心配
「はぁ……はぁ……」
息が熱い。呼吸が苦しい。
アルトはへたり込みながら肩を落とした。
「おまえは馬鹿か!? 馬鹿なんだろ!?」
アルトとは打って変わって、リオンにはまだ立っている余裕がある。
彼はまる1日狩りを続けても、けろっとしているほどだ。さすがのアルトも、彼の無限の体力には引いている。
「70階で魔物を呼び寄せるとか、自殺か!? 自殺したいなら一人でしろよ!! 俺もさすがに死ぬかと思っただろ!!」
「い、生きてるからいいじゃないですか」
「よくないから!!」
足下でルゥが、アルトを守るように立ちふさがる。
「ぷるぷる……!(ご主人様を虐めないで!)」
「ルゥ。きみだけは最後まで僕の味方なんだね。嬉しいよ」
「ぷるぷる、にゅんにゅんっ!(うん。ご主人様だって失敗くらいするんだよ!)」
「ぐふ」
最後の味方からの一撃でノックアウトする。
事の発端は、今から1時間前のことだ。
アルトは狩り効率を上げるために、70階に向かった。
70階での方針は次の通り。
周囲に〈グレイブ〉を展開する。
魔物をおびき寄せるお香を焚いて、〈グレイブ〉を設置した。
この場での狩りの流れはこうだ。
基本は〈グレイブ〉で魔物を倒す。
〈グレイブ〉からあぶれた溢れた敵を、アルトが魔術で殲滅する。
50階では、これで上手く行っていた。
70階でも、上手く行くと思っていた。
しかし実際は上手く行かなかった。
原因は単純。敵とのレベル差を考えていなかったせいだ。
レベル差があるため、〈グレイブ〉が発動せず、すべての魔物が一気にアルトたちへと群がった。
これを受けて、アルトは素早くリカバリーする。
〈グレイブ〉を隠密型から開放型に切り替えた。
しかし、これすらも敵は回避してみせた。
極めつけはリオンの存在だ。
集った魔物が、一斉にリオンに攻撃を開始した。
魔物のヘイトがアルトを向いていれば、まだ対処のしようがあった。
しかしリオンを守りながらの殲滅戦は、アルトの能力の限界を超えていた。
結局、大量の魔物を処理しきれず、アルトたちは一目散に上へと逃げてきたのだった。
「死ななくてよかったですね!」
「当たり前だろ!! まったく。勇者の俺がいなかったら今頃全滅してたぜ?」
「いや、あなたぎゃーぎゃー逃げ惑うだけでなにもしてなかったでしょ……」
70階での鍛錬は諦め、61階で控えめに狩りをすることにした。
しかし、他の冒険者に気を遣うため、思うように効率が上がらない。
それでもアルトは1か月で、レベル50後半台に乗せることができた。
それにリオンが不満の声を上げた。
「師匠ばっかりいっぱい魔物を倒して狡い」
「……ああ、そう。じゃあ、いっぱい倒していいよ」
無慈悲なアルトは、リオンに魔物を10匹ほど送り込んだ。
やはりというべきか、リオンは複数の魔物に対処できず袋だたきにされた。
その後、アルトに助け出された彼は泣きながら、1匹ずつの狩りを了承するのだった。
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長剣が敵に当たったことも、それで敵を倒したことも、レベルアップ酔いをしたことも、リオンが1701年間生きてきて、初めての経験だった。
神代戦争の末期に生まれたリオンにとって、生きることは、イコール逃亡の歴史だった。
だが、アルトはそれをがらりと変えてしまった。
それも短期間のうちに。あっという間にだ。
(いったい、今までの1701年間はなんだったんだ?)
リオンは自分の情けなさに憤ったが、どんどん上がっていくレベルや熟練を見ていると、そんな怒気もあっさり失せた。
「マジかよ……。もうレベル40を超えてる」
「これはまさに、勇者ってカンジだな!」
「伝説待ったなしだぜ!」
そんなリオンの鼻っ柱を、10匹の魔物があっさりへし折った。
1匹ずつしか相手にしてなかった彼に、いきなり10匹の魔物を仕掛けるとはなんたる非道。冷血で無慈悲な少年であるか。
とても人間とは思えない。
――そう、彼は人として、明らかにおかしい。
70階で魔物寄せのお香を焚いて、大量の魔物を呼び寄せたときもそうだった。
普通の冒険者ならば、顔を青くしながら逃げ惑う状況だ。
ユーフォニア王国の猛者12将だって、悲鳴を上げるに違いない。
だが彼は違った。
彼は笑いながら、どんどん魔物を間引いていくのだ。
たった8歳の子どもに、そんなことはできるだろうか?
――いいや無理だ。
彼は、なにかが違う。
きっと、人として大切なネジが外れてしまっているのだ。
リオンは現在1701歳だ。
両親はリオンが生まれた時点で2000歳を超えていたが、神代戦争の終戦間際に、人間に殺されてしまった。
だから、ヴァンパイアの寿命をリオンは知らない。
それに引き替え、人間はたかだか80年しか生きられない。
レベルが上がるとその分寿命も延びるが、どれほど伸びたところで150年以上は生きられない。
それが、人間の限界なのだ。
61階で狩りをしているときも、アルトはリオンの想像力を遙かに超えた手法で一帯の魔物を狩り尽くしている。
3~4部屋くらいではリポップが追いつかないほどの速度で、だ。
(他の冒険者なんて滅多に来ねぇのに)
彼が他の冒険者の出現を嫌っているのは、一度に複数の部屋の魔物を倒しているからだ。
もし冒険者がひと組でも現われれば、一つの部屋で狩りをしなければならなくなる。
――効率が、がくんと落ちてしまう。
今のところ、他の冒険者が現われる気配はない。
それもそうだ。冒険者にとって61階は危険領域。トップクラスの冒険者でも、準備に時間を掛けて訪れるような場所である。
そんなところで、複数の部屋の魔物を同時に殲滅し続ける彼は、明らかどうかしている。
まるで、80年の寿命では足りない領域を目指しているかのようだ。
そんな場所があるのかどうか、リオンにはわからない。
本当にアルトがそこを目指しているのかも。
ただ、これだけは言える。
――あいつはあまりに、生き急ぎすぎている。
何十年も続く人生を、10年ほどで燃やし尽くそうとするかのように……。
そんな彼が、リオンの目には常に危うく見えた。
もしなにかで躓いたら、あっさり折れてしまうのではないか、と。
彼のことだ。
よほどのことでもない限り、折れることがないに違いない。
神の所業。
神代の魔法。
呪縛。
彼が躓くとすれば、おそらくそれになるだろう。
彼にも、きっと誰にも超えることのできない壁だ。
もしそうなったとき、彼はいったいどうなってしまうか……。
(いやいや、俺はなにを心配しているんだ?)
(俺らしくもない)
(師匠とはいえ他人)
(そんなことよりも、俺は俺のことを考えろ!)
頭を思い切り振って、物思いから意識を引き上げる。
そうしてリオンは、再び目の前の魔物へと斬りかかっていくのだった。




