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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お解離

作者: シラツキ

 男の名はモリスケ。32歳の無職、独身。ついでに童貞である。


 「えっと…縄が置いてある区画がそっちで、ビニール紐があっちか」


 男は1人、ホームセンターの入り口で小さく呟いた。今日は日曜日な事もあってか、家族連れがやたら多い。


 しかし男は彼らを横目にすら見る事なく、自分の意思にのみ従って動き出した。この集中力を他の事に活かせることができていたとしたら、男は別の運命を辿っていたかもしれない。非常に、気の毒極まりない。


 「縄って言っても種類がいっぱいあるな…。麻?綿?よく分からないぞ」


 下調べが甘かったようだ。縄だけではなくビニール紐でも実行できるという事は事前に調べておいたのだが、それぞれの種類までは意識していなかった。


 「なるべく太くて長い方が調整しやすいし安定択か?…うへぇ、こんなのが2000円もすんのかよ」


 とは言いつつも,金額を気しないで買い物が出来るというのは男にとって初めての経験である。本来の目的を忘れてしまったかのようにこの買い物を楽しんでいる。まだ、心に余裕があるように見える。


 男はお目当てのものを全て買い物カゴに入れ、レジに並んでいる。カゴの中には、綿縄、ビニール紐、ホールソー(壁に穴を開ける道具)が入っている。……勘の良い店員なら、このラインナップを見れば気づいてしまうだろうが、またしても男の脳内にはそのようなシミュレーションは行われていなかった。


 「3点合計で、5110円になります」

 「……」


 財布から一万円札を取り出す。なけなしの一万円札だ。


 「3890円のお返しです。ありがとうございましたー」


 お釣りを受け取り、買った物をレジ袋に移し終わった男は、そそくさと店を出て行った。




 家までの帰り道、男はコンビニに寄る。買ったのはストゼロレモン500ml缶に一袋80gのわさびの柿ピー、男はこれらを"モリスケスペシャル"と呼んでいつも楽しんでいたが、この組み合わせは結構ポピュラーである。世間知らずとは怖いものだ。


 コンビニを出て財布の中身を確認する。残りの所持金は3532円。所持金は全て使いきってからと思っていたが、これ以上買うものも男にはない。しかし、ここである事に気がつく。


 「(10000円ー5110円ー358円って…4532円だよな…)」


 ホームセンターの店員からは3890円しか返されなかった。1000円分間違えてしまったのだろう。


 だが、男はこの事実を知っても特に動じる事なく再び歩き始めた。1年前の男がこの状況に陥っていたら…想像する事は容易い。しかし今の男にとっては、まさしくどーでもいいことだった。本当にどうでもいいのはお前の存在意義だがな。



ーーー



 帰宅した男は早速作業に取り掛かる。七畳ワンルームの部屋を見渡してみて、手頃な場所が無かったため、かろうじて部屋とキッチンを区切っている薄い壁の上の方に穴を開けていく。


 男が元々ホールソーの使用方法を知っているはずもなく、説明書を取り出し、それを見ながら作業を進める。


 「ここのボタンを押すと…って、うるせえ!」


 無計画にも程があるだろう。ただでさえ隣の部屋とも壁が薄いというのに、ここまでの騒音を出しながら作業を行えば苦情は免れない。


 ……いや、しかし今の男は無敵であった。うるさいとは思いつつ、自分の鼓膜の心配だけをして、近隣住民への迷惑になっていることなど気づいてすらいない。ただ、近隣住民は男の部屋から垂れ流される爆音のA○の被害を毎日被っているので、その点においては鍛え上げられているのかもしれない。迷惑極まりない。お前がいなくなればいい。


 「ペっ、ぺっ、木の粉が口に入ってきやがる」


 ホールソーはDIYグッズでもあるため一般人が使用しても使いやすいようになっているはずだが、男の手際はかなり悪い。壁が薄いと言ってもホールソーがくり抜けるのはせいぜい20mmくらいだ。部屋側とキッチン側の2回に分けてくり抜かなければならないのに、それに気づかず無理やりホールソーを押し込んでは、木粉を部屋に散らす。


 こんな面倒くさい事をするくらいなら樹海にでも行ってそこらへんの木に括り付ければ手っ取り早いし良いと思うのだが、この男には謎の信念を持っており、"するなら自宅で"と心に決めていた。


 準備に手間がないものと言えば、特に道具を用いない飛び降りなら即実行可能なため非常にお勧めだ。しかし、男の美学においてはその選択肢も眼中になかった。どちらにせよ世間に醜態を晒す羽目になるのだから、関係ない。関係ない。関係ない。


 

 「…ふう。何とかくり抜けたな。まずは縄を通してみるとするか」


 レジ袋から綿縄を取り出す。部屋側の穴から通して、試しに結んでみる、が…


 縄が太すぎて結べなかった。男は「ミスったなあ」と思いつつも、こんな時の為に買っておいたビニール紐をレジ袋から取り出す。綿縄と比べたら流石に強度は劣るが、ネットの情報によれば約100kgのモノまでは支えることができるらしい。ちなみに男の体重は112kgである。終わってるよその体型。お前の判断は間違ってない。




 「こういうふうに何重も巻いて…うん。良い感じだ」


 出来上がった舞台を見て男はそう言った。ビニール紐は結んだというより単純な輪っかを作った感じだ。ケンケンパのリングを想像してもらえれば分かりやすいだろうか。


 男は空になったホームセンターの袋を片し、別の袋からストゼロと柿ピーを取り出す。長年付き合ってきた相棒たちだが、今日でお別れである。彼らで始まり、彼らで終わる。大団円と呼ぶにふさわしい結末だ。


 柿ピー1つひとつをよく噛み締めながら、ストゼロを流し込む。男にも思うことがあるのだろう。いや、この後に及んで何か思い始めたところで仕方がない。覚悟を決める必要がある。男はそれを酒の力で何とかしようとしているに過ぎないのだ。




 「……今日はもういいかな…」


 ……男はストゼロは飲み干したものの、柿ピーは残り3分の1程度残して、口を輪ゴムで止めた。まあ、お腹がいっぱいになれば無理して食べ切る必要はない。明日は来ない。残したところで意味がない。




 「……う〜ん…。やるかぁ…。」


 数十分後、良い感じに酔いが回ってきた。男もそれなりに覚悟ができたようだ。輪っかの位置まで椅子をずらし、高さが足りることを確認する。だが、流石にここまでくると男も手と足が震えてくる。


 今からやろうとしている事は遥かに人知を超えている。なぜならば、人ではなくなるからである。怖気付くのも仕方がない事だ。ここにきて日和ってんのかよ。そういうとこなんだよな、お前の駄目なところって。



 …椅子の上に立ち、結ばれた紐を首にかける。震える四肢を何とか落ち着かせようとするが、体は正直だ。頭で分かっていても体は言う事を聞かない。だから、今すぐにでもこんな事はやめてしまおう。いや、何言ってんだ?早く首を絞めろ。まだ俺にはやり残したことが沢山ある。


 彼女は作れずとも、童貞くらいは捨てておくべきだっただろうか。首を絞めろ。果たして今日使った一万円の使い方はこれでよかったのか。首を絞めろ。そもそも風俗とかって一回いくらぐらいなんだろうか。首を絞めろ。そう言えば首すらも絞めた事がなかった。首を絞めろ。この世界で俺ほど首に縁のない男もそういないはずだ。首を絞める機会はなかなかやってこなかった。今どき首を絞めないなんてあり得ないが、首を絞める事など、俺にとっては夢のまた夢だった。



 夢は、お前の一歩先にある。




 

 おう、そうだったな。ありがとう。


 うん、どういたしまして。


 






 

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