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いち

引き返すならいまですよ…!!


彼女はかつて現代日本で平凡な会社員をしていた。繁忙期の深夜まで及ぶ残業に疲労困憊で帰宅する途中、そうだコンビニに寄ろう、と青信号に変わった横断歩道をふらふら渡る。


そしてカッ!と車のヘッドライトに照らされた。


最後に目にしたのは、こんな時間に一体どうした、というような老齢男性の引き攣った顔で、停止するかと思った車は加速する。



アクセルとブレーキを踏み間違えられた――!



それから先の記憶がないということは、そういうことなのだろう。けれど。



「幸い傷は大事ないとお医者様は言っていたのに全然目覚めないし、どこか打ち所が悪かったのかと……ああもう!目が覚めて本当によかった!!」



庶民のローラはある日、不注意から転倒して頭を打ち、昏倒して三日三晩寝込んでいたそうだ。高熱まで出てずっと魘されていたらしく、ローラの母が泣きながら怒り、そして喜んでいる。さぞ心配をかけたことだろう。



「……うそでしょ、ここって……?」



しかしローラは茫然自失状態。

身体はぴんぴんしていたが、目に映るものすべてに違和感を覚えた。



だって、これってまさか――転生しちゃってる!?



様子のおかしいローラを不審に思った家族はすぐさま医者を呼んで、言葉巧みなカウンセリングの結果、ローラは前世の記憶があることを漏らしてしまった。



―――いや、隠しておこうと思ったのよ!

思ったんだけど、先生の誘導が巧みすぎて隠し通せなかったんだって!


ローラは誰にともなく言い訳をする。



転生についてはスマホの広告でよく目にしていたから知っていた。

現代の記憶をもった女の子が異世界の貴族社会に転生すると、王子様とかその婚約者のご令嬢とか関わって、ほら、いろいろあるんでしょ?


彼女の記憶はいい加減だった。



けれどいまのローラは庶民だし、父も母も貴族と関り合いがあるようには見えない。このまま平民の娘として平凡な人生を送るのだろう。

ちょっと惜しい気もするが、トラブルに巻き込まれて死亡案件などよりよっぽどいいに違いない。


そうだそうだ、となんとか自分に言い聞かせていたら、前世の記憶持ちという理由で、あれよあれよと男爵様のお屋敷に養女に出されることになった。



え、本当にわたしヒロイン枠だったりする?



「お母様…!」


「ローラ、元気でね。きちんと男爵様の言うことを聞くのよ?」


「今生の別れでもあるまいに。休みには互いに行き来してくれて結構だぞ」



男爵様はお心の広い方だった。



「どのような前世だったのだ?」


「女性で、しがない会社員でした」


「メスの死なないカイシャイン?」


「やだ男爵様、死んだから転生してるんですよ。会社員です。勤め人でした。仕事を終えて疲れ果てて帰宅する途中、高齢ドライバーの危険運転に…」


「なんだ、人間か」



いろいろ話そうと思ったのに、男爵様は充分納得された様子だった。



「ローラには学園に通ってもらう。慣れなくて大変かもしれないが、似たような境遇の者も多い。きっといい友人ができるだろう」



男爵様に励まされて頷く。


この世界では15歳から三年間、身分に関係なく誰もが学舎で学ぶ。ローラも今年から平民の学校に通う予定だったが、急遽、貴族学園に通う手筈となった。




***

貴族のための学園はとっても立派だった。

右を見ても左を見てもきらきら。人も建物も空気ですらきらきらしていて、ローラは有頂天になる。



「すごぉい!さすが異世界!ここ何のゲームの世界なのかしら。それとも漫画?小説?」


「はは、相変わらず何言ってるかわかんない」



ローラの隣で巨大な三角おにぎりを頬張りながら、巨漢の男子が穏やかに笑う。


彼の名前は、ギルバート・アルクトス。


入学式で隣同士になってローラから話しかけた。

だってギルバートは式典の最中だというのに、お構いなしに長いバケットサンドを平らげていたのだ。そんなのつっこまずにはいられない。



よくよく話を聞けば、彼は健啖家として学園からも認められていた。いまは侯爵家の人間だが、元々は下町のおばんざい屋の息子だったそうだ。ローラとは境遇が似ていることもあり仲良くなった。


ギルバートは美味しいものをよく知っている。彼のおすすめに外れはない。いっぱい食べる分だけ身体も大きく、ちょっとぽちゃっとしているが、将来は騎士団の有望株らしい。



お相撲さんとか格闘家とか、そんな感じなのかしらね。でもギルバートはとっても優しくて荒事とは無縁に見えるのに。



「ローラの前世は人間だったんだって?」


「そうよ」


「人間かあ、あんまり美味しくないよね」


「やだ当たり前じゃない、なに言ってるのよ」



ローラはギルバートの言葉を笑い飛ばす。



「会社員だったの。仕事帰りに高齢ドライバーの危険運転に……あ。シャロン様だ」



向こうに同級生の姿を見つけ、思わず声に出した。


シャロン・ベスパ。


彼女は新入生の中で一番の有名人だ。

とても美人でスタイルがよく、公爵令嬢で、なにより王子殿下の婚約者である。



ローラの声が大きかったのか、遠くからシャロンにきっ!と強く睨まれてしまった。



「わっ!怒っちゃったかな…」


「ブンブンブンブンすぐ怒るんだよなあ」



転生物のセオリー通りなら、シャロンは悪役令嬢ポジションだろう。



わたしはヒロインじゃないからね、王子様には近付かないから、お願い睨まないで~!!



なむなむと拝むローラの横で、ギルバートが目を細める。その表情にあら?と思った。



「あれ、もしかしてギルバートってシャロン様のこと…?」


「ああ、嫌いじゃないかな」



わぁお、結構肉食系!?


おにぎり片手にうっそりと笑うギルバートに、ローラは目を丸くした。

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