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再び、結ばれる小さな手

(大変。『使用中』の札をかけ忘れた!)


 ハンナは慌てて上体を上げた。

 その時だった。


「失礼しま――あっ」

「あっ――!!」


 訓練室の出入り口に佇む人物を見た瞬間、鼓動が強く胸を叩いた。

 その人物はハンナが、宮廷学校に入学してからずっと想い続けた、アルトだった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 ハンナを姿を見た瞬間、アルトは『しまった』と思った。

 今世では、なるべく彼女に近づかないよう心がけていた。


 それは決して、彼女のことが好きではなくなったからではない。

 その逆で、彼女のことが好きだからこそだ。


 アルトは前世で、ハンナと恋仲になった。

 しかし今世では赤の他人だ。

 ハンナに近づけば、前世と今世の態度の違いに、辛くなるのは目に見えている。


 それに寿命(リミット)の件もある。

 だからアルトは初めから、ハンナと会話さえしないと決めていた。

 なるべく彼女に近づかないよう心がけてもいた。


 にも拘わらず、ここへ来て、うっかり急接近してしまった。


「そ……外に『使用中』の札が出てなかったんだけど……」

「ご、ごめんなさい。札をかけ忘れてました!」


 頬を赤く染めたハンナが、過呼吸になりそうな程浅く早い呼吸を繰り返す。


「あっ、自己紹介! ボクはハンナ。ハンナ・カーネル、です」

「僕はアルト」

「よろしくおにゃがにしましゅ!」


 ハンナが舌を噛みながら、勢いよく頭を下げた。

 その慌てぶりがおかしくて、懐かしくて、アルトは少しだけ笑ってしまった。


(やっぱり、前世となんも変わらないな……)


 アルトが笑ったことで場の雰囲気が少し和らいだ。


 このまま、ハンナと仲良く話したい……。

 居心地の良い空気に、決意が揺らいだ。

 しかし、アルトは心を鬼にして、思いを断ち切ろうとした。


「訓練の邪魔をしてごめんね。それじゃあ僕は――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 訓練室から出ようとしたアルトを、ハンナが引き留めた。

 一瞬、聞こえなかった振りをして、このまま出て行ってしまおうかと思った。

 しかしアルトの心は、非常な鬼にはなりきれなかった。


「うん、どうしたの?」

「あ、あの、その……、レバンティ先生の攻撃を一切受けなかったこととか、1マス破壊のこととか、いろいろ、気になっていたんです」

「……う、うん。そうだったんだ」

「アルトさんさえ良ければ、その、短剣術を教えて欲しいんです」

「いや、それは別に僕じゃなくても良いんじゃないかな? ハンナ……さんなら、もっと良い指導者がいるよ」


「呼び捨てでいいですよ、同級生なんですし。……それで指導者のことですけど、いままでいろんな先生に指導してもらったんです。中には国王直轄部隊に所属する指導者もいました。その全員に、ボクは匙を投げられてしまったんです」

「……」

「だから、たぶんアルトさんもきっと、僕に失望してしまうかもしれません。けど、ボクはアルトさんに教えて欲しいな、って……」


 ハンナが肩を振るわせた。

 断られるのを怖れているのだ。


 アルトは必死に頭を働かせる。

 もはや、ハンナと一切関わらないルートは途絶えた。

 では次に、自分はなにを選べば良いのか、最善のルートがわからない。


「あの……駄目、ですか?」


 ハンナに見上げられて、アルトは観念した。

 前世の恋人のお願いを、断れるはずがなかった。


 それに、アルトはハンナの努力の跡を見てしまった。

 彼女の手は、豆が潰れて血が出ている。

 短剣術の訓練を必死に行っていたのだ。


 それだけ努力している人を、アルトは見捨てることなど出来なかった。


「わかった。こんな僕で良ければ、いくらでも力を貸すよ」


 そう言って手を伸ばす。


「あ、ありがとうございます! 宜しくお願いします!」


 ハンナが顔に、いっぱいの歓喜を浮かべた。


 熱くて、ぼろぼろで、がさがさで、血まみれになっている。

 そんなハンナの小さな両手が、アルトの右手を包み込んだ。


 こうして今日。

 アルトは再び、ハンナと友人になったのだった。

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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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