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運命の悪戯

 こちらの気配が感知されてる以上、相手の能力の外に出ない限り簡単に見つけられてしまう。


 アルトは全力で逃亡。

 曲がり角で危うく壁に衝突しそうになるが、慌てず【ハック】で軌道修正。


  「く、空中で方向を変えた、だとッ!?」

  「間違いない。奴は変態だ!」

  「変態怖えぇぇぇぇ!!」


 あれ? なんか怯えが違う方に向いてる気がするぞ?


 意図とは別の怯え方をする職員に疑問を抱きつつ、アルトは必死に逃げ惑う。

 職員が大声を出したせいで、他の職員もアルトの侵入に気付いたらしい。


 各方面から「変態はどこだ!」とか「おのれ変態め!」など声が聞こえ、アルトはさらに涙目になっていく。


 何故そこまで変態扱いされねばならないのか?

 自分は普通に生きてるだけなのに!


 アルトは必死に逃げた。

 職員の追跡と、変態の呼称から。

 だが職員も呼称も、アルトをどこまでも追いかけてくる。


 通路をまっすぐ滑り、

 後ろから魔術の気配があれば、壁に天井にヌルヌル足場を移動して、

 誰もいない部屋を見つけては、押し入り窓から飛び出して、

 壁伝いに滑って移動しては、別の窓から侵入する。


 そうして縦横無尽に逃避を続けていると、職員の気配が一際薄い場所を見つけた。


 このまま逃げ続けても、地利のないアルトはいずれ袋小路に追い込まれてしまう。

 少し考える時間が欲しかったアルトは、一も二もなくその部屋に飛び込んだ。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 神殿に“危険因子”の気配が侵入したことを、フォルセルスは当然のように察知していた。


 人間が己の為に建設した神殿に、“危険因子”が侵入するとは不届き千万。


 フォルセルスは御業を用いてチャンネルを起動。

 教皇とパイプを繋いだ。


「久しいな、アシュトレイト」

「は! お久しぶりでございます。フォルセルス様」

「最近いろいろあった。そのせいでお前も辛かろう」

「……ありがたきお言葉」


 僅かな間があったが、気にせずフォルセルスは口を開く。


「教皇アシュトレイトに勅命だ」

「ははぁ!」

「“危険因子”が部屋に来る。その時気配に惑わされず、“危険因子”の言葉を無視し、魂を刈り取れ」

「…………は」


 やや弱い返答に、フォルセルスは胸に不安がこみ上げる。

 最近どうもこの手の斬り返しが多い気がする。

 相手はもう80を超えている。

 耄碌して、脳の処理が追いつかないのかもしれない。


「おほん……」


 フォルセルスはもう一度、言葉の粒を意識しながら口を開いた。


「“危険因子”が部屋に来る。その時気配に惑わされず、“危険因子”の言葉を無視し、魂を刈り取れ」

「…………ありがたきお言葉!」


 いやいや。

“危険因子”を殺せ!って言葉のどこがありがたいんだ。

 大丈夫だろうか、この爺さん。


 もう替え時か?

 そうは思うが、聖人の――フォルセルスに適合する体はまだ見つかっていない。


 そろそろ本腰を入れて新しい教皇を見つけるべきだろう。

 でなければ、このやりとり。ストレスで胃が爛れそうだ。




 頭上より飛来したフォルセルスの声に、アシュトレイトは体中が歓喜した。


 いつも突然の事ながら、魂が震え、どうしようも無く感興してしまう。


 しかし、老いのせいか、お告げの声が少し遠い。


 はっきり届くこともあるのだが、ほとんどが途切れ途切れになってしまっている。

 特に、勅命の部分はまったく聞き取れなかった。


『危険因子…………………………のけ………………………………………………をむし………………れ』


 最悪である。

 勅命だというのに、なにをしたら良いのかさっぱりわからない。


 どうしよう……。


 頭の中で神フォルセルスの言葉を補完しようと試みるが、『危険因子』以外まるで判らない。言葉が途切れ過ぎていて推測の難易度が高い。

 それでもアシュレイは必死に言葉を繰り返す。


「危険因子……のけ……をむし……れ。危険因子……のけ……をむし……れ」


 口にしていると、だんだんと別の言葉が思い浮かんできて、それがついに頭から離れなくなってしまった。


『危険因子の毛を毟れ』


 危険因子という人物の毛を毟れなど、フォルセルス様がそんな勅命を出すだろうか!?


 当然、フォルセルスがそのような指示を出すはずがない。

 違うことは明白だ。


 だがアシュレイは、その衝撃的な言葉のパワーに引きずられて、他のものがごっそり抜け落ちた。

 考えようとすればするほど、『危険因子の毛を毟れ』がより強固に頭の中にすり込まれていく。


 彼はもう、『危険因子の毛を毟れ』が頭から離れなくなってしまった。


 ……どうしよう。

 そわそわと部屋の中を歩き回っていると、神殿の騒がしさに気がついた。

 どうも私堂のあたりが騒ぎの中心であるようだ。


 無意識にホットワードを発動したアシュレイは――。


「は?」


 その言葉に目を丸くした。


『変態』


 教皇庁指定危険因子No7。変態のアルト。

 彼がこの場に侵入したというのか?


 ……しかし、何故?


 過去、危険因子が神殿に忍び込んだことは千数百年の歴史でたったの1度しかない。

 それも、なにをするわけでもなく忍び込んだだけ。

 教皇の命を奪うわけではなく、神代戦争時の貴重な遺産に触れるわけでもない。


 教皇の命を奪ってもすぐに次が現われる。命を欠けて教皇を殺しても見返りは薄い。

 戦争時の遺産も、人間にとって歴史資料的価値があるだけで、それを用いてなにか良からぬことが出来るわけでもない。


 つまりこのフォルセルス神殿には、危険因子がわざわざ忍び込んでまで手に入れたいと思うようなものはなに一つない。


 では、かの変態アルトは何故ここに侵入してきたのだろうか?

 そも、本当に侵入したのは、変態なのだろうか?


 考えていると突如、扉が開かれた。

 そこから黒いマントに身を包んだ、平凡顔の少年が入り込み、後ろ手で扉を閉めてふぅっと息を深く吐き出した。


「…………」

「…………あ」


 アシュレイが見つめていることに、やっと彼は気がついたのだろう。

 やってしまった、という顔をして固まった。


 その時、扉の向こうから警備のものと思しき声が響いた。


「夜分遅くに失礼します! アシュトレイト猊下。ただいま神殿内に賊が侵入致しました。侵入したのは変態。猊下に護衛をおつけしたいのですが」


 警備の声を聞きながら、アシュレイはその少年の顔をじっと眺める。


『変態』という部分だけ、彼は取り乱したように首を横に振った。

 自分は変態とは別人だと言いたいのか、それとも変態ではないと言っているのか。


『変態』と呼ばれた瞬間、彼の目が僅かに歓喜したようにアシュレイには見えたが……。


 さて、どうしたものか……?


「猊下。室内に護衛を置いてもよろしいでしょうか?」

「いいえ。必要ありません」


 アシュレイが断ると、少年が目を丸くした。

 彼はアシュレイが護衛を受け入れると思っていたに違いない。

 そうなったら、彼はどうするつもりだったのだろう?


「し、しかし――」

「現在私は神へと、日々の感謝の言葉を伝えている途中。1日の中で最も重要な祈りを邪魔されて、私も神もどう感じているか。貴方にはわかりますか?」

「ももっ、申し訳ありません!」

「私は、いつでも悦んで命を差し出しましょう。私が死んでも世界は変わりません。新しい教皇が、神により選ばれるだけ。この意味が、わかりますね?」


 アシュレイは警備兵に言葉を伝えつつ、目でアルトに訴えかける。

 自分を殺しても、意味はない。だから命乞いをするつもりはないぞ、と。


「夜分遅くに、大変失礼いたしました」


 さすがの警備兵も、教皇アシュレイの言葉には逆らえない。

 彼は任務でここに訪れたのであって、なにも迷惑を掛けに来たわけではない。そう思うと申し訳ないが、この場に彼は不要である。


 警備兵が引き下がった気配を感じたのか、少年は体を丸めるように息を吐きながらアシュレイに歩みよってきた。


 まずは、脅しか?

 身構えたアシュレイを前に、少年が複雑そうな顔をして口を開いた。


「ボクが言うのもなんですけど……命は大切にしてくださいね?」

「…………っ!?」


 まさかそんな言葉を口にするとはつゆほども思ってみなかった。

 アシュレイは度肝を抜かれ、しかしそれをなんとか必死に面皮の下に隠し通す。


「……ご忠告痛み入りますな。さっ、どうぞおかけください」

「え? いえボクは――」

「ここにはあらゆる人が、懺悔に訪れます。貴方もその1人なのでしょう? でしたら気にする必要はありません」


 少年を椅子に促し、アシュレイは部屋に備え付けられている魔力湯沸かし器を起動。湯が沸くまでの間、彼は思いに耽る


 アルトがその気になれば即座にアシュレイの命を奪えるだろう。アシュレイは戦闘力のない老いぼれであり、相手は若人。たとえ変態でなくとも彼には十分アシュレイをくびり殺すだけの腕力がある。

 普通ならば僅かでも危機意識は芽生える。


 にも拘わらず、アシュレイは窮地に立たされているという感覚がない。変態で危険因子で不審者の彼に、無防備にも背中を向けているのにだ。

 逆に、アシュレイの心は孫を迎え入れたかのように落ち着いていた。


(何故彼と対面していると、こうも心穏やかなままでいられるのだろう?)


 ついこのあいだ懺悔に来た男二人とはずいぶん違う。


(この違いはなんなのだろう?)


 答えが出ぬうちに、熱に晒した水が沸騰を始めた。

 アシュレイは急須に茶葉を入れて、沸いたお湯をゆっくりと注ぎ込む。


 少年は椅子に座って、それとなくこちらを伺っている。

 そわそわしているのは、この場が落ち着かないからか。


 そんな彼の様子を眺めながら、アシュレイは湯飲みをテーブルに置いて彼の向かいの椅子に座った。

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