勇者の覇道(仮)
戦闘を終えたリオンはその場にへたり込んだ。
勇者らしくない姿だが、正直心も体もくたくただった。
しばらくここで休んでいたいが、上から激しい戦闘の音が響き渡っている。
それに、【気配察知】の練度が低いリオンでさえ、上から嫌な気配を感じる。
おそらく、その者と正面からかち合えば、リオンでさえ一瞬で消し去られてしまうだろう。
シズカでさえ比較にならないレベルの、禍々さである。
「……ん?」
上を見上げていると、突如天井からプリっとしたなにかが落下してきた。
そのなにかがリオンの顔に激突。
付着し、顔全体を覆い尽くした。
「…………!? …………ッ!!」
呼吸が出来ない!
ジタバタ藻掻いて、リオンはそれをつかみ取る。
ンニュー……ッキュポン!! という音と共に、へばり付いたルゥがリオンの顔面からようやく離れた。
「あ゛あ゛あ゛~~~!! 死ぬかと思ったぁ!」
落下が怖かったのか、ルゥはまだプルプルと動いてリオンに反応しない。
「くそっ……オレ様のファーストキスが、スライムとだなんて……」
「どうしてくれんだよ?」
「(にゃんにゃん)」
ルゥがイヤンイヤンと言うみたいに横揺れした。
「なに恥ずかしがってんだよ……。そういや、なんで上から落ちてきたんだ?」
「(……みょんみょん!)」
「え? 師匠が?」
「(プルプル)」
「……不味いな」
「セイセイ。なんで話が通じてんだ?あの2人……というか1人と1匹は」
「さあ。それをわたくしに聞かないでくださいまし」
人と魔物が会話できるなど、聞いた事がない。
リオンとルゥの謎の光景に、オリアスとシトリーは眉根を寄せた、その時だった。
「セ――」
「な――」
二人の周りに黒い球が出現した。
それはまるで、アルトの光弾のようにゆったりと空間を漂っている。
しかし1弾ずつに籠められた威力は彼の光弾とは大きく違う。
触れればただでは済まないだろう。
たった1発で命を奪われかねないほどである。
「……ゴ、ゴレ、が、まだ、キモヂイィを、しテない!!」
先ほど蒸発したと思われたガープが、筺の影から姿を現わした。
だが、その体は満身創痍。
両足と左腕がなく、辛うじて右腕が肘まで残っている。
その肘を使い、ガープはのっそりと前へ進み出る。
「……ったく。しつこい男は嫌われるぜ?」
ガープの姿を見てもリオンは眉ひとつ動かさなかった。
いつもならば「生きていたのか!? 恐るべきしぶとさだな!!」など、己を棚に上げてワンワン叫んでいただろう。
だがいまの彼には、そこまでの余裕がなかった。
上ではいまも、師匠が戦っている。
こんな死にかけの小物に構っている余裕は、リオンには1欠片もないのだ。
周りに浮かんだ闇の魔術の1つが、リオンに向かって放たれた。
だが、
「……」
「……ガ!?」
【闇魔術】はリオンを横切り、シトリーとオリアスさえも避けて窓の外へと消えていった。
「ぐ……グギギガッ!! ゴロズ……ゴロズゥゥウ!!」
目を血走らせ、口を開く度に唾液を吐き出しながら、ガープは次々と【闇魔術】をリオンに放っていく。
だが5発10発。
すべての魔術はこの場にいる誰1人として傷つけることがない。
「ナデ……。ナデダァァァァァ!!」
怯え、いきり立ったガープは、さらに【闇魔術】を発動。
次々と攻撃を繰り出すが、やはり結果は同じだった。
これが、ギフト【勇者】が幸運のギフトと呼ばれる本当の理由。
【幸運のギフト】
一定の条件を満たした場合のみ、幸運を呼び込む。
ただし通常時は体内に幸運を蓄積するため、不運に見舞われる。
蓄積された幸運の力により、補正がB~S+と変化する。
一定の条件――〝神の欠片で生み出されたルゥとふれあっている〟時だけ、リオンの不運は反転し、これまで蓄えてきた幸運を発動する。
「もう、十分だろガープ」
リオンはゆっくりとガープに近づいていく。
リオンにはもう、武器がない。
精神力がかなり疲弊していて【勇者の光】は使えないし、盾で潰せるほどガープはやわじゃない。
だからといって、シトリーとオリアスに頼むつもりは毛頭ない。
これは、自分の戦いなのだから。
自分の力で決着を付けるって、決めたのだから。
そうすることでやっと、師匠に甘え続けたリオンは独り立ちできるのだ。
「アンタとの戦いは、今後執筆する【勇者の覇道(仮)】にたっぷり記述してやる。だから安心して逝け」
「ぐ、グギァァァァァ!!」
命を燃やしているのだろう。
マナを膨張させるガープの胸に、
リオンが右手を突き立てた。
生み出したヴァンパイアの武器【爪】は、なんの抵抗もなくガープの心臓に到達した。
そこでほんの少しだけ、【光魔術】を点火。
ジュッ、と焼けるような音とともに、ガープの心臓が一瞬で失われた。
心臓が失われると同時に、ガープが外側からさらさらと灰になって消えていく。
これでもう、本当に終わりだ。
(オレはちゃんと、使いこなせただろうか)
(勇者と、ヴァンプの力を……)
「…………っと、こうしちゃ居られねぇ! 早く師匠を助けにいかないと!」
「オリアス!」
「セーイ!!」
動き出したリオンを、オリアスが猛烈な力で押さえつけた。
リオンの腕力はドラゴン並である。
にもかかわらず、オリアスはたった1本の腕でリオンを押さえつけている。
先ほどのガープとの攻防で、かなり体が痛めつけられたのだろう。宝具により腕力が恐ろしいまでに強化されていた。
「ちょ、離せよ!! すぐに師匠を助けにいかないと、ルゥが、師匠が死ぬって言ってんだよ!!」
「……リオンさん。申し訳ありませんが、先へは行かせられません」
「なんでだよ!?」
床に組み敷かれたリオンが首を回しシトリーを睨み付ける。
そこには喜怒哀楽に溢れ、ころころと顔を代えていた頃の、天気で花畑なリオンはいない。
激しい怒りと焦燥により、目が血走っている。
それだけで、如何にリオンがアルトのことを大切に思っているかが理解できる。
そんな彼をここに押しとどめる罪深さに、シトリーは心が潰されそうになる。
彼の為を思えば、先に行かせた方が良いのではないか? そう思うが、こればかりは譲れない。
リオンを開放すれば、間違いなく彼は死ぬ。
そう、シトリーはシズカに告げられている。
イノハで出逢い、数週間旅をしただけの仲だが、シズカがどれほどの実力者かは嫌でも理解した。
その彼女が、『絶対に行かせるな』と言ったのだ。
『戦えば、自分も死ぬかも知れない』とも。
であれば、シトリーはリオンに行かせるわけにはいかない。
顔を合せれば角を突き合わせる仲だが、それでもシトリーにとってリオンはかけがえのない友人である。
大きな力を持ちながらもそれに振り回されることがない。彼のような純粋な存在を失えば、世界の大きな損失である。
シトリー個人にとっても、大いなる損失となるだろう。
だから決して先に行かせるわけにはいかない!
「い、行かせろよぉぉぉ!! このままじゃ、師匠が……」
「オリアス。お願いします」
「セーイ」
上階から感じる禍々しい気配に、もう気付いているのだろう。
オリアスが神妙な面持ちで頷き、リオンを担ぎ上げる。
「アンタたち、師匠が死んでもいいっていうのか!? この、人でなし!!」
非難の声を上げるリオンの目から、ボロボロと涙が溢れ出す。
それが伝染したように、シトリーの目からも熱い雫が流れ落ちた。
いままで正義を行使してきた。
正義の行使は常に、シトリーにとっての誇りであった。
なのに、いまは違う。
まさか正しい行いが、こんなにも辛いことだなんて……。
どうか……。
これが終わったら、リオンの元に還ってきてくださいまし。
そうすればわたくしが心を鬼にしたことが、報われますわ。
だから、お願いしますわよ。
アルト……。
漫画版「冒険家になろう!12巻」が1月15日(予定)に発売となります。
皆様どうぞ、お近くの書店にてご予約、ご購入よろしくお願いいたします。m(_ _)m




