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プロローグ2『2/闇夜の屍』

 体がガタンと揺れる。

 その衝撃で目を覚ますと、視界の端に映る外の景色が自分とすれ違って流れている事に気がついた。

 何事かと辺りを見渡せば、そこは見覚えのある車内で、前と左の席には職場の後輩が座っている。そこで初めて、眠ってしまっていたのだと自覚した。


「あ、みゆゆん起きたんだ」


 いつもの愛くるしい笑みを浮かべて、くりくりとした大きな瞳をこちらに向ける後輩に、私もニコリと微笑み返す。

 ついでに、私が〝みゆゆん〟と呼ばれているのは、私の名前が白川美雪(しろかわみゆき)だからだ。


「ごめん、寝ちゃってた。……口開いたりしてなかった?」


「んーん、大丈夫。みゆゆんの寝顔はいつも可愛いよ?」


「……あかりには負けるよ」


 そんなことないよ〜って照れてる後輩───久空(くぞら)あかりの可愛さを少し堪能した後、また窓の外へと視線を向け直した。

 街を歩く人々は皆そでの短い服に身を包んでいて、その光景が私に季節を感じさせる。そろそろ暑さが本領を発揮し始める時期だから、夏服をタンスから出さないといけない。


「ここは涼しくて最高だね!」


 あかりも外の景色を見て、私と同じような事を考えたのだろう。快適そうに体を伸ばしながらそんな言葉を口にした。


「うん、そうだね」


 冷房の効いた車内は外の世界とは切り離された別空間となっていて、秋が来るまでずっとここに居るのも悪くないなんて思えるくらいには心地が良かった。


「圭介はさっきから全然会話に参加してこないけれど、体調でも悪いの?」


 ふと前席にいるもう一人の後輩───陶原圭介(すえはらけいすけ)が気になって、柔らかい口調で問うてみる。


「いや、女神と天使を乗せて運転するなんて状況じゃ、緊張しすぎてまともに喋れないに決まってるじゃないすか」


 そんな巫山戯(ふざけ)た事を真面目な顔して言うものだから、思わずぷっと吹き出してしまう。


「え、なんで笑うんすか……」


「いや、圭介は相変わらずちょっと変だな〜って。さいあく事故を起こしても、怪我するのは圭介くらいなんだから、肩の力抜いたって大丈夫よ?」


「俺、怪我なんてしたくないっす……」


 (いじ)りがいのある後輩で少し楽しませてもらってから、後ろに傾いた背もたれに深く身を預けて一つ息を吐いた。



       ◇



 ぼーっとしながら(しばら)く揺られていると、左隣の後輩が夢の中にいる事に気がついた。少し口が開いてしまっているが、それすらも可愛く見えるのは流石と言うべきか。

 窓の外から人の姿を目にする事はもう殆どなくなっていて、それは目的地に近づいているということを意味していた。

 私達を乗せた車が目指しているのは、都市から離れた場所にある、廃墟(はいきょ)が集まって出来た街だ。────〝捨てられた街〟なんて呼ばれることも多い。

 そこで殺人事件が起きたらしく、警察からの連絡で私達も向かう運びとなった。それだけでも、(ただ)の殺人ではないことが分かる。


「そろそろ到着するっす」


 前から飛んできた声に軽く頷いてから、あかりの体をそっと揺らした。ビクッとして目を開ける後輩に「もうすぐで降りるよ」と声を掛ける。


「えへへ……あかりも寝ちゃった」


 目を擦りながらそう呟くあかりは、シートベルトを外して、脱いでいた靴に足を入れた。



       ◇



 車から降りるとそこは別世界のように暑くて、思わず顔を(しか)めた。あかりと圭介も明らかにさっきよりもテンションが下がっている。


「白川さんでよろしいでしょうか?」


 こちらに近づいてきた一人の警官の問いに頷きで返して、「案内します」と言った彼の背中を追いかける。もう既に弱音を吐いているあかりの額を人差し指で優しくつついてやった。


「みゆゆんたすけてー」


 甘えん坊な所は大好きなのだけど、こういう時はしっかりして欲しい。なんて思いつつも結局甘やかしてしまう私も、先輩失格なんだろうな。

 自身の体温を急激に下げてから、あかりに向かって手招きをする。パッと表情を輝かせた後輩はすぐに私に抱き着いてきた。


「みゆゆん冷たーい! 最高〜」


「現場に着くまでだからね?」


「はーい」


 写真撮りたいだなんてよく分からない事を呟いている圭介は無視して、ひたすら歩を進めていく。時折(ときおり)視界に入ってくる半壊した廃墟が気になって仕方がなかった。



「ここがその場所です」


 警官に合わせて足を止めると、ブルーシートに覆われて多くの警察官に囲まれた現場がその先にはあった。もうこの光景にも慣れているので、私は躊躇(ちゅうちょ)なくその中へと入っていく。

 一番初めに目に入ってきたのは、赤いペンキで塗られたかのような地面。そして頭部が潰された一人の人間の死体だった。


────これは、だいぶ酷いわね。


 今まで様々な死体を見てきた私でも、これには思わず視線を逸らしてしまいそうになった。それ程までに悲惨なものだったのだ。

 何処からか誰かの嘔吐(おうと)する音が聞こえる。声の主は、おそらく若い女性警察官。ただでさえなれていない殺人現場で、しかもこれだ。無理もない。

 むしろこれを見ても割かし平然としている私の方が周りからしたら異常に見えるだろう。悲鳴の一つでも上げれば、可愛げがあったりするのかな。


「うわー、すっごいグロテスク!」


 いや、私以上にあかりの方が違和感か。純粋無垢にしか見えない少女が、この死体を前に平然としてる姿に、周りの警察官たちも口をポカンと開けて唖然としている。


「うっ……おえっ……」


 姿が見えないと思っていたら、圭介は隅の方で盛大に胃の中のモノを吐き出していた。


────いや、圭介はダメでしょ。


 そろそろ慣れてほしいのに、この後輩はこういう類のモノはずっと苦手なままだ。普通は逆なのでは、とも思ってしまう。深くため息をついてから、また死体に視線を戻した。


田上紀久(たがみのりひさ)、二十八歳、既婚者……」


 資料にある、この亡骸(なきがら)の身元を読み上げていく。住所からはかなり離れていて、会社からの帰り道にここを通ることもないはずだ。何故彼はこの場所で殺されたのだろうか。


「この人も上位能力者ですね?」


「ええ、そうね」


 まだ顔が少し青ざめている圭介が、いつの間にか近くまで来ていた。あかりはあの約束を破ってまだ私に引っ付いている。


「でもさ〜、殺されたってことは犯人はこの人よりも強いってことでしょ〜? それってつまり、犯人は────」


「うん。この人よりも能力(カリスマ)のレベルが上って事になるわね」


 それもこの死体の感じを見るに、おそらく田上紀久は犯人に蹂躙(じゅうりん)されたのだろう。つまりはこの人のLv.52より遥かに高い能力値。


────Lv.70超えの可能性が高い。


「なんでこうも強い敵がぽんぽんと……」


 圭介の声を聞きながら私は心の中で舌打ちをした。以前に数件、どれも別の地方でLv.70超えの上位能力者が起こしたとされる殺人が起きている。切り裂かれていたり、焦げていたりと死体の状態も全く異なる。


「Lv.70超えなんて、日本に百人いるかいないか位の希少性なのに……」


 これは明らかに異常な事態だ。私達でも手に負えるかどうか。取り敢えず、もう少し詳しい情報が欲しい。私は軽く息を整えてから、後輩二人を連れて周辺の調査を始めた。

 


       ◇



 連なる廃墟の屋根は、象が歩いたのかと疑ってしまう程に損傷していて、大きな穴の空いた壁なんかも見つかった。どれも敵の規格外さを表すには十分なモノだ。


「二人とも帰るよー」


 二時間程で調査を終えて、地面に座って水分補給をしているみなみと、まだ何かを調べている圭介に声を掛けた。


「え? でもまだ何の手がかりも……」


「それは警察の仕事でしょ。私達の仕事は警察が突き止めた犯人を捕まえることよ」


 私の言葉に納得できたのだろう。圭介は立ち上がって直ぐに帰り支度を始めた。私は未だにのんびりしているあかりの方に視線を向ける。


「ほらあかりも! いつまで休憩してるのよ」


「ごめんなさーい」


 あかりも腰を上げると、私の方にパタパタと走って近づいてくる。流石、手ぶらだと何の支度も要らないようだ。これには私も苦笑するしかなかった。

 帰ったら、緊急の会議を開く必要がありそうだ。あんまりゆっくりしていると、取り返しのつかない事になる。今はまだ姿を見せない深い闇が、この国を覆ってしまう前に────


──────もう、あんな地獄は御免だ。

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