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彼の事情

 口にせずとも思いは伝わったか。リオンが長い睫を伏せた。


「……俺、人間だったんだよ。心は人間だ。その心が、この体に合わないんだよ」

「けど、何年も生きていたら徐々に合うのでは?」

「おまえは人間だからそう言えるんだよ。俺はヴァンパイアだぜ?」

「ですから――」

「ヴァンパイアの気持ちが、人間にわかるかよ!!」


 リオンの怒声が部屋に反響し、どこまでも遠くへ行って、無意味な音になって戻ってきた。

 そのあまりの声量に、ビリビリとアルトの皮膚が痺れた。


「俺はな、ヴァンパイアになんてなりたくなかった。どうせ生まれ変わるなら、普通の人間に生まれたかった……」

「……リオンさんは、死に戻ったんですか?」


 突然の告白に、アルトの体が震えた。

 まさかリオンが、自分と同じ経験をしているのではないかと思った。


 しかし、リオンは首を振った。


「死に戻りじゃねぇよ。転生だ」

「転生?」

「ああ。別の世界からこっちに来たんだ」

「そんなことが……」


 にわかには信じがたい。

 だが、彼は時々妙な言葉を口にしていた。

 またアルトは死に戻りを経験している。


 死者の時を巻き戻す〝魔法〟があるのだから、異世界からフォルテルニアに転生する〝魔法〟があったとしても、不思議ではない。


「俺はさ、事故で死んだんだよ。恥ずかしい話、死ぬのがすげぇ怖かった。死ぬ前に『死にたくない』って願ってたんだよ。死にたくねぇ死にたくねぇって祈ってたら、神様が俺の願いを叶えてくれた。

 ――俺は、死なない体に生まれ変わったんだ。


 初めはチートだなんだって思って喜んだ。けどそれも数年で消えた。なんでヴァンパイアになったんだろう。人間じゃなかったんだろうってな。

 人間だったら、悪魔だの人殺しだの言われず、斬られたり刺されたり、拷問に遭うこともなく生きてこられたのに!!

 俺は確かに、死ぬ前に死にたくないって願った。それがまさかこんな風に叶うなんて夢にも思わなかった。

 こんな生物に産まれてくるんだったら、そのまま死なせてくれりゃ良かったんだよ!」


 血を吐くようなリオンの声に、アルトは言葉を失った。


 ヴァンパイアは人間に比べ、肉体性能が高い種族だ。

 さらに彼は、存在力が非常に高い。

 レベルが上がれば、簡単に強くなる。


 アルトはリオンが羨ましかった。

 その体が、力が、欲しかった。


 けれど彼は違った。

 ヴァンパイアの体を拒絶した。


 苦痛耐性がMAXになっているのは、彼が戦おうとしたからじゃない。

 拷問を受けたからだ。


 拷問を行ったのは、十中八九フォルテミス教の信者だ。

 彼らにとって闇に生きるヴァンパイアは敵であり、討滅の対象だ。


 あらゆる拷問がなされ、それでも死なずに受け続けた結果、彼は様々な耐性を獲得したのだ。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 リオンは元日本人だった。

 日本に生まれ、日本で死んだ。

 その後、神と名乗る人物に出会って、ここフォルテルニアに転生した。


 ヴァンパイアの体に、職業が勇者。

 これで無双して異世界を楽しむぞと意気込んだ矢先、リオンはフォルテミス教徒に捕らえられた。


 何十年もの間、毎日拷問が行われ続けた。

 神の裁きと称して、聖属性の武器を何度も体に埋め込まれた。

 鉄の処女の中に、三日三晩放置されたこともある。

 けれどリオンは死ねなかった。


 守衛の隙を突いて牢屋を抜け出した。

 途中で追手がやってきて、体が切り刻まれた。

 それでも必死に走り、リオンは逃げ延びた。


 リオンが逃げ切れたのは、拷問によって耐性系のスキルがカンストしていたおかげだ。

 スキルで防御力が上乗せされ、際どいところでも踏ん張ることが出来た。


 拷問を受け続けている間、リオンは延々と自分がヴァンパイアであることを呪い続けた。

 自分の二度目の命を否定し続けた。

 神を恨み続けた。


『なんで俺を、こんな種族に転生させたんだよ!!』

『俺は、こんなに苦しい目に遭いたくなかった』

『こんな苦しい目に遭うくらいなら、死んだ方がマシだった!!』


 自分を苛むヴァンパイアの体が、どうしようもなく憎かった。

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