救いの神は現在留守にしております
ベッドに入って2日目にはもう、アルトは自力でどこへでも行けるまでに回復した。
ただ若干筋や骨がまだ完全に繋がっていないらしく、無理な動きは出来ない。
「…………」
「…………」
「…………あのぅ」
出来ればもう1日ほどベッドで休むのが良いのだろうが、いままでじっと息を潜めるように生活した経験のないアルトは、動けるようになったら当たり前のように動き回ろうとした。
薬を補充しに外へ出たところをマギカとリオンに目ざとく見つけられ、現在に至る。
かなり、気まずい。
いつもは黙れと言ってもしゃべり続けるリオンが黙っているのが一番痛い。
「薬を補充する前に冒険者ギルドに寄ろうと思います」
「「…………」」
勝手に宿を抜け出して、勝手に九死に一生を得た。
そのことに、まだ2人はご立腹らしい。
マギカの耳と尻尾は怒ってるもんね!とツンツンし、リオンはむっつり顔で黙りこくっている。
うう、空気が痛い。
セレネ皇国の冒険者ギルドは、おそらくコンパイほどしかないだろう。
その理由はなんといってもセレネに住まうフォルセルス信者の数である。
ここに住んでいる住民の9割は信者だ。
フォルセルス教において正しい仕事は正社員であり、ギルドの仕事はその正反対に位置しているため、やや背徳的に感じられるのだろう。
他と比べて依頼が極端に少なく、そのため冒険者も集まらない。
故にセレネ皇国の冒険者ギルドはエアルガルドにある首都の中で最も狭く、仕事のない場所なのだ。
ギルドの支部をここに設立した真意は不明だが、おそらくこの場所にギルドがあることで、何らかのメリットがあるのだろう。
まさか、フォルセルス教徒のギルド職員が聖地で働きたいがために作ったわけではない、と思いたい。
コンパイよろしくギルドの中では大量の閑古鳥がクワックワッと泣き叫んでいる。
建物は小さく、カウンターが1つあるのみ。
そこで査定やら販売やら、すべての業務をこなすのだろう。
すべてをこなしたところで、忙しい思いをすることはないだろう。
そんなに人は来ない。
「いらっしゃいま――ん?」
「あ!」
そのカウンターに、見覚えのある男性が佇んでいた。
フィンリスの冒険者ギルドに所属していた査定室室長エリクだ。
青年期が終わったのだろう中年期なかごろにさしかかった彼らは、以前ではなかった渋みが感じられる。
ただ、少々脂が抜けすぎている感が否めない。
「もしかして、アルトさんですか?」
「はい。お久しぶりですエリクさん」
「いやはや、私のことを覚えていてくださいましたか!」
「ちょっとオレもいるぜ!」
アルトの横でリオンがふんぞり返る。
「……リオンさんはお変わりありませんね」
「だろ? 元気だけが取り柄だからな!」
リオンさんや。それは皮肉ですぞ。
彼はどうも、括弧付で(頭が)と言われているのだと気づいてないようだ。
それはさておき、
「何故エリクさんがここに?」
「所謂、左遷ですね」
「……もしかして、あれがバレました?」
「ご明察。ギルドは個人情報の管理が徹底されてますから」エリクがアルトに顔を寄せ、小声になる。「アルトさんが指名手配されてから、すぐにギルドの個人情報が参照されたんです」
「それは……すみません。ボクなんかのせいで」
「いえいえ」
エリクは屈託なく笑う。
本当に気にしてない、というふうに。
そこからは負の感情がさっぱり感じられない。
「おかげ様でこうして楽な仕事にありつけております。それに自慢なんですよ」
「自慢?」
「ええ。誰にも言えない、自分だけの秘密ですけれど。冒険者ギルドに務めていて、一番嬉しい瞬間はなんだと思われますか?」
「やっぱり勇者に会ったとき――ぐあぁぁぁ!!」
暴走するリオンをマギカの拳が食い止めた。
久しぶりの暴走を目にしたエリクが、目元に笑みを浮かべて口を開いた。
「リオンさんの言う通りです。勇者……とまでは行かないかも知れませんが、優秀な冒険者を、一番に見いだすことこそ冒険者ギルドに務めている者の誉れなのです」
「けどボクは優秀では――」
「いいえ。それは関係ないのですよ。貴方は平民。しかも格がⅠではありませんか! にもかかわらず、ユステルであのような事件を起こした。格Ⅰの平民がガミジン様を下すなど、一体誰が考えるでしょう? 私ですら未だに信じられないくらいです。失礼な言い方ですが、そのような力を発掘することこそ、ギルド職員にとって最も誉れ高いことなのです」
「な、なるほど」
自分がそのように見られていたなど、ある種事件である。
エアルガルドに来て、一度たりとも評価されたことがないのだ。
一体どう反応して良いものか困ってしまう。
「その……あのときは本当に、どうもありがとうございました」
「いえいえ」
「実は、あのあとブレスレットが壊れてしまいまして。せっかくエリクさんに頂いたギルドランクが、初期化されてしまいまして……」
「ああ、そんなことですか。そんなに気にしないでください。あれは私が勝手にしたことですので」
……よかった。
ブレスレットを再装着して以来、それがずっとアルトの胸に閊えていた。
エリクに赦されたことで、憑きものが一つ落ちた気がした。
「なあちょっとオレは? ねえ、オレのことは!?」
アルトに嫉妬したのだろう。リオンがグギギと奥歯を鳴らしながらエリクに詰め寄る。
「勇者……ですか。そういえば、はい、噂は聞いておりますよ! たしかケツァム中立国で大活躍されておりましたね」
「うん。……うん?」
「リオンさん、救国の英雄とまで呼ばれているじゃないですか!」
「それシトリーのことだってばよ……」
まるでマギカの全力パンチを食らったみたいに、リオンは床に両手を突いた。
なんだか少しだけ、哀れだ。
「きっと今頃シトリーの奴、嘲笑してるに違いない。リオンのことだと思った? ざーんねーん! アタシでしたーって!! ぐぎぎぎぎ」
「シトリーさんは絶対にそんなこと言わないと思うけど……」
きっと彼女ならば、いやいやそれはわたくしだけの実力ではありませんわ!とかなんとか困った顔をして狼狽するに決まっている。
実際彼女は、アルトが次々とひっさげてなすりつけた名声を嫌がっていた。
「心配されなくてもお三方の話は、この聖都にまで響いておりますよ? たしか、変態と2人の仲間達――」
「あ、それオレじゃないな」
「ん。アルトだけ」
まるで湯船の底が抜けたように2人がすぅっと引いていく。
「それはボクでもありませんねぇ」
「嘘」
「ダウト!」
「何故!?」
「私は変態のアルトと伺っておりましたが、違うんですか?」
「ぐはっ!!」
2人に突き放され、さらにエリクにトドメを刺されてアルトは天を仰いだ。
ぽんぽんと、触手で手を叩いたルゥはしかし、ゆったりと首を横へ振った。
『諦めましょう』
トドメを受けたのに、さらにルゥの死体蹴りが炸裂。
アルトの目に光るものが沸き上がる。
どうやら神は、ここ聖都にさえいないらしい。




