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コウテイ?

「クラインさん!」


 叫んだはずの声は擦れて、よれよれで、見窄らしかったが、それでもクラインは反応した。


「御意に」


 瞬き一つで気配が消え、次の瞬きで気配が浮上する。


「闇に堕ちろ。【一撃必殺(アサシネイト)】!!」


 本来短剣スキルである【一撃必殺】を、長い槍で見事にうち放つ。


 クラインの穂先を受けた善魔は、しかし本来の効果通り切り裂かれることなく、落命することもなかった。


 だが、クラインの1撃を受けた鎧の肩口が、僅かに拉げた。


「リオンさん【挑発】!!」

「任せろッ!」

「マギカ! クラインさんの盾に」

「ん」


 たった1撃。

 しかしそれは、3人にとって大きな1撃だった。


 ここにいる高レベルの誰もが傷つけられなかった鎧を、クラインの攻撃があっさり歪めたのだ。

 それだけで3人の心から絶望が払拭され、希望が舞い戻る。


 体が重い。

 動くのだって精一杯だ。

 けれどアルトは立ち上がる。


 生じた希望を守り抜くために。


 リオンが盾を用いて大剣を防ぐ。

 日那の善魔が手にしていたポールアクスさえ刃こぼれさせた反射盾の衝撃が、大剣には一切通じていない。


「クラインさん。余裕があれば腕を切り落としてください。おそらく、大剣が宝具です!」

「了解しました」


 そうは言うが、素早い善魔を相手に腕だけを狙うなど至難の業である。


 リオンが3発受けて退場。

 次に狙われるのはクラインだが、そのあいだにマギカが割って入り、攻撃を体で防いだ。


 アルトも肉の壁となり、クラインへの攻撃を防ぐ。


 2人が吹き飛ぶと、即座にリオンが復帰して【挑発】。

 その間、クラインが善魔の胴に足に攻撃を加え続ける。


 クラインの攻撃は面白いように鎧を拉げさせていく。

 まるで彼の前では善魔の鎧など、ただのブリキであるかのように。


 かなりHPが低下しているのだろう。今度は1発でリオンが退場。

 とうに限界を超えているアルトもマギカも、次の攻撃に間に合わない。


 オリハルコンを用いた防具を装備している3人がこれほど重傷になるのだ。

 クラインが食らえば、1撃で絶命(ダメ)かもしれない。


 間に合え! 動け!


 必死に念じるが、どれほど集中しても1秒は1秒の通りにしか動かない。

 極限まで集中したときのように、永遠に引き延ばされない。


 振りかぶった善魔の大剣がクラインを直撃する、その前に。


「さて、そろそろ終わりにしましょうか。【九頭龍衛(ナインテツト・プロード)】」


 籠められたマナが僅かに発光した刹那。

 地面すれすれにあった穂先が、九つの残像を産んだ。


 それは最上級の槍術。

 技の極地。

 恐るべき攻撃が一瞬にして善魔を穿つ。

 9つの刺突が善魔を貫き、うち1つが小手を切り裂いた。

 善魔の大剣が小手と共に宙に舞う。


 そのタイミングを、アルトは逃さなかった。


 アルトは手にした魔銃をうち放つ。

 赤く熱した鉄に水滴を垂らしたような、ジュッという音と共に、アルトの光弾が善魔の腹部を蒸発させた。


 しかし、それだけでは善魔は止まらない。


【九頭龍衛】を放ち、硬直しているクラインに、体ごと衝突。

 クラインと善魔が吹き飛び、きりもみしながら落下。

 善魔は酷い音を立ててバラバラになり、クラインは床を転がり血をまき散らした。


「く……クラインさん!?」


 慌てて駆け寄ろうとするが、うまく走れない。

 足を引きずりながら近づくと、彼の口と鼻から大量の血が溢れ出ていた。


「大丈夫ですか!?」

「……」


 尋ねるが、意識がない。

 衝撃で意識を失ったのか、あるいはレベルアップ酔いか。

 クラインは己のレベルを30台だと口にしていたから、おそらく後者だろう。善魔を倒した経験でかなりレベルアップしたに違いない。


 バラバラになった善魔の鎧が、音もなくさらさらと砂になり舞い上がって消える。

 その鎧がすべて消えてやっと、アルトは胸に溜まり熱くなった息を吐き出した。


 途端に意識が朦朧とし、尻餅をつく。


 ……かなりやばかった。

 死ぬかと思った。

 正直、アルトはここで終わりるだろうと覚悟していた。


 リオンは全身が血だらけになっているし、マギカは片方の耳の先が欠けている。

 アルトだって満身創痍だ。

 だが、生きている。


 誰1人欠けていない。

 みんな生きていられて、本当に良かった……。

 ほっと息をついた矢先、アルトの感覚が大量の敵意を察知。


「…………嘘だ」


 背中がぞわりと鳥肌を立てる。


 信じられなかった。

 だが上を見て、アルトが現実を突きつけられる。


 空に大量の善魔が現われ、それらがアルト達目がけて迫ってきているのだ。


 その数は1000を超えている。

 目測500m。

 接触まで1分。


「これ、なんの嫌がらせだよ……」

「追い打ちを掛けるには最高のタイミングですよねぇ」

「ケッ、オレは最低の気分だよ」

「……同感」


 いまの攻防ですり切れているアルトには、1000の善魔を打ち砕くだけの余裕がない。

 リオンやマギカだって同じだ。

 クラインはレベルアップ酔いで気絶している。


 誰1人まともに戦えない。

 けれど……やるしかない。


「師匠。ここをパァっと解決できるチートアイテムはねぇのか?」

「あったら使ってます」

「魔術は?」

「無理ですね」


 苦痛耐性で抑えられてはいるが、それでもかなり痛みが酷い。

 集中が乱れれば魔術は発動しない。1匹2匹は道連れに出来るかも知れないが、全部は不可能だ。


「マギカは?」

「宝具を使えば……9匹くらいは」


 全部で12匹。

 それを倒せば、あとは死ぬだけ。


 怪我さえ無ければ……。

 いや、おそらく怪我をしていなくとも、ここを凌ぐのは難しいだろう。

 一般兵とは違い、相手は善魔である。力差はそれほど大きくない。

 どれほど突破力があろうと、押し潰されて終わりだ。


「ど、どうすんだよ?」

「……」


 抵抗せずに死ぬよりも、必死に抵抗して死ぬ。

 アルトの気持ちはそれで固まっている。


 だがその決意を、他の2人に強いて良いのだろうか?

 一緒に死ねと、言うべきだろうか。

 気を失っているクラインは?

 自らのエゴに巻き込んで良いのだろうか。


 アルトの沈黙を絶望ととったのか、若干回復してきたリオンが盾を構えて立ち上がる。


「いいぜ、オレが、やってやる! これでもオレは勇者だからな。真の勇者、リオン・フォン・ドラゴンナイト・ブレイブは、決して最後の最後まで諦めねえ。だって勇者ってそういうもんだろ? 勇者の辞書に、諦めの二文字はねえんだよ!」


 リオンは盾を構え、長剣を突き上げる。


「さあ来い! どれほど窮地に立たされていても、最後に悪は滅びるって決まってんだ!!」

「良い言葉だ。悪は滅ぶ。おいテメェら! 勇者様の言う悪とやらをさっさと滅ぼそうじゃねぇか!!」

「「「おおおおお!!」」」


 突如扉の方から声が飛び、続いていくつもの大声が重なり合って空気を揺らした。


「え?」


 突然の唱和に呆けたアルトが、ぎこちなく体を回す。

 そこには――、


「…………コウテイ?」


「おう、遅くなっちまって悪かったな」


 そこに現われたのは、皇帝テミスその人である。

 まさか、幻か?


 そう思った。

 だが彼の体は霞んではいないし、後ろに控える所々赤い武具を装備した兵士達はいままさに部屋に流れ込んできている。


「なんで皇帝がここに……」

「そりゃテメェ、俺の目的はこれだったからよ」

「え?」


 テミスの目的?

 アルトの困惑はますます深まっていく。


「なんで俺がドワーフに頼んで、オーバスペックな武具を作らせてたと思ってんだ? 戦争? いや違う。戦争するだけなら、ただのドワーフ製の武具で十分だ。魔武具である必要はねぇ。

 俺ぁな、こうなる日に備えてたんだよ。英雄と共に世界を覆す日をな! 残念ながら英雄は囚われちまったけど、ここでみすみす手をこまねいてちゃ、折角現われた英雄が死んじまう。だったら、動かねぇ手はねぇだろ」


 兵士が装備しているのは以前から制作していたミスリル魔武具と、かのドラゴン武具である。

 まさかここでそれを使用するとは。

 彼の本気度がうかがえる。


「しかし……いきなり……どうやって」


 そう。

 彼の登場は完全に予想すらしていなかった。

 そもそも軍が国境を越えるなど不可能。

 アヌトリア兵は他の国の条約によってアヌトリアの地から一歩も外に出られないはず……。


「案外すんなり国境ってのは超えられるんだぜ? 1ヶ月ほど準備すればな」

「……あ」


 テミスの言葉で、ようやく繋がった。


 彼らは巡礼者に紛れてセレネ皇国に侵入していたのだ。

 クラインがもたらした、国境付近が騒がしいという情報は、彼らの大量流入によるものだったのだ。


「判ったか? ならさっさと行け!」

「けど――」

「いいから行け! ドラゴンの魔武具を装備したって、ただの兵士にゃ荷が勝ちすぎてる。ここから先、どうやったって死闘だ。俺らが全滅する前に親玉をぶっ飛ばしてこのクソ人形どもを止めて、俺らを助けやがれ!」


 最後は何故か涙目になって、まるで負けた子どもの捨て台詞を吐くときの表情みたいになってしまっている。


 おそらくテミスは正確に理解している。

 上空にいる善魔が、どうやったって普通の兵士レベルでは太刀打ちできないことに。


 だが彼らはここに現われた。

 英雄の……ハンナの命を助けるただそのためだけに。

 そしてその仕事を、アルトに託してくれた。

 であれば、


「……行きましょう、みなさん」


 アルトはそれに応えなければいけない。


 足を引きずりながら、アルトはクラインの腕を肩に担ぎ、奥にある高い建物目指して歩みを進める。

 マギカとリオンも同様にアルトの後を追った。



 いったいここで、どれほどの戦いがあったのか……。

 もうこれ以上戦えるようには決して見えないアルト達の姿を見送って、皇帝テミスは兵士達に向き直る。


 彼はもう戦えない。

 少なくともテミスにはそう見えた。


 だが彼は“教皇庁指定危険因子No7”変態のアルトだ。

 彼がどこでなにをやったか。それは、送り込んだ密偵の情報によりテミスは具に知っている。


 あるときは平民が奴隷のように使われていたケツァムを救い、あるときは魔物に落とされた日那を救った。

 そして1ヶ月ほど前には、アヌトリアの危機も救っている。


 さらにはセレネの治安維持を担当していた暗部までたった1日で壊滅させてしまった。


 それらの功績は、長年皇帝として君臨し、一流を見て目を肥やしたテミスですら信じがたいものである。


 日那は魔物襲撃の被害から立ち直るのに時間がかかっただろうし、アヌトリアと国交を結ぶこともなかった。


 もしケツァムにシトリー、オリアスらが居座らなければ、西側を向いていたテミスはユステルの襲撃に気付くことさえなかったに違いない。


 セレネ入りしたは良いがマークされて身動きが取れなかった密偵が、暗部が消えたおかげで自由に動けるようになった。


 アルトの行動のどれ一つ抜いても、テミスのいまはない。

 本人の狙いかどうかは定かではないが、彼の行動の結果すべてが、複雑に絡み合ってイマに繋がっている。


 きっとこのことを書物に残せば、100年後の人々はただの創作だと思うに違いない。


 あまりに凄すぎて笑えてくる。

 神か悪魔か変態か。

 そんな奴人間じゃねぇよ、と。


 そんな凄い奴を置いて、一体誰がこの先へ進める?

 アルト以外に適した奴が、この場に居るだろうか?

 ――いや、居ない。


 だからこそテミスはボロボロになったアルトを先へ送り込んだ。

 きっと彼ならば、あれくらいどうにかしてしまうだろうと予想して。

 そういう人物でなければ、“変態のアルト”などと噂になるはずがないのだ。


 1拍置いて、テミスは口を大きく開いた。


「さあて、テメェら! 平民ごときが命張ってんだ。騎士のくせに黙って指くわえてみてんのか? それとも情けなく地面を舐めるか? 臆病風に吹かれて逃げ出すか? いいや。帝国騎士にそんな真似は似合わねぇ。違うか!?」

「「「おおおおおおお!!」」」


「平民を守る為に俺はテメェらに地位を与えた。だったら高貴な騎士様達よ。平民を守るために……いや、世界を守る為にその命、俺に預けろや! 【皇帝特権(ノブレス・オブリージユ)】!!」


 神に選ばれ指名された皇帝のみが使える特権。

 それは強大な相手を前にしても、戦意を失わず、普段以上の力を発揮出来る固有スキル。


 とはいえ、レベルを倍に増やすような、圧倒的な敵に抗う力が得られるものではない。ほんの少し、抗う勇気が得られるだけだ。


 だがそのほんの少しの勇気が、戦場では大きな流れを生む。


 俺ぁまだ、死にたくねぇからな。

 英雄の手で、世界が新しく生まれ変わる。

 クソッたれた法則が支配しない、新しい世界を拝むまでは。


 だから、待ってるぜアルト。

 テメェが英雄を連れ出すその時を……。


 後方に待避し、テミスは軍配を持ち上げる。


「さあて、蹂躙してやろうじゃねぇか――スキル【第六天魔王】解放」


【第六天魔王】――人に超越をもたらす程の強烈なバフが、全軍のステータスを底上げする。


 しかしその反動により、己の性質が急速に悪へと染まっていく。

 だが、そんなものはもう関係ない。

 悪だろうが善だろうが、神が判断する世界はここで終わるのだ!


 にやりと悪い笑みを浮かべたテミスが、勢いよく采配を前に振り下ろした。


「全軍、かかれぇぇぇ!!」

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