黒猫ツバキとVTuber
登場キャラ紹介
コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
※三題噺チャレンジ作品で、お題は「煙草」「梅雨」「VTuber」です。中世ヨーロッパ風の異世界設定で、「VTuber」……(汗)。
雨がシトシトと降り続ける、この季節。
ここは、ボロノナーレ王国の隅っこにある村。……の外れにある、魔女コンデッサのお家。
20代の若き魔女、コンデッサ。
彼女の使い魔、黒猫のツバキ。
じめじめとした天気の日々においても、1人と1匹は仲良く暮らしていたのだが……。
ツバキが、コンデッサへ尋ねる。
「ご主人様。それ、ニャニ?」
「ああ。王都の考古学研究所から送られてきた、オーパーツだよ。何やら摩訶不思議な怪異が取り憑いているので、私に上手いこと対処して欲しいのだそうだ。まったく……私は魔女であって、除霊師でもお祓い屋でも無いんだがな」
コンデッサは有能な魔女であるため、王国中のあらゆる立場の人々から頼りにされているのである。
ちなみにコンデッサやツバキたちは、現在の地球より数億年経ったあとの世界に生きている。古代文明の遺産として、ボロノナーレ王国では古い地層から時々〝用途不明の謎の物体〟が発見されるのだ。
魔女と黒猫は、テーブルの上に置いてある1枚の板――オーパーツを見つめる。掌サイズの大きさで、板の上には人形めいた姿の少女(?)がユラユラと浮いていた。
少女の身長は、オーパーツの縦の長さの2倍程度。キンキラキンの艶やかな長髪をしており、更にヒラヒラとした衣装を着ている。
「板も謎だが……浮いている怪異も、意味不明だな」
「妖精さんか何かかニャ?」
「妖精と言うには……コイツ、どこか胡散くさくないか?」
「ニャン。確かに『神秘的』と呼ぶには、あまりにも俗物めいているニャ」
「うん。インチキっぽい」
『おい、女と猫。わしを無視して会話するな!』
少女が怒鳴る。
コンデッサは気乗り薄な態度で、少女を見た。
「お前、何だ? 妖精……では無いよな。魔物か? 怪異か? 幽霊か? ぬらりひょんか?」
『可愛いわしの姿を見て、どうして〝ぬらりひょん〟などという単語が出てくるんだ!? わしは、そのどれでも無い。わしは、VTuberだ。名前は《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》なの。よろぴくネ!』
少女は不自然に身体をくねらせたあと、ドッカとあぐらを組んで座った。それから腕を上げて、自身の後頭部をポリポリと掻く。
「後半部分、急に気持ちの悪い声になったニャン……怖いニャ」
「名前も、おどろおどろしいな」
『何でだ!? 《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》――どう考えても、キュートでプリティーでチャーミングな名前ではないか?』
ギャアギャア喚く少女から目を逸らし、ツバキはコンデッサへ質問した。
「それで〝ブイチューバー〟って、何なのニャン? ご主人様」
「いや、私は知らん。古代世界に生息していた、魑魅魍魎かな?」
『物知らずな猫と女に教えてやろう。VTuberとは、〝アバターを使って動画投稿や配信活動を行う、善男善女〟を指すのだ。断じて、魑魅魍魎でも妖怪ぬらりひょんでも無い!』
「ニャ? 残念残尿?」
『善男善女!』
コンデッサが何事かを思い出したように、頷く。
「〝アバター〟……か。考古学研究所の職員から、話を聞いたことがあるぞ。古代世界で、その意味するところは『自分専用のオリジナルキャラクター』だったはず。容姿や服装、声や性別さえも、自在に変化させることが出来たとか」
「にゅ? つまり、このブイチューバーさんの正体は、見た目どおりでは無いにょかな?」
「ああ。外見は少女風だが、仕草から察するに、中身はオッサンである可能性も……」
「にゃにゃ! おじさんが、《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》って名乗ってるにょ? それはいくらニャンでも、痛々しいニャン」
『ギク! 女と猫! 何をふざけたセリフを口にしている!? わしは、どこどこまでも、《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》――18歳のラブリーな少女なのだ! そう。VTuberは、VTuberなのだ。中の人など、居ない! 居るわけがない!』
〝おっさんである疑い〟をかけられた少女は、慌てて話題を変えようとする。
『ところで、家の外では雨が降っているみたいだな。今は梅雨なのか?』
「うん、そうだよ」
コンデッサが返事した。
ボロノナーレ王国には、梅雨の季節があったりするのだ!
少女が懐かしそうに目を細めつつ、呟く。
『そうか……わしがVTuberを始め、《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》になったのも、梅雨の時期だった』
「ニョ? いま、『《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》になった』って……」
『あ! ち、違うぞ。わしが――《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》が、生まれた季節が、梅雨なのだ。それだけの話なのだ!』
パニック気味の、まんまるメルメルHI・TO・MI♡。
コンデッサが少女へ問い掛ける。
「まぁ、お前がおっさんでも少女でも、どっちでも良いが」
『良くない!』
「推測するに、お前は……古代世界の遺物に宿った、残留思念のようだな」
『ふむ。わしの願いがあまりにも強く尊きが故に、スマホに心と姿が残ってしまったのか』
「このオーパーツは、『スマホ』という呼び名なのか。数億年もの長きに渡って残り続ける願いとは、何なのだ?」
『それは……〝チャンネル登録者数100万人達成〟だ!』
まんまるメルメルHI・TO・MI♡は、誇り高く宣言する。
「にゅ? 『チャンネル登録者』って、何なにょ?」
『詳しい説明はしないが、要するに〝ファン〟だな』
「なるほど。ちなみ、お前のチャンネル登録者は何人だったのだ?」
『VTuberを10年ほど続けて、18人だ』
「……それで〝100万人のファン獲得〟を目指すのは、無謀だと思うニャン」
『子猫の分際で、生意気な口を利くな! 近頃の若い者は、すぐに諦める。だらしない。わしが若い頃は……』
「お前、やっぱり、おっさんだろ」
『「違う」と言ってるだろ――!!!』
まんまるメルメルHI・TO・MI♡は怒り、大声を出して抗議してきた。
そんな少女を冷ややかな眼差しで見る、魔女と黒猫。
『く……! 閑話休題、梅雨と言えば、鮎や枝豆が旬だよな。鮎の塩焼きを食べながら、枝豆をつまみに酒を飲みたい――』
「おっさんだ」
「おっさんニャ」
『あ~。イライラする。VTuberを始めた記念に禁煙して、10年。いまだにフトした拍子に、煙草を吸いたくなるのは何故なんだ!?』
「おっさんだ」
「おっさんニャ」
『違う! 何回、言えば分かる。わしは、おっさんでは無い! 上から下まで18歳! 少女! 《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》だ――!!!』
絶叫する少女へ、コンデッサが提案する。
「良し、分かった。では、《真実の鏡》で確かめてみよう」
魔女が手鏡を取り出すと、少女は怯んだ。
『し、《真実の鏡》?』
「うむ。この鏡には、その者の真実の姿が映し出されるのだ。偽りは、効かない。どれほど巧妙に誤魔化していても、無駄になるぞ」
『そ、それは……』
「どうした? 自信が無いのか?」
『そんな訳があるか! わしは、紛うことなきキャピキャピの18歳、可愛い少女、皆のアイドル《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》だ。断じて、45歳の山田一郎とかでは無い!』
「…………」
「……ニャ~」
コンデッサは、まんまるメルメルHI・TO・MI♡の前に手鏡を持ってきた。
ギュッと目を閉じる、少女。
そして、少女が恐る恐る目を開くと……。
《真実の鏡》に映し出されていたのは、山田一郎――では無く、キンキラキンの髪にヒラヒラの衣装、まんまるメルメルHI・TO・MI♡の姿であった。
『やった――!!! どうだ、見たか。やはり、18歳の《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》こそ、わしの真の姿なのだ。真実は今、証明された!』
歓喜する、まんまるメルメルHI・TO・MI♡。
すると。
謎の板――スマホの上に浮いている、その身体がだんだんと透明になっていく。
「あれ? 《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》さんの姿が、薄くなっていってるニャン」
「ああ。おそらく自分の真実の姿がハッキリしたことで、心残り――残留思念が無くなったんだろう」
コンデッサの言葉を聞き、少女は納得の表情になった。
『そうか。わしは消えるのか。だが、満足だ。わしは最後まで、《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》であり続けることが出来た。成し遂げた。それを思えば、〝登録者100万人達成〟など些細な願い。長い間わしを見守ってくれた18人の有り難い登録者に、心からの礼を述べたい』
「潔いな」
「カッコイイにゃん」
『外は雨……梅雨に生まれたわしが梅雨に消えるのも、定められた運命だったのかもしれん。では、さらばだ、女と猫よ』
「早く消えろ」
「バイバイにゃん」
『辞世の句を詠むぞ。「梅雨に生まれ 梅雨に消えぬるVtuber 100万登録 夢のまた夢……」』
「チャンネル登録者数100万人とやらに、未練たらたらだな」
「カッコ悪いにゃん」
少女は――まんまるメルメルHI・TO・MI♡は、消えた。
雨がシトシトと降り続ける音が、微かにではあるが、家の中にまで響いてくる。
「《まんまるメルメルHI・TO・MI♡》さん、居なくなっちゃったニャンね」
「まぁ、本人的にもそれなりに気が済んだみたいだし、良かったんじゃないか?」
「ニャン。それにしても、ご主人様……《真実の鏡》って確か、『見る者が〝自分で真実だと信じ込んでいる姿〟が映る鏡』だったようにゃ……」
「ふふ。大事なのは、真実よりも〝本人の納得や充足、幸福〟なのさ。それじゃ、ツバキ。夕御飯は、鮎の塩焼きと枝豆にするか。美味い梅酒もあるんだ。お前もちょっぴり、飲んで良いぞ」
「わ~い。ご主人様。嬉しいニャン」
梅雨の季節。
雨の降る日も、コンデッサとツバキは相変わらず仲良しだった。
ご覧いただき、ありがとうございます。ちなみにツバキは使い魔なので、梅酒を飲んでも大丈夫です!
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