを言い出して、もうホント、何であんなのが王族やってるのか不思議で仕方なかったわ」
「そ、そうっすか……」
言葉の節々から伝わる怒りの念。前々から分かっていたことだが、フェリシティはフレンに対し、これでもかと言わんばかりの敵意を持っていた。まぁ、可愛い妹といずれ結婚する相手、というだけならまだしも、フレンのリリアンに対する態度はそれだけひどい有様だった。
そして、その怒りが今回のことで頂点に達してしまった、というわけだ。
「まぁなのでとりあえず、顔面に一発拳をぶち込んだんだけど」
「いや、とりあえずでやることではないと思うんですけど」
「何を言っているのクロウ。私の宝である義妹を泣かしたのよ? 今までは義妹の許嫁としていやいや、本当に、いやいやだけど、許してやっていたというのに、他に女を作って、挙句義妹に対して婚約破棄を言い渡すだなんて。正気の沙汰じゃないわ」
「王子をぶん殴ったお嬢も正気の沙汰とは思えないですが……」
……いや、今の発言は取り消そう。
そもそも、フェリシティにとってリリアンに関することは全て、狂気の沙汰なのだから。
「けどまぁ、何というか、お嬢らしいっていえば、らしい展開ではありますがね。ま、安心してくださいよ。多分、今、旦那様が何かしら策を講じてくれてるはずです。すぐにとはいきませんけど、もうしばらく我慢してください」
「いや、流石にお父様でも、今回の件はどうにもならないんじゃ……あんな頭お花畑の馬鹿でも、一応はこの国の王子だし。っていうか、本当に何であんなのが王子なわけ? 第一王子・オルス様が生きてさえいれば、あんなのとリリアンが結婚する必要もないっていうのに……」
第一王子・オルス。
そう。フレンはこの国にとって、第二王子。本来ならば、次期国王の座は第一王子であるオルスが引き継ぐはずだった。
だが、それは無理な話だ。
何故ならば、彼はもうこの世にはいないのだから。
「そんなこと言ってもしょうがないじゃないですか。第一王子のオルス様は。十七年前にあった当時の将軍の一人・シュナイダーが率いた反乱で殺されてるですから。まぁ、殺された当時は一歳くらいだったから、もし仮に生きていたとしたら、年齢的には問題ないとは思いますが……それでも、第一王子が生きていたとしてもお嬢のことだから文句の百や二百は言ってるに違いないでしょうに」
「百や二百って何よ。そんな程度で足りるとでも?」
「相変わらず予想の斜め上をいく返答だなオイ」
とはいえ、実際のところ、フェリシティはどんな男が相手であろうと、結局のところ文句を言うのは事実だろう。たとえどれだけ聖人君子であったとしても、可愛い妹をとるということは、すなわち敵対行為と同義なのだから。
しかし、そんなもしもの話をここでしていても、意味はない。
「まぁ、どれだけここで文句言っても、未来の国王を殴ったのは変わらないのよねぇ。それに、あのメリーナ様が黙ってないだろうし」
「あー……まぁ確かに、王妃様は確実に何か言ってきますね」
王妃、つまりはフレンの母親であるメリーナはフレンのことを溺愛している。
フレンがあのような状態になったのも、恐らくはメリーナのせいでもあるだろう。それだけ、彼女はフレンを甘やかしてきた。
フェリシティが言えることではないが、正直度が過ぎていると言っていいほどに。
その大切な息子を殴ったのだ。確実に逆鱗に触れたに違いない。
「死罪か、よくて追放かしらね……」
「そうっすねぇ……ま、その時はその時。俺が何とかしてここから出しますよ」
「何とかって、どうやって?」
「どうとでも。お嬢を守ることが、俺の役目ですからね。たとえこの国を相手にするとしても、この命に代えても、ちゃんとお守りしますよ」
さらり、と。
さっきまでとは違く真剣な口調で、クロウはそんなことを言い放つ。
一方、まるで姫を守る騎士のような言葉を聞いたフェリシティはというと。
「やだ。クロウがちょっと格好よく見えちゃった。どうしたのかしら、私。風邪でもひいちゃった?」
「いや、それは流石にひどくないですかね!?」
あまりの言葉に、思わずそんなツッコミを入れるクロウであった。