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最期の準備

 魔石の販売依頼をして1週間が立った日、アルトが泊まる宿にエリクが駆け込んだ。


「売れました。アルトさん、売れましたよ!」


 まさか本当に売れるとは思ってもいなかったのだろう。

 エリクは感極まったようにアルトの手を取った。


「それは……よかったです」

「なんだか反応が薄いですね。いいですか? この地に商売金を持って訪れる魔石商なんてごく僅かです。セレネではほとんど魔石が採掘されませんから、寄付金以外のお金を持っては来ないんですよ。にもかかわらず、金貨20枚までなら買い取ってくれるという商人が現われたんです!」


 飛び出した金額に、アルトも僅かに息を飲む。


「ず、ずいぶんとお金持ちなんですね」


 魔石がない都市に商売用の金貨20枚を持ってセレネに訪れる魔石商など、よほどの阿呆か物好きのどちらかだ。


 セレネは魔石を輸入する側であって、買い付ける街ではないのだから、お金を持ち込む必要性がない。

 むしろ大金を持ち歩けば、それだけ野盗に襲われたときのリスクが高まるだけだ。


「そういえば、セレネ皇国に直接販売するという方法は試さなかったんですか?」

「あれだけの魔石の販売となると、さすがに出所を調べられますよ」

「ああ、そっか」


 金貨10枚(細々と生活するなら十年は暮らせるだけのお金だ)もする魔石の販売を、なにも調べず書類決裁してしまう国などあるはずがない。

 そもそも、この国ではギルドに販売される魔石はほぼないと言って良い。

 そのギルドから大量の、それも質の良い魔石を買い取ってくれなど言われたら、国でなくても出所を確かめるだろう。


 腹を探られて痛い思いをするのはアルトである。

 どうやらアルトは、エリクの配慮に助けられていたらしい。


「ありがとうございます」

「いえいえ。なんてことはありませんよ」


 早速証文を貨幣に代え、アルトは薬店で高級傷薬を1つ購入する。

 一気に10個ほど買いつけたかったが、いきなりぽんと金貨10枚を支払うのは少々不審である。


 まだ、ハンナを救い出すための時間はある。

 だからアルトは焦らず、じっくりと時間を掛けて準備を進めていく。


 1日に1度、高級傷薬を買い付ける。

 買いに行くのはアルトかクライン、マギカの3名のいずれかでローテーションを組んだ。

 残念ながらリオンは除外する。

 それは彼では目立つからではなく、【気配遮断】は出来ても、【気配察知】が不得意なためだ。


 追っ手が現われても【気配察知】があれば即座に尾行に気がつき、【気配遮断】で相手を煙に巻ける。

 それが出来るのは、リオンを除く3人しかいなかった。


 回復薬が10個溜まるまでに、クラインが不審な情報を掴んでくる。


「神殿の方の動きが活発になっています。教皇庁の情報規制は硬くていけませんね。それは教皇庁職員の信仰心故でしょう。わたくしではお手上げです」

「やはり僕が侵入したことで、神殿の警備を強化した?」

「確定できません。ただ国境付近の動きも活発なので、原因はむしろそちらかもしれませんね」

「国境?」

「はい。祭事がない時期にも拘わらず、巡礼の旅人が急増しているようです。先の戦争で生じた難民が、巡礼と称してセレネに流入しているのではないか、という話です。巡礼の資格を得るには、戦争から十分な期間が空いておりますので」

「なるほど」


 ミストル連邦のアドリアニとアヌトリア帝国が戦ったのはもうひと月以上前のことだ。

 そこからアルトらがアリバイを作り巡礼者としてここに訪れたように、住む場所を失った人達が、神の加護を求めて大量にセレネに流れ込んできた。

 その可能性は、十分考えられる。


「ただ、巡礼者の国籍はミストルやユステル、アヌトリアや日那などとばらけているようで、それが戦争の影響なのかどうかはかりかねているようです。一律に入国を禁止するわけにもいかないので、職員総出で対処しているとか」

「つまり……」


『神殿が手薄になっている可能性がある』


 アルトの視線に、クラインが無言で頷いた。




 10日間を費やし回復薬を10個揃えたアルトは、次の日の晩を作戦決行日として決定。


 これまでの10日間で、アルトは己が通ってきた道を図面に書き起こしている。

 さらにその身に起った出来事、大剣の善魔の情報をすべてマギカとリオンに打ち明けている。


 マギカも、8年近く前の失敗をぽつぽつと語り出した。

 彼女としては、失敗の経験を語ることは屈辱でしか無かっただろう、目に涙を貯めながら小刻みに震えていた。それでも、彼女は語ってくれた。


 内容はアルトとほぼ同じだ。彼女も大剣の善魔にコテンパンにやられ、その敏捷力にものを言わせて命からがら逃げ出したらしい。


 彼女がもたらした情報に、大剣の善魔を打破するヒントのようなものはなにもなかった。

 ただマギカもアルトも、どちらもまったく敵わなかった。

 その事実が、3人の腹の底に鉛を流し込む。


「兎に角当たって砕けろだ!」

「出来れば砕けないようにしたいですね……」

「ん。善魔を倒しても、次がある」

「じゃ、余力を残して戦えってか? 相手はオリアスやシトリーみたいな、なんか危ない宝具を持ってんだろ?」

「おそらく、そうでしょうね」

「師匠なら、2人をどう倒すんだ?」

「うーん……」


 相手がオリアスやシトリーであれば、アルトはどうやって倒すだろう?


 以前オリアスを倒してはいるが、あれは彼の意識が欠如した状態であったから倒せたようなもの。もし彼が万全の状態であれば、かなり苦しい戦いとなるだろう。

 動脈を切っても「せいっ!」と気合い一発、筋肉で傷を塞ぎそうだから困る。


「オリアスさんは……戦わずして勝つしかないでしょうね」

「へ?」

「攻撃を受ける前に相手の呼吸を止めるとか」

「さ、さすが師匠……やることがエゲつねぇ……」


「アルト、善魔は息してる?」


 マギカの質問に、アルトは首を横に振った。あれは神の人形だ。呼吸は一切していない。


 アルトは大剣の善魔に、一度も攻撃を仕掛けていない。にもかかわらず、はじめから善魔はアルトの装甲を貫くほどの攻撃力を持っていた。

 少なくともオリアスの宝具と、あの大剣の善魔の性質は別物だろう。


「オリアスさんはともかく、シトリーさんは弱い相手をぶつける方法が最善でしょうね」


 ユステル戦では、奇しくもルゥが命を張って結果をもたらした。


「弱い相手をぶつけてみる?」

「……この中に、弱い人って誰かいます?」

「ルゥ」

「却下です」


 あんな出来事は、二度とゴメンである。


「弱い相手ならば、わたくしがいますが」


 そう名乗り出たのはクラインである。

 彼はアルトたちの作戦会議にひっそりと参加していた。

 ただそこにいて話を聞くだけで、口を挟んだことは一度たりともない。


 その発言で、場の空気が一気に張り詰めた。

〝中途半端な覚悟〟で、彼が口を挟むとは誰も思わなかった。


「……本気ですか?」

「ええ。この中でわたくしだけが、まだレベル30台でございます。もしその相手が、弱い相手を攻撃出来ない宝具を持っていれば、わたくしの力が役に立つでしょう」

「…………死ぬかもしれませんよ?」

「この老骨。死ぬ覚悟はすでに出来ております。問題は、その死に場所」


 そう言われると、あっさり死なれそうで怖い。

 せめて彼には最後まで生にしがみついてもらわなくては。

 すべてが終わったとき、ハンナを支える人は1人でも多い方が良い。


「最悪の場合は、お願いします。ただ、せめて武具だけは僕が指定するものを装備していただきますね?」

「ええ。この老骨に似合うものがあれば」


 ほっほっほと彼は髭をなでつける。


 ……ほう?

 ずいぶん挑発的な言葉ではないか。

 よろしい。ならば、最高の武具を与えよう!


 ルゥにお願いして、収納していたドワーフ製の武具をあらかた取り出してもらう。

 ドラゴン素材を渡したときに、張り切ったドワーフたちがあらかたの素材を使って仕立てた最高級の武具が、ずらっと床に並べられる。


 その武具を見て、さしものクラインも目を剥いた。


「これは……」

「ドワーフ製のドラゴン武具です。まさか、これ以上の装備でないと似合わないとおっしゃいます?」

「…………」


 呆気にとられたらしく、言葉を失ってしまった。

 アルトはあまり気にしなかったが、どうやらドラゴン武具というのは公爵家の元執事でさえ黙らせるほどのものらしい。


 確かに前回のアルトは一度だって、これほどの武具を手にしたことはなかった。

 だが実際に素材を手に入れて自分で作ってみると、いままであったレア感が一気に消えてしまったのだ。


 それはおそらく底辺の自分如きが手に入れられたのだから、そこまでレアじゃないだろう、というアルトの若干卑屈な思いがあるためだろう。

 あるいは多くのコレクターがそうであるように、レアアイテムを手に入れた瞬間、それまでの熱情がことごとく消えてしまったのか。


 大切なのはレアかどうかではない。

 それが自分に合っているかどうか、だ。


 アルトはいくつか武具を見繕い、彼に剣と上下皮の鎧をプレゼントした。

 皮の鎧は若干クラインに合わなかったが、これは紐を弄るだけで簡単に調節が可能だった。さすがはドワーフ。かゆいところに手が届く。


 剣については、突き返されてしまった。


「これは扱えません」

「普段使っている武器はなんですか?」

「槍ですね」

「なるほど」


 ルゥにお願いして槍を吐き出してもらう。

 槍は穂先がドラゴンの牙製で、柄は赤く色づけされたミスリル製だった。

 ただ貫くためだけに研ぎ澄まされたフォルムは、まるで神話に出てくる神槍のようである。


「おお……かっけぇ!」


 長剣教徒のリオンですら、目を輝かせている。

 品質や耐久力は不明だが、芸術点は間違いなくパーフェクトである。


「……これはまた、素晴らしい一品です。しかしこれを扱うとなると些かわたくしの腕が気になりますな」

「武器は自分を守る防具でもあります。きっと、クラインさんの命はこの槍が守ってくれることでしょう」


 素晴らしい道具は、使い手を守ってくれる。

 手渡す槍に、思いを込める。


「何度も言いますが、僕らが見定めるまでは、決して手出しをしないでください」


 そう厳重に告げ、アルトはリオンとマギカに視線を向ける。


「少し、左の鉄拳と鎧を貸してもらっていいですか?」

「ん?」

「いいけど、なにすんのよ?」

「少しだけ調整しようと思いまして。ずっと考えていたんですが――」




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 鉄拳と鎧の調整が終わったころ、アルトの部屋に忍び込んでいた賊が声を上げた。


「終わったか?」

「…………いつからそこに居たんですか?」

「気にしたら負けだ」


 さも当然のように胸を張るリオン。

 長年の悪事――すり込みのせいか、たしかに気にしたら負けかもしれない、と思ってしまったから恐ろしい。


「どうしました?」

「ちょっと顔貸せよ」

「ええと……」

「ほら早く!」


 一体なんの目論見が?

 訪ねる前にリオンがアルトの腕を掴んで無理矢理引きずっていく。

 いくらレベルが100を突破したとはいえ、格Ⅰではリオンの腕力に逆らうことすらできない。


 まあ……悪いようにはされないだろう。

 そう信じて、あたかも引きこもりが部屋から追い出されるように、アルトは夜も更けた街の中へと引きずられていった。


 リオンに無理矢理連れてこられたのは、平民のアルトでさえ泊まるのが憚られるような安宿だった。

 木造の建物は震度1でも倒壊しそうなほど傾き、所々蜘蛛の巣が張っていている。

 床のそこかしこが腐っていて、踏むたびに幼子の悲鳴のような音を鳴らす。


 その一角。

 とある部屋の前で立ち止まったリオンが、さも当然のようにノブを回した。

 いったいここになにが?

 眉根を寄せるアルトはその奥が見えた瞬間、言葉を失った。


「ア、アルトッ!?」

「どうしてここに……!!」


 そこには、ジャックとフィアン――アルトの両親がいた。

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