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おじゅけん4

 散々悩んだ結果、ドイッチュは少年に再度魔術を行使させることにした。


(そもそも農民のガキ如きに崇高な魔術が使えるはずがない!)

(だからマスに入った水は、俺が目を離した隙にこっそり入れたんだ!)


 そう決めつけて、ドイッチュは空のマスを少年に差し出した。


 そもそもこの計器は魔力の最大量を計測するものだ。

 子どものうちに、このマスを満たせる者は非常に少ない。


 二度目も同じように注げる子どもとなると、世界を探しても片手で数えるほどだろう。

 マスを水で満たした上での再試は、平等という基準からかけ離れていた。


 しかし、ドイッチュにとって試験が平等かどうかなど関係がない。


(この農民のガキは確実に落とす)


 彼の頭にはもうそれしかなかった。


「…………はぁ」


 少年は一度ため息を吐き出した。


(諦めたか?)


 そう思った次の瞬間、突如としてマスが燃え上がった。


(熱魔術、だとっ!?)

(馬鹿な!)

(また手品か!?)


 ドイッチュは怒りにまかせてマスの予備を取り出す。


「見えなかったからもう一度だ!」


 今度は風魔術でマスが浮いた。


(……ぐぬぬ!)

(一体いつの間に見えない糸を仕掛けたんだ!!)


 顔を真っ赤にして、ドイッチュはまた新たなマスを取り出す。

 今度はタネがないことをしっかり確認して差し出した。


 だがやはり、次の瞬間にはそのマスに――今度はびっしりと砂が詰まっていた。


「…………ぐぎぎぎぎ!!」


(農民如きが俺を舐めくさりおって!!)


 ドイッチュの奥歯がみるみる減っていく。

 怒りの感情に支配されたドイッチュは、再びマスを少年に突きつける。

 だが――、


「な…………」


 ドイッチュは言葉を失った。

 頭に上った血が、温度を下げて落下した。


 炎と氷、岩に水、そして目に見えるほどの風のうねりが、目の前の宙を舞っていた。


 炎と氷は〈熱魔術〉の、岩は〈土魔術〉の上位魔術だ。

 その視認性はもちろんのこと、質量と大きさは、ドイッチュが全力で行使する魔術ほどもある。


 少年はそれを5つ、しかも別々の属性を同時に発動していた。


(こんな器用な事が出来るのはユーフォニア広しといえど、12将ガミジン様くらいでは?)


 目の前の光景が信じられず、ドイッチュはただ口をぱくぱくとさせ続ける。


「まだ続けますか?」

「…………いや、もう良い。下がれ」


 手を振ると、宙に浮かんでいた致死性の魔術の塊がぱっと音もなく消失した。

 ぐったりしつつもドイッチュは筆を持ち、評価用紙に×を書き込もうとし――。


「試験が公平に行われることを、願っています。フォルテミス様もきっと見ていらっしゃることでしょう」


(ガキが偉そうに。都合の良いときだけ神の御名を口にするな!)

(農民を落とすこともまた、フォルテミス様の意思である)

(この学校には、将来この国にとって重要な存在となる人物を入れる必要がある)

(それが農民の出であってはいけないのだ!)

(それが、フォルテミス様が解く秩序というものだ!)


 少年が去ったのを確認してから、怒りに震えるドイッチュは筆を執った。


 ドイッチュが評価用紙に×を書こうとしたとき、手にした筆が突如真っ二つに割れた。


「――――ッ!?」


 通常ではあり得ない鋭利な断面。それも横ではなく、縦に割れている。

 これが意味するところは……。


『フォルテミス様もきっと見ていらっしゃることでしょう』


「まさか……!」


 はっとしてドイッチュは辺りを見回した。

 ここにはもう、試験生は入ってこない。さっきの少年もいない。


 懺悔室よりは広く一般教室よりは狭い試験室に、ドイッチュ一人しかいない。

 それを確認して、彼は天井を見上げる。


「まさか、本当に見ていらっしゃるのか?」


 そこにいるだろうお方を想像し、ドイッチュは手を組み合わせた。


(これが、フォルテミス様の意思か……)


「秩序と公平と正義を司る神フォルテミスよ……。あなたの慈悲深き御心をお示し頂き感謝いたします」


 信じる神の名を口にし、冷静さを取り戻したドイッチュは、予備の筆を取り出して残る評価用紙に、今度は数字を書き込むのだった。


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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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