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「失礼。あなたがローラ嬢だろうか?」
一人でいたとき、なんとローラは王子殿下に声をかけられ、飛び上がるくらい驚いた。
うっ、眩しい…!
王子様は金髪でとってもきらきらした美形だった。ローラに向けてにこりと微笑んでくれる。
「はははは、はい!わたしがローラです!」
王子様の名はスチュアート。
二歳年上で、今年が最終学年だった。
王子様が在学中に婚約者のご令嬢が入学とは、物語の舞台としても王道である。
え、ちょっと待って、わたし本当にヒロイン枠だったりしちゃう!?
シャロンへの言い訳はどこへやら。拭いきれない期待を胸いっぱいに膨らませて、ローラはどきどきとスチュアートの言葉を待つ。
「男爵から報告を受けているよ。きみも転生者なんだってね」
「も?」
「ん?なんだい?」
「いえっ、なんでもありません!」
―――なんだろう、なんだか…。いいえ、きっと聞き間違いか言い間違いよね。
「どんな前世だったんだい?」
その問いかけに、そらきた!とローラは気合いを入れる。
「勤め人でした!あ、女性社員だったんですけど、仕事を終えて疲れて帰宅する途中、高齢者が運転する車に…」
「で、端的に言うと?以前は人間だった?」
バッサリと話の腰を折られて少々むっとする。
なんでこの世界の人は前世の話をもっとちゃんと聞いてくれないの。
「ええ、そうですよ」
「なんだ、そうか」
ローラが頷くと、スチュアートはあっさりと受け止めた。期待外れと言わんばかりの様子に、むむ、と眉が寄る。
でも、こういう感じの悪いヒーローもいるわよね。はじめの心象が悪くて、けど実は、みたいな。わたしの好みではないけれど!
ふんす、とローラが鼻息を荒くしていると、「殿下!」と声が響いた。
「こんなところで何をされているんですか」
遠くから駆け寄ってきたのはシャロンだ。
シャロンは少し怒った様子ながら、彼の前まで来ると美しく礼を取った。
「ああ、ちょっと彼女と話がしたくてね」
スチュアートがローラを見やり、シャロンの視線がこちらに向く。途端にぎろりと睨まれた。
「あなた……!」
ひえええ、だからわたしはヒロインじゃないってばああ。たとえ主人公でもこの王子様は好みじゃないわー!
「こんな人気のないところで二人きりなど、余計な詮索をされたくなければお控えください」
「仕方ないだろう。彼女に声をかけようと思ったら、どんどん歩いていくんだから。この先は行き止まりで何もないというのにな」
えっ、行き止まりなの!?教室に行こうと思ってたのに!
「それよりシャロンはもっと違うことが心配なんじゃないのか?」
「そ、れは……」
スチュアートがふうと溜息をつく。
「心配しなくても彼女はきみの脅威にはならない。ローラ嬢の前世は人間だそうだ。シャロンとは違う」
ぱっと顔を上げたシャロンの横顔は希望で明るく見えた。彼女の肩を王子様がぽんと叩く。
「期待してるよ、婚約者殿」
「精進いたします」
シャロンはもう一度深々と淑女の礼をする。
スチュアートはローラを見ることなく立ち去った。
取り残されたローラはおずおずとシャロンに声をかける。
「あの、シャロン様……?ひいっ!」
案の定シャロンからはぎろりと強く睨まれて。
「ごごごめんなさい、でもあの、教室ってどっちに行けばいいですか!?」
***
「ははは!それでローラはシャロン嬢といっしょに来たんだ?」
事の顛末を話すとギルバートに大笑いされた。
ローラはしょんぼりと肩を落とす。
「そうなの…」
そしてちらりと隣を見る。
「わたくしは気にしてませんわ。むしろいつものように遠くからちらちら視線を寄越されることがなくて清々します」
うわあ、辛辣。でも確かに遠巻きに見られるのも嫌だよね。ごめんなさい。
ギルバートはいまも大きなチキンをもっきゅもっきゅと食している。シャロンを見ながら「タンパク源…」と呟いているのは意味不明だが。
「あの、シャロン様」
「何かしら」
「殿下の言っていたことなんですけど…」
ローラは意を決して訊ねた。
「も、もしかして、シャロン様も前世持ちだったりするんですか?」
「ええ、そうよ」
「あ、ですよねー…って、ええええええ!?」
ローラは絶叫して立ち上がった。
「え、ヒロインと悪役令嬢どっちも転生って、そういうパターン!?あるけど!たしかにあるけども!」
「あはは、わけわかんないな」
「いきなり立ち上がるなんてはしたないですわよ。それにもしかして、悪役令嬢とはわたくしのことを言っています?」
からからと笑うギルバートに、じろりと強く睨みつけてくるシャロン。ローラは混乱でぐるぐると目を回した。そのせいで。
「えっと、授業中なんだけどなー…?」
遠い目をした教師の呟きは届かない。