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【WEB版】最強の底辺魔術士 ~工作スキルでリスタート~  作者: 萩鵜アキ
二部一章 それぞれの思い

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かつてない戦い

 ガープが悪魔化してしまったのは、おそらくあの場所のせいだろう。

 千年以上も前に拷問部屋として使われていたあの場所で、さらに拷問を続け人々の怨嗟が積み重なっていた。


 リオンが訪れたときにはもう念が溢れる寸前であった。

 その場所に、人の血が流れた。

 念と血が呼び水となり、命燃え尽きる寸前で抵抗力のない彼の体に念が流入し、悪魔へと変貌してしまったのだ。


「きも、チイィィこと、初メましょう」

「な、なんだよ気持ちいいことって。アンタを見てるだけで気持ち悪ぃよ!」


 彼の動きは人間ではない。

 骨がないみたいにくねくねと体が歪む。

 なのに、骨格を得た出来の悪いロボットみたいに痙攣する。


 かなり不気味だ。

 いますぐここから逃げ出したい。


 ……逃げちゃだめだろうか?

 そんな考えが頭を過ぎる。

 うん、それも良いかもしれない。

 彼と戦うなんて生理的に無理。

 尻尾を巻いて逃げる事にしよう。


 ただし、逃げるのはアルトがハンナを助け出してからだ。


「イキィィィィ!!」

「おえ!」


 ウニュニュ、と足が歪み、その反動で【突進】。

 人体の構造からはあり得ない動きにリオンはぎょっとする。


 それが隙になった。


 彼は一瞬で距離を詰め、体を1回転ほど捻り、戻る反動でリオンに攻撃。

 一体いつ取り出したのか。

 その手には手品のように短剣が現われていた。


 切っ先がリオンの喉元に迫る。

 だが、


「っとぉ!」


 接触する寸前で、リオンは間に盾を割り込ませた。

 体全体を揺さぶられる。

 激しい衝撃でリオンの腕が悲鳴を上げる。


 だがそれはガープも同じ。

 盾の反射によりガープに衝撃の何割かが跳ね返る。


 反射してしまえばこちらのものだ。

 リオンの思惑は、しかし見事に外れる。


 ――イィィィン!!」


 甲高い音と共に、ガープの短剣が根元から綺麗に折れた。


「ッチ」

「キモ、チィィイキィィィィ!!」


 短剣が折れたのも厭わず、反対の腕をリオンに伸ばす。

 その動きに合わせ、リオンはその手に目がけて盾を突き出した。


 ガープの動きと【シールドバッシュ】の勢いが重なり、彼の腕に猛烈な反射攻撃が伝わった。

 ガリッ! と氷を踏み潰すような音が響く。


「ブジェロヴァルラァァァ!!」


 もう何語なのかわからない奇声を発しながら、ガープは後ろへとよろめいた。


 チャンス!

 さっきは逃げるつもりだったけど、こいつ、倒してしまって構わないよな?


「悪しき者よ、勇者の光に因りて消え去れ! フォトン・ブ――え?あ、ちょっ!!」


 リオンが必殺技まで助走をつけているあいだに、ガープは壁にある扉を開いて中身をぶちまける。

 中から長方形の匣が現われ、それがひっくり返ると大量の金の装飾品と宝石が、小豆が鳴るような音を立てながら床に散らばった。


 床が散らかるのも気にせず、ガープは立てた匣の影に身を隠す。


「あああ、アンタ卑怯だぞ! 悪者は悪者らしく光で滅されろよ!!」

「キシシ。浄化されろと言われて、はいされますという人がどこにいるでしょう? あなた、頭は大丈夫ですか?」

「んだとぉっ!? 頭がおかしいのはアンタだろ!!」


 グギギギギ、とリオンは奥歯を噛みしめながら地団駄を踏む。


 さきほどまでは奇声を発しているだけだったガープが、いまでは普通に会話が成立している。

 一体彼になにがあったのか?

 ……いや、そんなことはどうだって良い。

 そんなことより、もっと重要なことがある!


「一体、箱の中にどれほどの財宝が入ってんだ!?」


 あれ売れば億いくんじゃね?

 もらっていいかな?

 いいよな?

 だってオレ、勇者だし。

 墳墓から金銀財宝を持ち帰るなんて、勇者らしいよな!


 輝く瞳でざっと疑似鑑定するリオンの鼓膜に、僅かな風切り音が届いた。

 急ぎ視線を向けると、ガープがいままさにリオンに攻撃を仕掛けるところだった。


 まず――ッ!!


「キエェェェェェェイ!!」


 体を1回転捻り、戻る反動でガープが攻撃。

 拳がリオンの頭に向かい、

 しかしそれを直前で防御。


「アギャァァァァァァ!!」


 生の拳が盾に接触すると、ガープの腕が内側から破裂した。

 それとほぼ同時に、リオンも後方へと吹き飛ばされる。


「なっ!?」


 リオンは己の油断に顔を歪めた。

 しまった……。

 ガープの力を甘く見過ぎていた!


 道具は上等であればあるほど、使い手を傷つけない。

 盾を攻撃して短剣が綺麗に折れ、使用者への衝撃を最小限に抑えた。

 それと同時に、攻撃を受けたリオンも僅かな腕の痺れで済んだ。


 だからこそ、この程度だろうと油断した。

 ガープの力を甘く見積もった。


「ひ、ヒィィィ!」


 腕が内部から飛び散ったガープは、左手で右腕を押さえながらのたうち回る。

 彼はよだれを垂らし、白目を剥いている。

 それほどまでに苦痛を感じて……いるわけでは、残念ながらない。


「キモチィィィィ!! イグゥゥゥゥゥ!!」

「…………」


 苦悶ではなく、それはどうも恍惚らしい。

 変態だ。

 まさに変態。


 ちょっとだけ……師匠とガープのど変態対決を見てみたい。

 そんな好奇心が頭を掠めて、即座にリオンの良心が両者の対決を記憶から抹消した。


 そんな対決を赦せば、世界がヤバイ。

 きっとあらゆる神が止めに入るだろう。

 あるいはこの世界に初めてモザイクが発生するかもしれない。


 リオンはのたうち回るガープを眺めながら、警戒を最高レベルまで引き上げる。

 先ほどまで破裂していたはずの腕が、もう治癒してしまっている。

 残るは骨の接合だけだろう。


 悪魔に変化したことで、彼はおそるべき治癒能力を手にした。

 おまけに攻撃力は、1度でもクリティカルに食らえば戦闘不能になりかねないほど凶悪と来ている。

 硬くて治癒能力のあるリオンの、上位互換のような相手である。


 ……逃げちゃだめかな?


 弱いリオンが逃げろ逃げろと騒ぎ立てる。

 それを強いリオンも追従する。


 ……よし。

 逃げよう!


 ほら、オレっていままで逃げ続けてきたし。魔物に襲われたら痛いし怖いし死ぬかもしれないし。

 今まで通り、逃げても良いよな?


 逃亡が決定する。

 その寸前で、リオンの理性が歯止めを掛ける。


 それはフィンリスでギルド職員だった時代には絶対に存在しなかった。

 あるいはアルトと旅をして、ユステルで1人になった頃までなかったかもしれない。


 それは勇者としての自覚ではなく、仲間意識でもない。

 1710歳になったヴァンパイアのリオンが、個人的に譲れない思い。


 もしここで逃げてしまえば、きっと自分を許せなくなる。


「……フォトン・ブレ――」

「させませんよ」

「――グッ!!」


【光魔術】を発動しようとして、即座に動き出したガープが体当たりで邪魔をする。

 ガープの攻撃をモロに食らったリオンはそのまま後方の壁に激突。

 即座に態勢を整えるも、彼は追撃してこなかった。


 いまのタイミングで、どうして?


 その疑問はすぐに解消される。

 ガープはリオンに追撃せず、壁にある小さな扉という扉から、長方形の匣を引きずり出していた。


 おそらくそれは【光魔術】対策だ。

 そうまでしてこの場に障害物を設置しようとしているのは、間違いない。

 彼の弱点が【光魔術】だからだ。

 そうでなければ、あれほどの再生力がありながら、リオン程度の魔術を恐れる必要はないのだから。


 そうと判れば【光魔術】乱発して、邪魔な障害物を焼き払ってから――、


「くひひ! ここにあるもののほとんどは魔術耐性を帯びてますので。あなた程度の魔力でどうにかできると思わないことです」


 リオンの魔力は高いが、そこに【魔力操作】の練度が付いて行ってない。

 対魔性能のあるものを貫通させられるほど、威力のある魔術は放てない。

 しかしリオンの瞳にはまだ余裕が浮かんでいる。


「オレが魔術しか放てない魔法使いに見えたのなら残念だったな。オレは勇者よ。勇者の能力は、魔術だけじゃないんだぜ!!」


 そう叫び、リオンは手近な匣を思い切り蹴飛ばした。


「リオンキーッんぎゃぁぁぁぁ!!」


 筺に当たった足が直角に折れた。

 リオンはその場でごろんごろん転がる。


「どんだけ硬ぇ匣なんだよ!?」


 壊すつもりで放った蹴りだったが、ほんの少しズレただけ。

 逆にこちらの足は折れてしまった。(もう修復されたが)


「勇者の能力は……転げ回ることですか? くっくっくクククグガィィィィ!」

「ぐぬぬぬ。ただの匣の分際で勇者を馬鹿にしやがって!」


 己の無様を晒し、さらにガープに嗤われ頭に血が上ったリオンは、思い切り長剣で匣に斬りつけた。


 ギャッと金属が擦れる耳障りな音が響き渡る。

 リオンは長剣を振り抜いた態勢で停止。

 己の身長ほどもある巨大な匣が、真ん中からゆったりと横へずれて落下した。


「悪・即・斬!!」

「な――!?」

「っふん。どうだ? これが勇者の実力だ!」

「あなたは馬鹿か!? これは崩御された教皇への貢ぎ物ですよ?! その匣を切り裂くなんて、あなたはそれでも勇者ですか!!」

「まっさきに匣を散らかしたアンタが言うか!? アンタこそ教皇庁の職員だろ。この罰当たりが!!」

「人でなし!」

「人でなしはアンタだっての!!」


 ガルルル……と2人は牙をむき出しにする。

 相手に闘争心をむき出しにしながらも、リオンは己の膝が震え出そうとするのを必死に堪える。


 先ほどはガープが容易く扉から引きずり出していたから、てっきり軽い匣だと思っていた。

 実際ものすごく軽そうに見えた。

 だが実際にそれを力いっぱい蹴ってみると、自分の力ではまるで太刀打ち出来ないことがわかった。


 ガープの力の強さが如実に理解出来てしまい、それだけでリオンは恐ろしかった。


 ひとつ壊してみせたが、これはドワーフ製の長剣のおかげだ。リオンの力ではない。

 これがパフォーマンスだということに相手は気付くだろうか?

 どうか気付かないで欲しい。

 このまま口げんかをしながら、アルトが助けに来るまで時間を稼ぎたい。


 その願いが、ガープの歪な笑みにより光を失った。


「本音を言えば、善人中の善人を食べて見たかったのですが、まあ勇者でも良いでしょう」

「オレは善人――じゃない。全然悪いゼぇ? コンビニの前でヤンキー座りするくらい悪いぜぇ?」

「……なんですかその台詞は。しかもコンビニ? ヤンキィ?」

「フォルセルス教会のお布施で、神父さんに銀貨1枚出すと見せかけて、こっそり銅貨1枚に替えてお布施するくらい悪いぜ!」

「……」


 善良な勇者を演じれば、相手は喜ぶだけだ。

 であれば少しでも長く生きながらえるように、悪い子アピールをしなければ!

 それはリオンのちっぽけな頭が導き出した、戦況を引き延ばす苦肉の策であった。


「どうだ、オレの悪党っぷりは!!」

「……ちっさ」


 よし、上手くいった!

 名付けて、悪いこと自慢(小悪党)大作戦!

 効果は相手に『こいつと戦うと自分まで小さくなる』と思わせる。


 実際に、その効果はあったようだ。

 当然ながらリオンの話術だけでそうなったわけではない。

 彼の思念が魔術的に作用し、【魅了魔術】として発露したのだ。


 まだまだ【魅了魔術】を使える練度ではないが、それでも長年培ってきた【挑発】と【口先】だけには、かなりの頻度で【魅了魔術】が乗るようになっている。


 これって勇者のすることかとは思うが、形振り構ってはいられない。


 事実として、ガープはリオンよりも強い。

 そして、その戦闘力を、未だにリオンは見定めることができていない。


 自分よりも強い者との戦闘は、できるだけ避けたい。

 だがそれを、ガープは赦さなかった。


「ま、いいですよ。小悪党でもなんでも、とにかくいまは、肉が食べたいんです」

「おおおお、オレの肉はおいしくないから!」

「おいしそうじゃないですか。その硬く引き締まった筋肉にかぶりついたら……ああ……想像しただけでイキ……イギィィイィイ!!」


 まただ。

 また理性が吹き飛んだ。


 目から正気が失われ、みるみる赤く染まっていく。


 リオンの直感が体を動かす。

 盾と剣を前に構えると、ほぼ同時に拳が衝突。

 防御態勢をとっていたにもかかわらず、リオンの全身が砕けるほど震えた。


「キモジィィィ!!」


【体術】の【振動撃】。

 マギカのそれと同程度か、それ以上。


 たった1撃で鎧から露出した手足がズタズタになる。

 だが防御したおかげで被害は軽微。

 1秒で動けるまでに回復。

 即座に移動。


 ガープは盾を殴りつけた反動で傷付き、また恍惚の笑みを浮かべる。

 痛いのが好きなのか、彼は立て続けにリオンを攻撃する。

 1発。2発。

 拳を盾で防ぐが、防ぐ度に腕が上がらなくなってくる。


 受け流しをしているが、振動まではうまく受け流せない。

 次第に蓄積されていくダメージがリオンを鈍化させる。


 そして、


「ヒキャァァァァ!!」

「ガハッ!!」


 その拳がリオンの腹部を直撃した。

 恐るべき速度で吹き飛んだリオンは、石造りの壁に深々とめり込んだ。


「……く。死んだ。死んじまった。折角ここまで生き延びられたのに。オレ、もっと長く生きる予定だったのに。勇者なのに太刀打ちできないなんて恥ずかしい。ああ神様エルメティア様。何故オレはこんなに弱かったんだ。たった1撃で死んでしまうとは――」

「いや、あなた死んでませんよね?」

「……へ?」


 言われて気がつく。

 先ほどの恐るべき攻撃を受けた体が、まったくの無傷であることに。


 先ほど、間違いなく致死性の攻撃がリオンの腹部を直撃した。

 それをリオンは受け流すことさえ出来なかった。

 だが、何故かリオンは生きている。

 何故だ?


「…………あ」


 そっか。

 考えて思い至る。


 ガープは【光魔術】に弱いということは、【闇属性】だということ。

 つまり彼の攻撃には常に【闇属性】が乗っているのだ。


 となればリオンが生きていた答えはひとつ。

 アルトが昨晩、リオンの鎧に【刻印】を施したからだ。


 やっぱり魔王と戦うんだから【闇耐性】防具は必要だよな!

 というリオンの熱い希望で、アルトは渋々【闇魔術耐性】の【刻印】を施してくれた。


 思い起こせば彼の攻撃を受け続けて、手足にダメージが行っても鎧に覆われた部位だけはあまり痛みはなかった。

 なるほどやはり、彼が施した【刻印】は効果を発揮しているらしい。


「……し、師匠マジ神! ありがとう!!」


 ほっとすると同時に、心臓が油汗を吹き出した。


 涙を拭って鼻水を啜り、リオンは立ち上がる。


 ガープの攻撃が防御出来ると判ればもう怖いものはない!

 ここからが勇者の本番だ!


「覚悟しろよ! 今のオレは勇者らしく、強ぇからな!」

「くくく。勇ましいその顔をその泣き顔に変え……ああ、泣き顔はいま見ましたね」

「泣いてないぞ? 泣いてないからな?!」

「……あなたと話をしていると頭がおかしくなりそうです」

「それはこっちの台詞だよ!」

「鬱陶しいので、拷問に専念させていただきますね。これじゃあ、わたしが痛ギモジィィだけですかラァァァァ!」


 どこでどうスイッチが入るかがわからない。

 ガープが再び目に殺意を宿し、リオンに襲いかかる。

 彼の攻撃を受けるには、鎧が最も適切だ。


 鎧で受ければダメージも少なくなるだろう。そんな意図から、リオンはガープの攻撃を鎧で受ける。

 しかし、足をしっかり踏ん張っていたつもりなのだが、そのあまりの力強さに押されて吹き飛んでしまった。


「――やば!」

「ヒヤァァァァ!!」


 甲高い奇声を発しながら、ガープがリオンに接近。

 反射ダメージを受けていないため、彼の動きは機敏だった。

 体勢を立て直す間もない。


 反射的に、リオンは盾を持ち上げる。

 瞬間、

 昏倒、

 激しい衝撃。

 背後に壁があるせいで、勢いを逃がせない!


 1撃、2撃、3撃。

 何度も何度も、執拗にガープは盾を打ち抜いていく。


 まるでそうすることでしか己の感情を抑制出来ないかのように。

 打てば打つほどガープの腕がはじけ飛ぶ。

 はじけ飛んでは回復し、回復してはまた全力で打ち込んで弾け飛ぶ。


 盾で攻撃を受ける度に、体が痺れ、頭が揺られ、手足の骨が折れていく。

 態勢があまりに悪く、彼の攻撃を受け流せない。

 芯で受けた攻撃の威力が、ダイレクトにリオンに伝わり背中が石壁を割っていく。


 体中から嫌な音が聞こえる。

 口から耳から、血液が流れ落ちる。


「っく……」

「ヒャッヒャァァッヒャァァァァァ!!」

「い…………い加減に、しろぉぉぉッ!!」


 攻撃の隙を突いて、リオンは長剣を突き出した。

 それがガープの腹部に届く、

 その前に、


 ――イィィィン!!


 衝撃はなく、感触もない。

 ただ音だけが耳の中を突き抜けた。


 ガープの拳を腹に受け、

 ドワーフ製の長剣が、

 リオンの目の前で中央から真っ二つになった。


 道具は使用者を痛めない。

 それほどまでに、長剣は良い作りだったのだろう。

 長剣が失われた感覚は、束を握っていたはずの手の平にすら伝わらなかった。


 師匠……。

 呆然とした隙に、ガープの拳がリオンの頬を抉った。


「ギャハッ!! どうだ! 気持ちイィィィダロォ!? イきそうだろぉ?! わたしはさっきから、何度もイってるよォ!! キモジィィ。この肉を打つ感覚は、辞められないィィィ!! ハァ、早く、ハァァ、早く食べたいィ。でも、まだ食べないぃ。もっと声、聞く。もっと悲鳴を、聞いてハァ。アァァァァァァァ!! モットォモットォモットォ!!」


 ……オレ、なにやってたんだろう?

 意識があまりに朦朧としすぎて、自分がいまどこでなにをしているのかが上手く思い出せない。


 まるで旅先の宿で目が覚めたときのようだ。

 寝ぼけてここがどこだか判らなくて、立ち上がってふらふら歩くと、実はベッドの上にいて転げ落ちる、なんていうことも偶にある。


 それでマギカが目を覚まして、同じように寝ぼけ眼のままリオンに凶悪な一撃を叩き込む。

 そして完全に目が覚めたリオンはアルトの部屋に飛び込んでクレームをつけるのだ。

『あの犬コロなんとかしてよ!』


 ……そうだ、師匠!!


 はっと目が覚めた瞬間に、リオンは反射的に【光魔術】を発動していた。

 それは目の前に的がいたからではない。

 覚醒した意識が直接戦闘状態に向かったため、体が極端な反応をしてしまったのだ。

 まるで眠っているときに、体が「ビクン!!」と動いてしまうかのように。


 だが、それだけ。

 起き上がろうとしたリオンは己の体がまったく言うことが聞かないことに気がつく。

 と同時に、激烈な痛みが体を襲う。


「ガハッ!!」


 あまりの痛みに胃がひっくり返る。

 口から吐き出したのはほとんどが血液だ。


 手足は、骨が砕けている。

 顔も、左目が欠落している。


 でも呼吸はできる。

 心臓も動いている。

 頭も潰れてない。


 盾と鎧が、最低限生存に必要な大切な部分を守ってくれたのだ。


 常人ならばショック死してしまうだろう激痛の中で、リオンは至極冷静に己の体をチェックする。

 むしろ、焦ってももうどうしようもない。

 それ以外に、リオンに出来ることがないのだから。


「い、しきを失ったと思ったんですけどねぇ。ああ、驚きましたよ」


 物陰に隠れて【光魔術】の難を逃れたガープが、強ばらせた顔を匣の向こうから覗かせる。

 いまの攻撃は、ガープにとっても予想外だったらしい。


 まだ匣の影からリオンの様子をうかがっている。

 人は、最後の足掻きが最も恐ろしいことを彼は理解しているのだ。


 ふと、血に濡れた体からなにかがこぼれ落ちた。

 それは紙に包まれた、フォルセルス印の回復薬。


 何故こんなところに?

 リオンは回復薬など持ってはいなかった。

 これを持っているのはアルトであり……。


 そうか!

 アルトがリオンを抱擁したときに、こっそり鎧の隙間に潜り込ませていたのだ。


 親馬鹿というか師匠馬鹿というか……。

 しかしどうやら、リオンは彼の思いやりに救われそうだ。


 右手は若干動くようになった。

 ギチギチと不安定な腕を、筋力だけで折り曲げて回復薬に手を伸ばす。


 早く、もっと早く!


 回復薬を掴んだ手を、口元に伸ばすが、利き手とは反対側で箸を使うみたいに上手く動かない。


 早く! 早く!!


 動き出したリオンを見て、ガープがようやく匣の影から姿を現わした。


 早く、動け、オレの体!!


 願いが通じたのか、リオンの手がやっと口元に到達。

 僅かに体を動かして、回復薬をそのまま口に放り込む。

 犬歯を用いて包みを破き、そのまま力いっぱい嚥下した。


 いままでヴァンパイアの能力で高速治癒していた体が、薬の支援を受けて一気に回復力が高まった。


「お仕置きが、足りないようですねェェェ!!」


 唾を吐き出しながらガープがリオンに迫る。

 攻撃を受けようと盾を持ち上げるが、まだ、骨が繋がらない。

 間に合え! 早く! 間に合えぇぇぇ!!


 しかしリオンの願いは叶わない。

 ガープは体を1回転させて、リオンに拳を振り抜き、


「キェェェェェェ!!」

「――させませんわ!!」


 突如横から割り込んだ影が、リオンの前に立ち塞がる。


 影は前に構えた細剣の上にガープの拳を滑らせ、ゆっくりとひねった。

 たったそれだけの僅かな動きで、恐るべき威力のあるガープの拳が、デッドゾーンから遠ざかっていく。


 現われたのは、金髪縦ロールの、痩身の女性。

 なにかあればすぐにキンキン声でがなり立て、胸が小さいのにプライドばかり大きいダメ貴族。


「……し、しとりー?」

「ええ、あなたの親友の、シトリーですわ」


 リオンは目をぱちりとさせて、口を開く。


「……は?」

「え?」

「誰が親友だって? オレ、そんなこと一言か言ったっけ?」

「なななな、なんでですの!? わたくしたちは親友じゃありませんこと!?」

「アンタはずっと因縁の仲であって、親友なんかじゃないから!」

「キィィィ!!」


 地団駄を踏むシトリーは、やはり間違いない。

 絶壁のシトリーである。

 その絶壁が表情を一転させ、ふっと微笑んだ。


「生きていてなによりですわ」

「……っふん」


 素直にありがとうとは、決して言えない。


 単に、この場で彼女が助けにきてくれたことが嬉しくて、ふとした拍子に泣いてしまいそうで、とても顔が見られないほど気恥ずかしかったからだ。


 きっとそれが判っているから、シトリーも微笑んだ。

 彼女の笑みの意味が分かるからこそ、益々恥ずかしい。


「相変わらずですわね」

「そっちこそ。で、なんでここにいるんだよ」

「魔石の買い付けに少々」

「…………ああ、なるほど!」


 リオンは150年間、冒険者ギルドに務めていた。故に、セレネ皇国の冒険者ギルドがどういう存在かは知っている。


 セレネに冒険者は訪れず、仕事はほとんどない。

 フォルセルス教徒であれば栄誉なのかもしれないが、普通の職員にとってセレネ送りはほぼ地獄への左遷である。


 そんな冒険者がいない――魔石の産出量が少ない場所に、魔石商がわざわざ魔石を買い付けにくるはずがない。


 だからこそ、アルトが販売した魔石が1週間で売れたと知ったときは、リオンは酷く驚いたものだった。


 6柱いる神様の誰かの仕業か、あるいはエリクが犯人じゃないかと疑ったくらいだ。

 だが彼女がいることで、ようやく物事が正しい位置にストンと収まった。


 シトリーは現在、イノハの魔石商を営んでいる。

 そのシトリーがこの場にいるということは、彼女がアルトの魔石を買い付けたのだ。

 当然ながら、こんな場所に魔石を買い付けにくる物好きはいないし、シトリーだって態々そのために訪れたわけではないはずだ。


 だからこそ、リオンは言う。


「……嘘ばっか」

「バレました?」

「当然。オレを誰だと思ってんだよ。勇者だぞ?勇者。しかも元冒険者ギルド職員の。そのオレを欺すなんて百年――いや、千年早いっての」

「そ、そうですわね。……実は、あなた達がセレネ入りするという話を、さるお方から伺ったんですの」

「へえ。で、そのお猿さんはどこの誰だよ?」

「さる、とはお猿さんのことではありませんわ! ……まあ、それは秘密ですわ」

「なんだよケチンボ」

「べ、別に秘密にするようなことでもありませんけれど……」

「どっちだよ!」

「いちいち五月蠅いですわね! そのお方は今頃、下で戦っていると思いますわ」

「んん?」


 下で戦っているのは、マギカだけ……。

 ということは、誰かがマギカの助けに入ったということか。

 おそらく、相当手練れなのだろう。でなければ『戦っている』と言うはずがない。

 マギカ1人でも大丈夫な気もしたが、もう1人手練れが居れば心強い。


「立てます?」

「ちょっと、無理」

「……ですわよね」


 リオンの全身をなめ回すように眺めたシトリーが顔を歪めて目を背けた。


 リオンをよく理解している彼女がそんな反応をしてしまうほどに、酷い見栄えなのだろう。

 いくらヴァンパイアで、高級回復薬を服用したからといって、欠損したものを元に戻すにはかなりの時間がかかるのだ。

 とはいえ、動けるようになるにはそう時間はかからないだろう。


「では、わたくしがあの男を……って、なんですのあれは!?」


 ようやくガープが〝人間離れした肉体〟をもっていることに気づいたようだ。

 軟体生物のように見えて骨はしっかりある気持ち悪い体が、シトリーの悲鳴でうねうねと揺らめいた。


「……リオンさんはまた変態のオトモダチを作ってしまわれたのですか?」

「またってなんだよ、またって!! そもそもあんなフレンズ願い下げだよ!」


 シトリーはうんざりしたような顔をして、前に細剣を突き出した。

 その優雅な動きを見てガープが口元を歪める。


「あなたは……ふむ。なかなか、素敵な心をお持ちですな。ああ、その顔を、歪めるだけで、イってしまいそうです! あああ、見たい、見たい、見たい、見たい、見たいィィィィ!! 気持ヂィィィ世界、待ってるゥゥゥゥ!! イカセルゥノォォォ!!」


 狂ったガープが【突進】。

 瞬時にシトリーの間合いに足を踏み込んだ。


 それにシトリーは対応出来ない。

 辛うじて細剣を動かすが、遅い。


 シトリーは体を捻る。

 間に合った細剣がガープの拳を僅かに反らし、しかし彼女の肩を掠める。


「くぅ……!!」


 掠っただけにもかかわらず、ドラゴン製の軽鎧の肩が大きく凹んだ。

 シトリーは数歩後退し、崩れ落ちそうになるのをギリギリ踏みとどまる。


「……ん? へ? アァァァ?」


 攻撃を放ったはずのガープはしかし、隙だらけのシトリーを追撃しない。

 彼は己の手を確認し、足を踏みならし、首を傾げる。


「どうです? ステータスを奪われるお気持ちは?」


 強い相手が攻撃すれば、ステータスを1撃につき1つ奪う。


≪我が信じる絶対の正義(トラステスト・ジヤスティス)


 ガープがシトリーに攻撃を仕掛けたことで宝具が発動。

 宝具が彼のステータス――腕力を剥奪したのだ。


「ア、アア、アアアァァァ!」


 高い身体能力を生かして【突進】し、ガープがシトリーに拳を突きつける。

 しかし、攻撃は細剣で難なく受け流す。


 受け流したシトリーは、態勢を崩さない。

 だが、彼女の足が少しずつ後方にずれる。


 筋力を奪ってもこれとは。

 まったく、なんという馬鹿力ですの?

 攻撃の威力が想像を超え、シトリーは内心悪態をついた。


 いくらステータスの筋力値を奪ったとはいえ、それはあくまで【格】――器に蓄積されたエネルギィの封印でしかない。

 器の力が封印されたからといって、筋力がゼロになるわけではないのだ。


 器の力に左右されない、最も基礎的な身体能力までは封印出来ない。

 でなければ、筋力すべてを封印した途端に、心臓が停止してしまうだろう。


 悪魔化したガープならば、器の力を封印されようと、普通の人間程度ならば人形の関節を抜くように四肢をバラバラに出来るかもしれない。

 だが、それはあくまで一般人の話。


「神に懺悔いたしますか?」


 ただ悪魔的な筋肉量があるというだけでは、シトリー・ジャスティスはの技は破れない。


「う、ウガァァァァァ!!」


 それが理解出来たのだろう。

 ガープが体を無理矢理ねじ曲げてバネ状にし、

 手を広げて【突進】した。


 まずい!

 その攻撃に、リオンが色めき立つ。


 封印されていない敏捷性をフルに生かした【突進】は、レベル99のリオンをしても霞んで見える。

 おそらくシトリーでも対処は難しいだろう。


 もう一度攻撃を食らってステータスを奪うつもりだろうか?

 しかしこれを受ければ、下手をすると彼女は……。


 目の前で知り合いが死ぬ。

 その光景を、リオンは幻視する。


 体がシトリーに直撃する。

 その前に、

 何者かの【体当たり】がガープを真横に吹き飛ばした。


「セーーーーイ!!」

「ギャァァウ!?」


 敏捷性はあるが、力の足りない【突進】はあっさりその【体当たり】によって軌道を真横に折り曲げられた。


「オリアス!」

「オリアスぅ!?」


 シトリーの声にリオンは目を剥いた。

 まさかオリアスまで?


 ガープの体を押したのは紛れもない、イノハで重傷を負い、身動きの取れなくなったオリアスその人だった。


「――のわっ!?」


 その本人は勢いが止まらずガープと一緒に床を転がり、壁に激突。

 その衝撃をもろともせずに起き上がりダブルバイセプス。

 ポーズを決めると、リオンとシトリーの元に元気よく走り寄ってくる。


 来るな来るな!

 こっち来るな!!


「セイセイセーイ! 1人で格好つけて飛び出すのは良いが、後先考えてくれよ」

「お……遅いですわよオリアス」


 彼が近づくと、シトリーが顔を引きつらせて若干後ろに後退した。

 まるで真夏日にストーブを顔に近づけられたかのような反応である。


「セーイ。体が不自由なオレの身にもなってくれよ。セイッ!」

 サイド・チェスト。

「ここ2階か? 3階か? セーッイ!!」

 アブドミナル・アンド・サイ。

「片手で壁をよじ登ったオレを褒めて欲しいくらいだ、フンハッ!!」

 モスト・マスキュラー。

「…………(どうにかしろよアンタ!)」

「…………(どうにもなりませんわ!)」


 いちいちポーズをとらなければしゃべられないのだろうか?

 片手が不自由だというが、ポージングはきちんと両手を用いている。


「……やったねシトリー。変態が増えたよ」

「はぁ……」


 戦闘中だというのに、まるでソフトクリームを落とした少女のようにシトリーが落ち込んでしまった。


「セイセイ。ところで奴はなんなんだ?」


 吹き飛ばされたガープがよろめきながら立ち上がる。

 先ほど攻撃したときは気付いていなかったのだろうか?


 ……いや、気付いていなかったのだろう。

 オリアスは言うまでも無くシトリーの仲間である。

 その彼女が攻撃を受けそうになっていたので、問答無用で相手を敵と見なした。

 他に考える余地などない。

 それくらい、刹那の出来事だった。


「教皇庁職員。暗部のガープ。ま、いまは悪魔だけど」

「セーイ。そんな話は聞いちゃいない」

「は?」

「奴は、何故パンツ1枚なんだ?」

「知らんわ!!」


 オリアスに言われて見れば、確かにガープがパンツ1枚だけのセミヌード姿になっていた。

 おそらく先ほどの体当たりで衣服がボロボロになり、破れて脱げてしまったのだろうが……。


(ほんとどうでもいい考察……)


「ハッ!? まさかアイツ、このオレと筋肉勝負をするつもりなのか!」

  「絶対違うから」

  「馬鹿ですの?」

「いいだろう。オレの筋肉を見せてやるぜ!! ッセーイ!!」

  「なんで脱ぐんだよ!? シトリー止めろよ!」

  「いいい、嫌ですわ! あんな汗臭い男に声をかけたくありません」


 上着もズボンも脱ぎ捨てて、オリアスはガープと同じパンいち姿に変身した。

 いや、変態になった。


 ……どうしてこうなった?


「セイ、セイ、セイ、セイ、セーイ!フンハッ!!」

 オリアスがポージングで威圧し、

「ガウッガッガガ、ギィ、ホグゥゥ!!」

 ガープが体を歪め、手だけで奇妙に踊り出す。


 互いは互いににらみ合ったまま、1歩も動かない。

 緊張感が意味不明に高まっていく。


「ぎ、ヂモヂィィィ!! ……ふぅ」

「……セーイ。さすがだ」

「「なにが!?」」


 ガープが何故興奮して突如落ち着いたのかが判らなければ、それを見て「さすが」と言ったオリアスの採点基準もよく判らない。


 既に事態はリオンとシトリーの理解を超えていた。


 もうここ、オリアス1人でいいんじゃないか?

 そう投げやりになった思考を、嫌々ながらに引き留める。


 よく見れば(いや、見たくはないのだが)オリアスの右腕が左に比べてかなり細い。筋肉も張りがなく、盛り上がりに欠けている。


 彼が言っていた、『体が不自由』というのは本当なのだろう。

 宝具で暴走し、リオンの盾の反射を受けて破壊された右腕は、現時点でも後遺症が残っているようだ。


 その責任は当然ながらヴェルにある。

 だが彼の右腕を砕いたのはリオンである。


 であれば、リオンは目を背けるわけにはいかない。

 …………いかないのだ。グギギ。


「ッセーイ!!」


 ついに緊迫した謎の停滞を破り、オリアスが仕掛けた。

 右手を畳み、左手で拳を繰り出す。


 マギカが清流だとすれば、オリアスは激流。

 体術に違いはあれど、その洗練度は変わらない。


 激流が小舟を飲み込むような攻撃を、ガープがその体で受け止める。


「ギモヂィィィギャ!!」


 受け止めると同時にオリアスへカウンタ。


「ガ……ッフンハ!!」


 腹部に叩きつけられた攻撃に体を折りそうになるもギリギリ留まり、反撃。

 そこから2人は互いに足を止め、1歩も引くことなくただ力任せに攻撃を続けた。


 形勢はオリアスが圧倒的に不利。

 彼は左手しか攻撃に使えないのに対し、ガープは両手を使える。

 オリアスが1度殴るあいだに、ガープは2度殴る。


 さらにガープには強力な回復力がある。

 オリアスはただ一方的にHPを削られるばかり。


 頬が肩が腹が顎が殴られ、オリアスはその肉体を赤く染める。

 吹き出した血と汗が、殴られる度に周囲にまき散る。

 赤い靄が生まれるのではないかというほど、オリアスは攻撃を食らい血と汗をまき散らしていく。


 そんななか、ガープに有利だった流れが、徐々にオリアスへと傾いていく。


 HPが削られたことにより、オリアスの宝具が発動。

 その身体能力が次々と強化されていっているのだ。


「セイセイセイセイセーイ!!」


 ただのジャブの連発なのに、ほぼ全力ストレートのような正拳突きを受けて、ガープが吹き飛んだ。


 しかしそれでもガープの体には傷一つついていない。

 攻撃しても次々と体が治癒していくのだ。

 おそらくオリアスの全力攻撃を持ってしても、ガープは殺しきれない。

 やはり、一瞬で命を刈り取る以外に方法はない。


 リオンは四肢に力を入れてゆっくりと立ち上がる。

 失われた血液はまだ十分に補填されていないが、戦闘出来ないほどでもない。

 骨は繋がっているし、筋肉も問題はない。

 もうちゃんと、戦える。


「オリアス。代わるぜ」

「セーイ? いや、ここは俺に任せろ。俺はいま、人類の筋肉を賭けて戦っているんだ!」

「んなもん賭けんでいいわ!! ほらさっさとどけ!」

「せ、セーイ……」


 直接触れずに、まるで汚いものを扱うように盾でオリアスを退ける。

 その態度に、オリアスは眉を垂らして傷付いたような顔をした。


「リオンさん。大丈夫ですの?」

「ん、行ける」

「けど――」

「大丈夫だ」


 あと1歩で死ぬところだったリオンの惨状を目にしているシトリーが、それでも抗議しようと口を開く。

 けれど、リオンは首を振って、彼女の気持ちを押しとどめる。


「オレ、これでも勇者だからな。美味しいとこ奪うようで悪いが、2人とも、物陰に隠れててくれ」

「……わかりましたわ」

「セーイ」


 シトリーが渋々頷く。

 きっとリオンになにかあれば、すぐに飛び出してくるだろう。

 でも大丈夫だ。決してそうはならない。


 オリアスも泣きそうな顔で頷いた。

 変態対決で勝敗が付かなかったのがそんなに悲しいのだろうか?

 もし続ける気なら、余所でやってもらいたい。


「さてガープ。そろそろ決着をつけようか」

「ぐ、グギィ。きもぢ、イィこと、する?」

「そうだな。アンタにとっては昇天するほど気持ちいいかもしれない」

「ぎも……ヂィ! ちが、う。わたし、は……お前オォォォォ!!」


 まるで激しい頭痛に耐えるかのように、ガープが頭を両手で押さえた。

 おそらくもう、彼の理性は限界を迎えている。


 であれば、理性が完全に失われるまえに、彼にトドメを刺してあげよう。

 人間として終わらせてあげるのだ。

 理性を失えば、魂は罪を贖うことさえ出来なくなってしまう。


 それが拷問を行い、魔物のように人を殺した彼への、最大の罰である。


「あ、貴方に、なにが出来るっていうのですか?」


 裏返りそうになっていた黒目が元に戻り、彼は正常な声を発する。

 どうやら狂気に理性が一時的にも勝利したらしい。


「オレは勇者だ。やろうと思えば、なんだってできる!」

「狙っているんでしょう? 【光魔術】の行使を。しかしあれは、私には効きませんよ」

「っふん。だからなんだってんだよ? 何事も、やってみるまで、わからないんだぜ」


 口上を告げながらも、リオンはなけなしのマナを振り絞る。

 体力はまだ完全に戻っていない。

 だからあと1発が限界。


 それでも十分。

 リオンはかつてのように、1人ではないのだから。


「オレはエルメティア様の使徒、勇者リオン・フォン・ドラゴンナイト・ブレイブ! その名において、アンタを浄化する!!」


 向上を高らかに告げ、盾を掲げて全力で【突進】する。


 視界が隠れるギリギリの位置に盾を翳し、ガープに詰め寄る。

 リオンが近づいても、ガープは身動き一つとらない。

 先ほどのオリアス戦を引きずっているのか、あるいはリオンの魔術にのみ反応するよう力を蓄えているのか。


 リオンは腰から勇者の武器を抜き、天高く翳す。


「…………は?」


 あまりに場違いな武器に、ガープの目が丸くなる。

 その隙に、リオンは思い切りガープの脳天目がけて武器を振り下ろした。


 ――スッパァァァァァン!!


 その武器――〝勇者ハリセン〟が高らかに鳴り響く。


「……え?」


 ダメージはない。

 ハリセンはダメージを与えるものではない。


【勇者のハリセン】

 効果:クリティカルにヒットすると、綺麗な音を鳴らす。


「食らえ! 【フォトン――」

「う、うおおおおおおおお!!」


 追加効果:クリティカルヒットすると、対象が若干スタンする。


「――ブレイブ】!!」


 スタンが生んだのは僅かな間隙。

 しかし、戦闘において致命的な間であった。


 スタンしたガープに、リオンは全力の【勇者の(フォトン・ブレイブ)】を発動した。


 部屋が真っ白になるほどリオンが発光。

 光が当たった場所が瞬時に加熱される。


「ギャゴォァァァァァ!!」


【光魔術】をもろに食らったガープが、しつこい油汚れのように揺らめき、徐々に外側から浄化されていく。


【フォトン・ブレイブ】が収束すると、あとにはなにも残らなかった。

 やはり、彼は闇の存在であり、【光魔術】が弱点だったようだ。


「…………かつてない戦いだったぜ」


 若干熱の残る【勇者のハリセン】をゆっくり腰に収納し、リオンは浅くなった呼吸を意識的に深く行う。


 強敵だった。

 ……いろんな意味で。


 きっと今晩辺りは、この戦闘が夢に出てきてうなされるだろう。

 特に、オリアスとガープの肉体対決のシーンがループされるに違いない。

みなさま良いお年を!

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