両親を守れ!
同時刻。
青果店“ジャックとフィアン”のお店に黒ずくめの男3名が現われた。
彼らは一言も声を上げず、じわじわとジャックとフィアンに近づいていく。
殺意を滾らせた三人の男を見て、ジャックとフィアンの二人は確信した。
きっと自分たちは殺されるのだ、と。
理由はわからない。
だが、目の前の3名は決して見逃してはくれないだろう。それだけは嫌という程理解できる。
ジャックとフィアンは二人抱き合いながら、最後の時を待つ。
だが、
「させるか!」
「――っ!?」
店にやってきた犬人女性が、目にもとまらぬ動きで剣を振るい不審者1名を昏倒させた。
「「ひっ!!」」
敵か味方か。区別がつかないジャックとフィアンは、お互いに強く抱き合って短い悲鳴を上げる。
「安心してください」
たったいま人を攻撃したばかりだというのに、犬人は顔色ひとつ変えずに黒縁めがねを押し上げる。
「我々は味方です」
黒ずくめ達は犬人を敵だと見なしたのだろう。即座に反転して犬人に殺気を向ける。
だが抵抗する間もなく、不審者2人が地面に転がった。
犬人の女性が一体なにをしたのか、ジャックとフィアンの目ではさっぱり捕らえられなかった。
不審者を昏倒させた武力の名残が風となり、2人の頬にぶつかった。
「処理しろ」
「はっ!」
一体いつの間に現われたのか、巡礼服を身に纏った男2人が素早く黒ずくめの男達を店の隅に移動させる。
「お騒がせしましたジャックさんとフィアンさん。私はフラン・ゴーシュ。アヌトリア帝国シュルト方面隊分隊長です」
「そそ、そのような方が、俺達に一体……」
「おお、お金ですか!?」
「いえ」
二人の怯えように、フランは思わず苦笑いする。
彼のご両親というからどのような方たちかと思ったが、まるで荒事を知らぬ平民ではないか。
一体何故このような方たちから、あのような変態が生まれたのか……。
人というものは、わからないものだ。
「先の大戦で、我々の国はアルト様の尽力により救われました。今日、そのアルト様が決死の覚悟で親友を救われるという話を聞き、居ても立っても居られずに駆けつけた次第です」
「親友……」
「はい。彼の行動で、もしかするとご両親が捕縛され、人質として利用されるのではないかと危惧した我が皇帝陛下が、こうしてお2人の身の安全を確保するために、私を使わしました」
確定情報ではないが、セレネに存在した暗部は壊滅したらしいとの報告は受けていた。
だが壊滅は、全滅ではない。
水面下で行動し、遊撃されては後手にまわってしまう。
戦時中のシュルトのように……。
そうならないために、フランはここに訪れた。
親友を救うアルトの動きを、下らない策略で止めてしまわないように。
「アルトは、いまどこに?」
「神殿で、戦っていらっしゃるかと思われます」
「た、戦う? それは……危険なことなんでしょうか?」
「はい」
「「……」」
ジャックとフィアンが互いの目を見つめ合い、動く。
だがその動きをフランが即座に止めに入る。
「どこへ行くおつもりですか?」
「アルトの……アルトのところへ!」
「いけません。死にに行くようなものですよ」
「死にに!? じゃあなおさらです。止めないでください!!」
「そうです。折角、アルトに会えたのに。私たちはなにもせず、またアルトを失うのを見ていろとおっしゃるのですか!」
子どもが死にそうだっていうのに、それを黙って見過ごす親がどこにいるだろうか?
その気持ちが、フランには痛いほど理解出来た。
だがフランは、まっすぐ2人を見つめる。
「いいえ。なにもするなとは言いません。ここは神の地セレネ皇国です。お2人が出来るのは、神に祈ること。大きく育ったアルト様を、信じることです」
「しかしっ!」
「敵と戦うことと同様に、見守り祈ることにも、強靱な精神力が必要です。己の衝動を止めきれず、ここを飛び出してアルト様に迷惑をかける心弱き者か。あるいはここに残り、アルト様を信じて健勝を祈る心強き者か……。ご両親は、どちらですか?」
「「…………」」
ジャックとフィアンはまだ渋面を保っているが、おそらくもう大丈夫だろう。
体が弛緩し、ここから駆け出す雰囲気が失せてしまっている。
「……おい、まだ捕縛できないのか?」
「すみません。縄を忘れてしまって……」
「はぁ」
要人保護の任務に就いているのに、捕縛用の縄を持参していなかったとは……。
連れてきた2名の兵士の言葉に、フランは思わずため息を吐き出した。
「……な、縄ならありますが」
頭を抱えそうになったフランの耳に、ジャックの声が届く。
「え、ええ……」
「縄をお貸しいたしましょうか?」
「え、あ、はい。貸していただけますか? 奴らが目を覚ましたら、また荒事になってしまいますので」
「そうですね。あっ、縛るのは任せてください。得意なので」
「得意?」
ジャックの言葉の意味がわからずフランは首を傾げる。
その目の前で、ジャックとフィアンが奥から縄を手に戻ってきた。
彼らはフランの目でも捕らえられぬほどの恐るべき速度で、黒ずくめの男3人を拘束した。
(この二人、出来るッ!!)
縄を巻き、縛るまでの手つきに一切の隙がみられない。
まるで何千、何万回と〝なにかを束ねてきた〟かのような手つきである。
おまけに――。
「何故吊すんですか!?」
「え? あ、すみません、ついクセで……」
男三人を天井の梁から吊るしてしまったではないか。
その流れるような美しい手つきには、フランは思わず見入ってしまったほどだった。
「クセ?」
「ええ。ウチでは大根は縛って吊るすが基本ですので……」
「最近、大根を縛って吊るす作業ばかりやっていたんですよ。ハハハ」
「大根は寒風に当てると繊維が柔らかくなって、甘みも増すんですよ」
「どうです? ウチの特〝聖〟大根、食べてみませんか?」
「はあ……いえ、いまはそれどころでは――」
「まあまあ」
「美味しいですから、さあさあ」
アルトの両親の安全を確保出来たことにほっと胸をなで下ろす。
それと同時に、二人から加わる強力な『食べろ圧』からどう逃れるか。
フランは頭を悩ませるのだった。




