殿への文~出逢いと早過ぎるお別れへ~
「秋の歴史2022」参加作品です。
殿、そちらはお過ごしやすいですか。
極楽浄土は素晴らしい所とお聞きしました。
早く殿とそちらでお会いしたい。
けれど。
“天寿を全うする”というのが殿とのお約束でしたね。
お腹の命のこともあります。
嗚呼、今お腹を元気に蹴りましたよ。
男の子だと、いいですね。
女の子でもどちらでもいい。
元気に産まれてくれさえすれば……。
大丈夫です。
きっとこの命繋いでみせます。
殿の血を引く、この子。
生き抜いて見せます。
乱世を。
まだ戦が絶えないこの世を。
秋晴れのお天道様が眩しいです。
ちょうど、一年前のこんな秋晴れの日に殿と出逢いましたね。
覚えておいでですか。
野良仕事をして薄汚れた私を、視察に来た殿が見初めてくださいました。
あれよあれよという間に、私は断る事も出来なくて殿の馬に乗っていました。
湯で汚れを落とした私を、殿は「やはり見間違えなかった」と言ってくださいました。
何を、と問うまでもなく私の手を握って「一生を共にしてくれ」と仰いましたね。
その時すとん、と何かが胸に落ちました。
嗚呼、この方の奥方になるんだと不思議と直ぐに納得しました。
驚いたことに、私は何番目かの側室だと思っていたのですが、殿はけろっとして「正室だが」と言った時には私は気を失っていましたね。
目を覚ましたら殿は真っ青な顔をしていて、抱きすくめられましたね私を。
男の人の腕の中というのは初めてなもので硬直する私を、殿は今度は真っ赤になって言い訳をしてらっしゃいました。
私は微笑ましく思いましたの。
この方なら一生共にできると。
……一年間、早すぎる時の流れでしたね。
初めての接吻を覚えておいでですか。
夜半、こっそりとお城を抜け出して星を見に行きましたね。
初めての肌の触れ合いを、何度も重ねた手を私は一生忘れません。
その夜のことも、熱い触れ合いも一生胸の中で生き続けます。
戦が、憎いとは思います。
当然です。
殿を永遠に触れ合えない場所へと連れて行ってしまった事ですから。
憎いです。ええ。
でも、殿は出立前に甲冑姿で仰いましたね。
「憎しみからは何も生まれない」
その言葉の意味を噛み締めております。
この子に、憎しみを継いで欲しくない。
この子に、そんな感情で染まって欲しくない。
何より、私はそれに囚われていては、……駄目ですもの。
嗚呼、そろそろ日が暮れます。
この文も、薪にくべてしまいますのでご安心ください。
私が書きたくて筆をしたためたことですから。
証拠は、残しません。
煙となって、空へと昇り、貴方へ贈る文ですから。
極楽浄土で読んで下さいね。
私は此処、山奥の奥で一人ですが、寂しくありません。
この命が居てくれますから。
大丈夫です。
どうか、また逢える日まで。
殿も元気でいてください。
お読みくださり、本当にありがとうございます。