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勇者の光

「いあぁぁぁぁぁぁ!!」


 遠くで悲痛な叫び声が響き渡る。

 リオンは血相を変え、盾を構えながら階段を駆け上った。


「な――」


 月の光が降り注ぐ邸宅の庭に、おびただしい赤と物言わぬ肉。


「折角綺麗にしたばかりなのに、汚れてしまいましたねぇ」


 彼らの遺体の中心に、人好きしそうな笑みを浮かべた壮年の男性が佇んでいる。

 第一印象は善人。第二印象も、善人。

 きっと彼は、実に徳の高い人なのだろう。彼の表情が、無条件にそう思わせる。


 だが、彼の手にあるナイフとその光景が、二つの印象を蹴散らした。

 血にまみれたナイフを手にしながら、まるでなんでもないような笑みを浮かべている。


 間違いない。

 彼は、異常だ。


「ああ、あなたが賊ですか。初めまして。教皇庁暗部室室長のガープです。それではさようなら」


 目の前から男が消えた。

 消えたと思った。


 だが彼は実際には、リオンにゆったりとした足取りで近づいてきている。

 目で捉えられているのに、認識出来ない。


 完成された隠密に、気配察知能力の低いリオンは完全に彼の姿を見失ってしまった。


「ぐ――!」

「……ん?」


 気付いた時には、胸にナイフがぶつかっていた。

 だがその攻撃は防具により弾かれる。


「ずいぶん硬い鎧ですねぇ」


 ガープは不快そうに眉根を寄せる。


「ドワーフ製? 隙間も完璧。ナイフが刺さる余地はないですねぇ。けど――」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 目の奥に焼ける痛みを感じ、リオンは地面を転がった。

 右目から暖かい液体が大量にあふれ出る。


 そんなっ!

 目が刺された!?

 大切な部位が攻撃されたというのに、刺されるまでそれに気づけなかった。


 大けがをしても、ヴァンパイア特性のあるリオンはたちどころに傷を癒してしまう。

 だが体から失われた組織を復活させるのは、そんな体質をもってしても容易ではない。


 ナイフを突き刺されたとき、眼圧で水晶体や瞳孔、硝子体が噴出してしまった。

 しばらく右目は見えないだろう。


 痛みを堪え立ち上がるリオンの右腕、肘の先から重みが消えた。

 反射的に左手を伸ばす。

 掴んだそれを、リオンは傷口につなぎ合わせた。


 遅れて、焼けるような激しい痛み。

 構わずバックステップ。

 背中に邸宅の壁が触れる。


 彼が右腕の喪失を防げたのはおそらく、これまで散々魔物に餌にされかけた経験があったからだ。

 なくなると再生に時間がかかるため、せめて無くならないように攻撃を受ける特技が、いつの間にか生まれていたのだ。


 決して公言出来るものではないが。

 ある意味、凄い特技には違いない。


「……あなたは、化け物ですか?」

「お前が、だろ?」


 リオンが装備しているのは改良型フルプレートであり、肘や膝などは被覆が少ない。

 その部分が守られていなくとも、急所では無いので大事には至らない。

 おまけにリオンは体力馬鹿である。

 その高すぎる防御力は、簡単には突破できない。


 にも拘わらず、たった1撃で人体を切り落とすなど、リオンからすればあちらが化け物である。


「もう治癒してる? ……まさかあなた、ヴァンパイアですか?」

「オレは勇者だ」


 治った右手で長剣を翳し、どこにいるとわからないガープに敵意を向ける。


 こういうとき、どうすれば良いかわからない。

 リオンはいままで見える敵としか戦ってこなかった。

 見えない敵との戦い方が判らない。


 ぱっと思い浮かぶのは、範囲攻撃だ。

 だがそれは、リオンにはない。

 デインが使えなければ、ストラッシュも使えない。


「まさかヴァンパイアを斬れる日が来るとは……。最高の気分ですよ!」

「っく……」


 再び腕を切られ、なんとかつなぎ合わせ、その間に膝を落とされ接続して首筋を浅く切られた。

 攻撃されてすぐに反撃するも、剣は宙を斬る。


「それで攻撃しているつもりですか? うふふ……。一体貴方はどんな声で鳴くんでしょうかねぇ。ああ、早く頭を潰したい……あっ、頭を潰したら死ぬんですか? 試してみたいですねぇ」


 どうしようもない。

 対応できない。


 チートでごり押しするだけでは、技を極めた相手には敵わない。

 それをまざまざと見せつけられ、思い知らされる。


「はぁ。オレ、ほんと、弱ぇんだな……」


 ボロボロになってもまだ、体力だけは満タンだ。

 怪我の痛みだってすぐに消える。


 だが心に残った痛みだけは、消えて無くならない。


「ほんと、情けない」


 オレは、いままでなにをやってきたんだ?

 ここまでなにをやってきた?


 レベル99になったのに、勇者として最強のレベルに上り詰めたのに。


 誰も救えない。

 自分の身も守れない。

 悪も滅ぼせない。


 オレは何一つ、出来やしない……!


「そろそろお開きにしましょう。庭も片付けなければいけませんしね」

「気をつけろよ。勇者は最後に勝利()つんだからよ」


 リオンが気丈にニヤリ笑った、その時だった。


 叫ぶと同時に手元からなにかが飛んだ。

 闇夜に金属音が響き渡る。


 見ると、手元から透明の管が伸びている。

 これはルゥの……。


 アルトと常に行動していたルゥは、彼の姿を真似て地道に熟練を伸ばしてきていた。

 だから、隠密にも対応できる。


 パーティの中で圧倒的に弱いはずのルゥでさえ、武器を持っている。

 リオンにだって、あるはずなのだ。

 誰にも負けない、唯一の武器が……。


 頭を働かせろリオン!

 いままでずっと眠ってきた頭よ。

 今日くらいは、ビシッと仕事しろ!!


 考えて、考えて……そして、思い出した。

 リオンの、唯一の武器を。


「最後に教えてやるぜ、ガープ」

「ふむ?」


 己のナイフを弾いたものがなんなのか。まだ正体に気付いていないのだろう。

 警戒感をあらわにしつつ、余裕を装った彼は目を僅かに細めた。


「オレの名前は、リオン・フォン・ドラゴンナイト・ブレイブ! 人呼んで、真の勇者! 怖れ慄け悪の化身! 勇者の光からは、悪は決して逃れられないんだからなァ!!」


 口上を口にして、リオンは天高く剣を突き上げた。


 剣は月明かりを受けて、みるみる光を増幅していく。

 その光がある一定のラインを超えたところで、突如爆発的に輝いた。


「輝け!【勇者の(フォトン・ブレイブ)】!!」


 叫んだ瞬間、

 リオンは青ざめた。


 しまった!

【ブライト・ブレイブ】って言うんだった!

【フォトン・レイ】の方が格好いいかな?

【ブレイブ・ブリオンント】も棄てがたい!


 体が焼けるなか、リオンは「ムハァ!」と技名で脳を滾らせた。


「がぁぁぁぁぁぁ!!」


 光に包まれたガープは悲鳴を上げている。

 リオンを中心にして放たれた光が、〝あらゆるもの〟を焼焦がす。


〝あらゆるもの〟――リオンの肉体すらも光の焦熱に焦がされている。

【勇者の光】とはすなわち、自分すらも巻き込んだ自爆技である。


【光魔術】は勇者にしか使えない。

 だがこの【勇者の光】はリオンのオリジナル技だが、勇者にさえ使えない。

 ――自爆を回避する方法がないからである。


 つまり【勇者の光】とは、ヴァンパイアであり勇者でもある、エアルガルドにおいて唯一、リオンにしか使えない技だった。


「目が、目がぁぁぁ!!」

「はっ!?」


 まさかここで大佐の台詞が聞けるとは!!


【気配遮断】に意識をまわす余裕が無くなったからだろう。ガープの姿がリオンにもはっきり目視出来るようになった。


「アア、ア゛ア゛ア゛ア゛!! イダイ! ジヌゥ!! イヤダ、タズケデ!ジニタグナイィィ!!」

「……しかしこれは」


 少し、悲惨だ。

 皮膚は真っ赤に焼けただれ、水疱が随所に浮かび上がり、召し物が炭化してしまっている。

 火傷の具合は3から4といったところか。

 全身に及んでいるので、酷い激痛に違いない。


 高級な回復薬を与えれば、助かる可能性は十分ある。

 だが、残念ながら彼を救おうとはリオンには思えない。


 これは、あくまで偽善だ。

 勇者の偽善。


「タス……タスケ……タ、タ、タ」

「断るッ!」


 ガープが伸ばした手を、リオンは払い落とす。


「残念が、アンタを助けるほど、オレは師匠みたいにお人好しじゃねえ。せめて、人に与えた苦しみの、ほんの一部でも味わえクソ野郎」


 他人を拷問する人は、何故か自分が傷むことを殊更嫌がる。

 それは何故か?

 今まで痛めつけられる側だったリオンには、さっぱりわからない。


 きっとこれからも、リオンは痛めつける側に回ることはないだろう。

 そのせいで、いつまでも勇者らしい攻撃が出来ないのだとしても……。


「しっかし――」


 己の火傷が完治したリオンは、手元を見下ろして難しい顔をした。

 リオンでさえ火傷を負うほどの【光魔術】を受けたというのに、ドラゴンの皮で作られた鞄(ルゥの住処)は一切ダメージを受けていない。


 アルトはいったい、どれほどこの鞄に防護の【刻印】を施したのだろう?

 彼のルゥへの愛が、堅すぎる……。

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