表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は炎を纏う 〜レベル概念を持った能力が存在する世界で〜  作者: 紫月星夜
第一章 『始まりの物語』
3/3

第1章1 『1/西宮純』

 同じものであっても、その時の自分の置かれた状況によって、それに対する感じ方は大きく変わる。

 時間の流れる速さは不変であるにも関わらず、楽しい時間はあっという間に過ぎて、退屈な時間は中々過ぎないのが、良い例だろう。

 そして、今の西宮純(にしみやじゅん)の状況なんかが、まさしくそれなのである。

 三年四組の教室では現在、今年初めてとなる席替えが行われている最中だ。ふた月に一度のペースで訪れるそのイベントは、この桜路(さくらみち)小学校に通う生徒たちにとっては楽しみの一つであり、当然、室内は喧騒(けんそう)に満ちていた。

 しかしその中で純だけは、周囲とは打って変わっていじけた表情をしている。その理由は単純なものだ。純の席は今、一番後ろの位置にある。その為、ここから移動したくないのだ。

 席替えを待ち望んでいた、最前列の席の子たちとは真逆の反応であるが、これもまた、このイベントでよく見る光景の一つだ。仕方あるまい。

 自分の番が回ってきた純は、渋々(しぶしぶ)椅子から立ち上がって、教卓の上にある担任の手作りの箱から一枚、くじを引いた。


「三十番……ってどこだろ」


 黒板にでかでかと貼られたプリントからその番号を探せば、純はそれを秒で見つけることが出来た。それもそのはず、その番号は現在の純の席位置から左に二つ────窓際の一番後ろの席だったからである。

 さっきまでとは一転、すっかり気分を良くした純は、自分の背後にいた────純の引き当てた番号を密かに狙っていた為に、肩を落としているクラスメイトのことなど視界に入れずに、駆け足で新しい自分の席へ移動した。

 真新しいとはお世辞にも言えない木製の椅子に腰を下ろす。横に広がる窓の景色に視線を移すとすぐに、前の席のやつが声をかけてきた。


「いいなーその席。俺もそこがよかった」


 悔しそうにそう言ったのは、爽やかなツーブロックが良く似合う男子だった。スポーツ全般を得意分野としていそうな、そんなイメージを周りに抱かせる顔立ちにも関わらず、肌は驚くほど白くて、そこに純は目を惹かれた。


「僕、もともと運はいいんだ」


 初対面だけど気さくなその男子を前に、純は少し誇らしげにそう言ってやった。幸運が自慢になるのかは分からないが、取り敢えず優越感に浸りたかったのだろう。

 目の前の男の子は「そっかぁ」って笑ったあと、再び口を開いた。


「俺、白川冷(しらかわれい)っていうんだ。おまえは?」


「僕は、純。西宮純」


 冷は前の授業で配布されたプリントを僕の机に裏返して置いて、そこに僕たちは互いに漢字で自分の名前を記した。


「へぇー、純っていうのか。よろしくな!」


「うん、よろしく。冷」


 これで二ヶ月間は安泰だ、と胸を撫で下ろした純は、その直後に「よいしょ……っと」という可愛げのある声を捉えて右横を見た。

 声の主は、くりくりとした大きな瞳が特徴的な、子犬を連想させる可愛らしい少女だった。

 純の視線に気付いたのか、その少女は左横に顔を向けて、人懐っこい笑みを浮かべた。


「よろしく! あっ……名前はこれね」


 にっこりと笑った小さな顔の前に差し出された教科書────その氏名欄には、〝七草(ななくさ)ひかる〟と記入してあった。

 純もひかるに習った方がいいかと考えて、「よろしく」と呟くと共に、自分の教科書の裏表紙を顔の前に持ってくる。


「うん。じゃあ純って呼ぶね?」


「わかった。僕もひかるって呼ぶ」


 その言葉に、ひかるは嬉しそうに頷いた。

 話を終えた純は、体の芯から熱くなっていく感覚に違和感を覚えながら、また窓の外に視線を移した。

 純がぼんやりしている間に、席替えのくじ引きは終盤に差し掛かっていて、空いていたひかるの前の席に新たに一人の女子が座る。

 〝松木莉乃(まつきりの)〟という名前で、この女子のことは既に純も知っていた。何せクラスをまとめる学級委員だ。

 だからといって生真面目な性格というわけではなく、莉乃はどちらかといえば姉御(あねご)って呼ばれるタイプの人間だった。


「ひかるの前だ。やった!」


「莉乃ちゃん〜!」


 女子は友好の証に抱きしめ合うのかな、と純が考えていると、冷が唐突(とうとつ)に振り返る。


「莉乃が隣はまずい! あいつ俺が少しでも悪事を働くと、すぐ叱ってくるんだ」


「しなきゃいい話じゃ……」


「いや、それは無理」


 純が即答する冷にズッコケそうになりながら莉乃の方を見れば、莉乃は両腕でひかるを包み込んだまま、ハンターのような目を冷に向けて、ニヤッと笑っていた。

 これには純も、冷に軽く同情した。


「莉乃と冷って去年も同じクラス?」


「え? 西宮くんはどうしてそう思うの?」


 純が興味本位でそう尋ねると、莉乃は不思議そうに首を傾げた。


「えっと、そう感じたから?」


「へぇー、分かるものなんだ。そうだよ、私と冷は去年も同じ」


 やっぱり、と一人で納得した純がまた前を見れば、冷がわざとらしく苦い顔をしている。イヤイヤアピールだ。


「なんか一人西宮くんって呼ぶのも変だから、純って呼んでもいーい?」


 純が大きく首を縦に振ると、莉乃は顔をくしゃくしゃにして笑った。

 苗字ではなく名前で呼び合うというのは、中学や高校の代だとかなり親密になってからという印象が強いが、まだ十歳にもなっていない子供たちにとっては、たいしてハードルの高いことではない。

 だから高校で名前で呼び合う───恋人という特別な関係ではない───男女は、幼馴染であったり共通の小学校出身だったりする事が多いのだろう。

 席替えを済ませた三年四組は、授業が終わっても騒がしさをそのままにしていた。この時期の子供たちは、とりわけ熱が冷めにくいのかもしれない。

 純は独り席を立って、教室から一番近いトイレへと歩き出した。

 今の純の頭の中は、席替えとひかるで丁度二分されている。

 何故ひかるが半分も占めているのかというと、あの可愛らしい少女と話している時に感じられた特有の〝熱さ〟が、純には気になって仕方なかったからだ。

 莉乃と会話していた際には特に感じられなかったから、おそらくひかるの時だけだろうと純は考えている。そして、それは当たっていた。

 脳を活発に働かせてその正体を探ろうとしていた純だったが、後から追いかけてきた冷によって、突き止める前に思考は中断された。

 こうして、二〇三九年の六月一日は、純にとって少しだけ特別な日として、記憶の中に残ることになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ