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執事との再会

 アルトはリオン達に断りを入れ、ハンナの邸宅に向かった。

 さすがに公爵家に魔物を随伴するのはマズいので、ルゥはしっかりリオンに預けた。


 ハンナの邸宅は王城の目と鼻の先にある。宰相や将軍などとは立場が違うが、公爵家は貴族筆頭だ。もし王都でなにか起った場合、重要な役割を担う一人のため、必然的に王城の傍に土地が用意される。


 王城との距離は王族との信頼の証だ。下級貴族は王城から最も遠い貴族街に別荘を与えられる。中級貴族は中間に、上級貴族は王城の近くとなる。

 一番近い場所に立つカーネル家の邸宅は、それだけで王がどれほど信頼を寄せているかが理解できる。


 公爵は直轄地のない貴族のため、王都が本邸となる。そのため他の直轄地のある貴族に比べて、敷地面積も邸宅面積もずば抜けて大きい。


 アルトが現在泊まっている宿は30名が宿泊できるが、カーネル邸はその宿の10倍ほどはありそうだ。


「びっくりしましたか?」

「うん。……広いね」


 実のところ、二度目なのでそこまで驚いてはいない。

 だが農民のアルトが驚かないのは明らかにおかしい。

 アルトは取り繕うように、驚いてみせた。


 こちらを睨み付ける門番に会釈をしながら門を通り抜け、ケヤキっぽい木目の美しい重厚な扉を開く。

 10人くらい寝泊まりできそうなほど広い玄関ホールは、天井は2階まで吹き抜けている。目の前には階段があって、その向こう側のガラスから太陽の光が注ぎ込む。

 床は大理石なのか白い石と、少し色の付いた石が敷き詰められている。その文様を目で追うだけでも一日過ごせそうなほど美しい。


 ハンナに連れられて、アルトは玄関から最も近い応接間に通された。


「ちょっとここで待っててください。いま用意してきますので」


 ハンナはやっと初めて雪を見た子犬のように、軽やか案足取りで部屋を飛び出した。

 ここは前世に、ハンナのことで長時間説教をされた曰く付きの部屋だ。

 その時の雰囲気を如実に思い出し、アルトの背中に嫌な汗が浮かぶ。


「…………ところで、なにか御用ですか?」


 アルトは徐にそう口を開いた。

 一見すると誰もいない部屋である。だが、アルトが声を発すると同時に、その空間から浮かび上がるように執事が現れた。


 執事は丁度アルトの死角から現れた。アルトがこの部屋に入ったときから、巧妙に気配を隠し、姿が見えない場所でじっと彼の姿を眺めていたのだ。


 アルトは初めからその存在に気づいていた。

 そもそも異変はこの屋敷に入ったときに察知していた。


 公爵家の跡継ぎが帰宅したのに、誰一人迎えに出て来ない。さすがに妙だな、と思うと同時にアルトは《気配察知》の感覚を拡大し、気づいた。


 ハンナを驚かせようという魂胆か。

 あるいはアルトを見定めようとするものなのか。


(おそらく後者だな)


「よくお気づきになりましたね。お初にお目に掛かります、アルト殿」


 なんで僕の名を? などとは尋ねない。

 相手は公爵家だ。ハンナが友人と一緒に家を空けるとなると、その友人が何者かくらい調べを付けておくはずだ。


「大変失礼しました。わたくしはカーネル家の執事長を勤めておりますクラインと申します」


 アルトの目の前に回り込み、頭を下げた。

 農民への礼なので5度ほどしか腰を傾けない。

 それでも、彼からはその礼の分だけの敬意が見て取れた。


 クラインと名乗った執事は、壮年期にさしかかったくらいの男性だ。

 白髪の交じる髪の毛を後ろに束ね、それと同じ色の髭を顎に蓄えている。


 執事服の着こなしは見事の一言。このようなおじさまがいる、職場の女性陣の心臓が心配だ。

 優雅な動作で椅子に腰を下ろし、彼はまっすぐアルトを見つめる。


「ハンナ様がご学友と訓練に出ると申しますので、どのような方か、こちらで調べさせて頂きました。ご容赦ください」

「とんでもありません」

「ハンナ様はいかがでしたかな?」


「強くなりました。とても」

「左様ですか。それは旦那様も奥方様も、さぞお喜びになられることでしょう」


 クラインは目を糸のようにして、柔らかく笑みを浮かべた。

 その笑顔は、まるで子の著しい成長を喜ぶ親のようだった。


 クラインは、ハンナが好きなのだ。

 もちろん恋愛対象としてではなく、孫娘のような存在として、だ。

 それは前世で説教を受けているとき、嫌という程理解した。


 対面的には公爵家の跡継ぎに怪我をさせたことを怒り、けれどその言葉は自らの子を思う親のようだった。


 おそらくクラインは、いままで強くなれずにいたハンナの気持ちだって、知っている。だからこそ、彼女が強くなれたことを一番に喜んでいる。


「早速ですがいくつか質問させていただきます。アルト殿は何故、ハンナ様にお近づきになられたのですか?」

「級友だからです」

「D組ですと、級友は30名いらっしゃいますね。その中でハンナ様を選んだ理由は?」


(んー、どう答えようかな)


 アルトは表情に出ないよう努めて表情を消しながらも、そう思った。


 今世に限っていえば、アルトはハンナに近づいたわけではない。

 ハンナが鍛えている訓練室に入り込んでしまい、そこで友誼を結んだ。


 アルトにとっては、偶然の出来事だった。

 全く狙ってなどいなかったし、むしろ今世ではハンナに近づくつもりは毛頭なかった。


 しかし、公爵家の者は『偶然』と受け取るまい。

 偶然を装って、近づいたと考えるだろう。

 アルトの身分では、警戒されても仕方がないのだ。


「……ハンナさんが自分に似ていたので」

「どの様な部分が似ていたのでしょう?」

「その……、学級の中で浮いていたところでしょうか」


 そう言うと、執事の瞳が鋭くなった。

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