決戦へ
翌日の夜、高級住宅街の一角に忍び込んだアルト達が、空高く伸びる山の途中にあるフォルセルス大神殿を眺める。
「腕がなるな……」
そう言って膝を震わせるリオン。
かなり緊張しているのだろう。昨晩宿に戻ってから彼は顔を青くし、普段は動きを止めない口もピタリと止まってしまっていた。
毛がもさもさ生えてる心臓と比べると、実にバランスの悪い肝っ玉である。
「皆さん準備はよろしいですね?」
「ん」
「もちろんでございます」
「……あっ、いっけね! 宿に大事なもん忘れたから戻っていい?」
「どうぞ。じゃモブ男さん抜きでハンナを取り戻しましょう」
「嘘嘘、冗談だって! おいマジで置いてこうとすんなよッ!!」
前に進んだアルトのマントを掴み、ズルズルと引きずられるリオン。
「で、モブ男さん。準備は大丈夫ですね?」
「お、おう! もちのろんだぜ!」
「……膝が揺れてますけど」
カタカタカタカタと膝が鳴っている。
「武者震いってやつよ!」
胸をボンと叩く。
だが、不思議なことにその瞳には怯えがない。
武者振るいか恐怖かは定かでは無いが、彼のことだ。大丈夫だろう。
「では行きましょうか。皆さん手筈通り」
「了解しました」
「ん」
「おっけぇ!」
静かな決意と気合いに満ちた声と共に、アルトたちは【気配遮断】を実行。
4人の姿が夜の闇の中へ解けていく。
ここに一般人がいれば、たとえ正面に彼らがいたとしても気づけるかどうか。
それほどまでに彼らの【気配遮断】は完璧であり、さらにクラインの【隠密】に至ってはアルトでさえ【気配察知】が危ういほどだ。
きっと闇の中に紛れ込んでしまえば、アルトでも見つけ出すのは困難だろう。
「まった師匠」
「はい?」
「手、繋いでいいか?」
「……は?」
アルトは思わず真顔で聞き返した。
彼の声には巫山戯ているとか、そういう気持ちが感じられない。
いたって大真面目だ。
だからこそ、意味がわからない。
「なんで僕がモブ男さんと手を繋がなきゃいけないんですか……」
「い、いまオレ、みんなの姿が結構ぼやけてだよ! 少し離れたら、はぐれちまう……」
「あ、ああ……」
リオンは【気配遮断】は得意なのに、【気配察知】は苦手だった。
確かに3人の【気配遮断】能力はずば抜けているため、察知能力がないリオンには少々辛いかもしれない。
「仕方ない……。じゃ、行きますよ」
むんずと手を掴んだ途端にリオンの手がぴくっと動いた。
緊張の為か冷たく若干湿った手が、少しずつ熱を帯びる。
「ちょ、ちょっと、待てって師匠……」
酔っ払いみたいな足取りで、呂律もなんだか怪しげだ。
大丈夫だろうか?
彼女の実力にアルトは疑問を抱いていないが、緊張しいなのが玉に瑕である。
その点については、一度敵とかち合ってしまえばほぐれるだろう。
リオンの手を引いてまっすぐ歩くと、やがて住宅街が開け、切り立った断層崖がアルト達の行く手を阻むように現われる。
「ここからは僕に付いてきてください」
アルトは行く手を先導し、崖を回り込む。
高級住宅街で【気配遮断】を用いて移動する。ここまでは、作戦会議で共有した情報である。
だがこれから先については、アルトに付いて来て欲しいとしか告げていない。
神殿への進入口を事前に共有しなかったのは、アルトがもったいぶりたかったからではない。
どこかに潜んでいるだろう隠密の類いに情報を抜かれ、警戒されたくなかったからだ。
「師匠。どこ行くんだ? てっきりこのまま崖を登るもんだと思ってたんだが……」
「そんなことしたら、一発で見つかっちゃうかもしれないじゃないですか」
以前アルトが用いた作戦は、おそらくもう警戒されているはずである。
1人ならば問題ないが、4人で昇るとなると上から矢を放たれると対応出来なくなる。
アルトはぐんぐん崖を回り込み、住宅街を抜けてさらに進んだ先の、なんの変哲も無い洞窟の入り口にたどり着いた。
「師匠、こんなとこ来てなにすんだ?」
「まあ見ててください」
アルトは己の位置と、記憶の情報を重ね合わせながら洞窟の中に足を踏み入れた。
リオンだけでなく、マギカもクラインも疑問を抱いているに違いない。
しかしアルトには、いまどこで、どれほど歩いたか。頭フル回転させているため、疑問を解消する余裕がない。
以前の記憶と、今回の記憶を合算し、足を使ったメジャで計測しながら歩いたアルトは、やっと目的地に到着した。
「……で、師匠。そろそろタネ開かししてくれよ」
「そうですね。では皆さん、僕の周りに集まってください」
少しでも手を動かせば、隣の人に触れられる。そんな距離まで4人が近づいたとき、アルトは天井を見上げた。
「僕らはこれから、ここに立ったまま、〝まっすぐ〟神殿に侵入します」
「「「…………え?」」」
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「さすが師匠。頭の作りが普通じゃないぜ……」
行動を実行した途端に、何故かディスられるアルト。
少し……ほんの少しだけ、この場からリオンを除外したらどうなるだろう? と考える。
きっとスカッとするだろう。
今後の行動に大きな支障が出るから絶対にやらないけれど……。
「にしても、まさかエアルガルドでエレベーターに乗るとは思ってもみなかったわ」
「えれべいたぁ?」
「ふむ。珍妙な言葉の響きですな」
現在アルトは、まっすぐ神殿に向かっている。
以前神殿に侵入したときに、アルトは神殿内を片っ端から移動して〝構造を頭にたたき込んでいた〟。
広間は何メートルで、通路は何メートルか、己の歩幅から割り出し、一度見取り図を書き起こしている。
その見取り図の直下に、人が入れるスペースがないかを探していたところ、今回の洞窟を発見。
ここまでくれば、あとは力業だ。
洞窟の通路と、神殿の部屋が交わる地点を、真下からまっすぐ【グレイブ】で繋げた。
現在四人はその【グレイブ】の穴の中を、【ハック】で上昇しているのだった。
落とし穴ならぬ、昇り穴。
完全にごり押し。
とはいえ相手の警戒レベルが上がっている中、神殿に侵入する方法はこれしかなかった。
苦肉の策というやつである。
「……うっぷ」
マギカの顔が青い。
アルトの珍妙なスキルに酔ったのかもしれない。
さすがに酔うような乗り物ではないのだが、彼女は乗り物に弱い性質がある。
過去、アルトが作ったイカダでも彼女は一番酷い目に――いや、酔ってしまって大変だった。
それはもしかすると獣人系種族の特性である、魔術耐性の低さが関係しているのか?
――などと考えるが、あれで酔わなかったのはアルトとルゥのみである。魔術耐性など無関係だろう。
「下はどうなっているんでしょうか?」
「すぐに閉じてますよ。マナがもったいないので」
アルトが全力で当たれば、500m以上の【グレイブ】を開くことは可能だ。
だがそこには尋常ではないマナが必要である。
いまは決戦前。マナは1ミリでも無駄にできない。
アルトは現在、自分の上と下10mのみ【グレイブ】で押し広げている。
そうやってマナの損耗をかなり抑えている。
「こんな使い方が出来るんだったら、なんでいままでこのスキルで迷宮を探索しなかったんだよ」
「これを使えばまっすぐ深部に向かえますけど、それ、面白いですか?」
深部に向かったから、強くなるわけじゃない。
深部に向かう行程があるから、強くなるのだ。
試したことはないが、確かに生きてる迷宮でも【グレイブ】で道は作れるかもしれない。
だがその道を歩くあいだは、一切経験が得られない。
であれば、経験を得ながら歩いた方が効率的である。
それはどれほど強くなっても同じだ。
「ここを抜けたら敵陣のまっただ中です。もしかすると侵入に気づいて、既に陣形が整っているかもしれません。顔を出した途端に戦闘、という可能性が十分考えられます」
アルトの言葉に各自無言で顎を引いた。
「……そろそろ到着です。皆さん、気を引き締めていきますよ」
「了解! 盾は任せろ!」
「ん。全力でハンナを奪還する」
「すべてはハンナ様の為に……」
「いいですか皆さん――」
アルトは全員を見回して、これからやろうとしていることは、さも何でもないことのように口を曲げた。
「みんなで、生きて帰りますよ!」




