一話 始まりの一発
本当に久々の投稿です。
短編を作ろうと思ったら、何故かどんどん長くなってしまって、結果中編ぐらいの長さになりそうです。
ただ、長編とまではいかないと思うので、どうぞよろしくお願いします!!
「殿下……今、なんとおっしゃいましたか?」
少女―――リリアン・ローレルは恐るおそる問いを投げかけた。
自分が今、何を言われたのか、聞こえていなかったわけではない。意味もちゃんと理解している。だが、それでも受け入れることができなかった。
何かの間違いであってほしい……そう願う彼女であったが。
「何度でも言ってやる。リリアン・ローレル。今日、ここでお前との婚約を破棄させてもらう!!」
そんなリリアンの願いを踏みにじるかのように、フレン王子は言い放った。
婚約を破棄、という言葉から分かるように、二人は将来を約束された許婚同士。無論、それは貴族にはよくある政略結婚であり、二人が恋仲になったから婚約をした、というわけではない。
だが、たとえ政略でも、リリアンはフレンのことを大切に思っていた。それこそ、この人と一緒に生きていく覚悟を決めるほどに。
フレンはこの国の王子。つまりは、次の国王だ。その婚約者となれば、未来の王妃。そのため、リリアンには未来の王妃として多くのことを求められた。将来の王族としての礼儀作法は無論、勉学に政治のことまで、ありとあらゆることに励まなくてはならなかった。
正直、辛い日々だった。リリアンは何事も覚えるのが遅く、だからこそ、所作や知識を身に着けるのには人より時間がかかってしまう。ゆえに、そのことを陰口として色々と言われることもあったし、面と向かって「将来の王妃として不安だ」と言われたことさえあった。
それでも彼女はめげずに頑張ってきた。
やりたいこと、したいことを我慢して、寝る間も惜しんで「未来の王妃」としての努力をしてきたのだ。
けれども、その想いとは裏腹に、リリアンの努力はフレンには一切届いていない。
彼にとって、リリアンは単なる政略結婚の相手であり、そこに愛は一切なかった。それどころか、自分に近寄ってくる女を退ける理由として、彼女を使っている。
フレンは王子という立場があると同時に、かなりの美少年だ。金髪碧眼で色白。背も高く、まさに理想の男と言えるだろう。だからこそ、彼を狙う女性陣はそれこそ星の数ほどいる。そして、それを寄せ付けないために、フレンはリリアンを利用していた。
いくら容姿端麗で王族であるからといって、婚約者がいる身で他の女性と懇意になることはできない……それを理由にして、多くの女性の誘いを断ってきた。
無論、心からの言葉ではないのは、リリアンも理解していた。
だが、それでもよかった。
どんな理由であれ、彼の傍にいられるのなら、それでいい。
たとえ愛されていなくても、恋人のような関係になることはないとしても、いつか自分の気持ちを分かってくれさえすれば、それで自分は満足なのだから。
だが、しかし。
そんな受け身な姿勢が、今回のような事態を招いたのかもしれない。
「お前がロゼッタにしてきた悪行の数々、まさか知らぬとは言わせないぞ」
言いながら、フレンは隣にいる黒髪の少女――ロゼッタの肩に手をやりながら、まるで守るかのような形をとりながら言い放つ。
ロゼッタ・マルナイア。彼女こそが、この騒動の元凶であり、発端。
先も話したように、フレンはリリアンに対し、全く想いを寄せていなかった。元々政略結婚であり、女性を寄せ付けないためだけに傍に置いておいたようなもの。
そんな折に、彼はロゼッタと出会った。
彼女はどこか保護欲をかきたたせるような性格であり、フレンはそんな彼女に射止められてしまった。
しかし、ロゼッタは男爵の娘。王族の、しかも次期国王であるとされるフレンとは釣り合う立場ではないのは明白。
無論、リリアンはこのことを知っていた。
だからこそ、何度かそのことに対し、ロゼッタに注意はしてきた。無論、常識の範疇での話だ。フレンのいうような、悪行と言われることなど、彼女には身に覚えがないし、やってなどいない。
「悪行などと……私は、そんなことをした覚えはありませんし、心当たりもございません」
「ふん。この期に及んでまだシラをきるつもりか。お前が彼女に、陰湿なイジメをしているのは聞き及んでいる。彼女の持ち物を盗み、壊し、それを陰から見て笑っていると。そればかりか、嫉妬にかられたお前は、彼女に毒を盛って殺そうとした!!」
瞬間、会場がどよめく。
当然、その中にはリリアンも含まれていた。
陰湿なイジメ? 毒を盛って殺そうとした? 一体全体、何を言っているのだろうか。
「そ、そのようなこと、私は……」
「言い訳も弁明も聞きたくもない。お前は彼女を邪魔だと判断し、排除しようとした。それは到底許されることではない!! よって、お前をここで拘束する!!」
瞬間、待っていたと言わんばかりに周囲から衛兵がぞろぞろと現れ、リリアンを一瞬にして取り囲んだ。
意味が分からない。
理解ができない。
一体これはなんだというのだ?
(どうして、どうして、こんな……)
リリアンは自覚していたつもりだった。自分が、彼に愛されてなどいないのだと。むしろ、邪魔であり、嫌われているのだろうと。
だが、それでも、それでもだ。
ここまでのことをされるとは全くもって予想していなかった。
(否定を、しなく、ては……)
この状況で、リリアンが沈黙することは許されない。私は違う、やっていないと言わなくては、自身の非を認めることになってしまう。
だが、できない。できないのだ。
声を出そうにも、止まってしまう。言葉を紡ごうにも、口に出せない。
その原因は、目の前にいる者たちの目。
彼らの目にあるのは、こちらを悪だと断言するような鋭い目。それはまるでこちらが本当に悪いと思わされてしまう。
誰も彼も、リリアンを信じていない。
誰も、誰も、誰一人として、だ。
フレンは無論、取り囲んでいる衛兵やそれを見ている貴族たち。この状況下で、リリアンをかばう者は存在しなかった。
その事実に、自分が今までしてきたこと、やってきたこと、頑張ってきたこと、その全てを否定された気分になり、打ちのめされてしまう。
その時であった。
「―――これは、どういう状況なのでしょうか」
その声に、リリアンは思わず、心臓を鷲掴みにされた気分になった。
振り向くと、そこにいたのは、彼女がよく知る人物。
「フェリシティ、お姉様……」
フェリシティ・ローレル。リリアンの腹違いの姉であり、彼女が最も恐れる人物の一人。
リリアンはよく可愛らしい、と言われるが、一方のフェリシティは美しいの一言に尽きる。だが、ただ美しいのではない。氷のように冷ややかな視線は、見つめられるだけで、大の大人でも震えあがってしまうほど。別に人相が悪いとか、目つきが悪いわけではない。ただ、何故か彼女に見られるとそうなってしまうのだ。
それはリリアンも例外ではない。
とはいえ、彼女がフェリシティを恐れるのは、それだけではないのだが。
フェリシティは、昔からリリアンのことを嫌っている。
フェリシティの母親は彼女が小さい頃に病気で亡くなってしまったのだが、そのすぐあとに父親は再婚し、リリアンが生まれた。父親はリリアンに愛情を注ぎ、挙句の果てには姉であるフェリシティを差し置いて、リリアンを第一王子の婚約者としたのだ。
フェリシティからしてみれば、面白い話ではなく、だからこそリリアンのことをよく思っていない。そのせいか、フェリシティはリリアンとまともに顔を見て話したことが一度もないのだ。
そういう経緯から、リリアンはフェリシティのことが苦手、というより怖いのであった。
そんな彼女が今、目の前にいる。
リリアンにとって、最早ここは地獄そのものであった。
「何を泣いているの? リリアン」
「え、あ、そ、の……」
うまく言葉が出ない。何か言わなくてはいけないというのに、何も出てこなかった。
自分の言葉を口にする前に、頭に流れるのは、彼女が今、思っているであろう言葉。
『こんな公の場でみっともなく泣くとは情けない』
『同じローレル家の人間として恥ずかしい』
『これでは婚約を破棄されても仕方ない』
言われてもいないのに、どこからともなくそんな言葉が聞こえてくる。それが余計に、リリアンを追い詰めていた。
他人から見れば滑稽な話だろう。ただの幻聴に何を恐れているのか、と。だが、それだけリリアンからしてみれば、フェリシティは恐れる存在なのだ。
何も言わないリリアンを、まるで追撃するかのように、フレンが口を開く。
「ウソ泣きはそこまでにしたらどうだ?」
その一言で、フェリシティの視線がフレンへと向く。
「ウソ泣き、と仰いましたか? 殿下」
「ああそうだとも。貴殿の妹、リリアンは私の大切な人をあろうことか傷つけた。故にこの場で婚約破棄と言い渡した途端、そのザマだ。大方、涙を流して周りの同情を買う作戦なのだろうが、浅はかな。そんな安っぽい手に乗る者などいるわけがなかろうに」
リリアンの涙を、しかしフレンは安っぽいと言い切った。これまで彼の前で、リリアンは泣いたことがない。頑張って、我慢して、努力して、泣くとしても彼がいない場所で。そうでなければ、嫌われてしまうかもと思ったから。
けれど、そんな努力も空しく、彼はリリアンのことを何も分かっていないことが証明されてしまった。
「フェリシティ殿。貴殿にとっては残念なことだが、事実だ。貴方の妹はこのロゼッタに散々嫌がらせをした挙句、彼女を殺そうとした。許されざる蛮行だ。たとえ公爵家の令嬢だとしてもだ」
「故に、その子を捕まえる、と」
言うと、フェリシティは一呼吸の後に。
「殿下―――最後……いいえ、最期に言い残すことは、それだけで、よろしいでしょうか」
「? 何を言って――――」
瞬間。
フェリシティの拳が、フレンの顔面に直撃した。
「ごっ―――」
フレンの身体はそのままふっとび、パーティー会場の壁にめり込んだ。
あまりにも常識はずれな状況を前に、他の参加者は唖然としている。無論、リリアンも。
そんな中、フェリシティはというと。
「ふぅ…………すっきりした」
そう、呟いたのだった。