ジャックとフィアン
「師匠、その2人、マジで両親なのか?」
「え、ええ。ボクを産み、育ててくれた実の両親……だと思います」
前世では、自分を逃がすために命を失った。
だからその後の両親の顔を、アルトは知らない。
だが、間違いない。
この二人は前世では約十年前に絶命し、そして今世では無事に生き延びた、アルトの両親だった。
「申し遅れた。俺はジャック。こっちは妻のフィアン。あなたたちは、アルトの友達、かな?」
「いや、そんなちゃちなもんじゃねぇ」
「えっ?」
「オレと師匠は、運命を共にすると書いて戦友だ!」
「なに訳わかんないこと言ってんですか」
当て字にすらなってないではないか。
ほら見ろ、両親も意味不明と言わんばかりに目をしばたたかせている。
それでも年の功。
すぐに表情を柔和なものに取り繕った。
「そうでしたか。これまで息子のアルトと付き合ってくれて、どうもありがとう」
「ありがとうございました」
「あ、えと……こちらこそ、どうも。いつも師匠をお世話してます」
「……ボク、モブ男さんにお世話されましたっけ?」
世話した記憶しかないのだが……。
頭を抑えるアルトの腕が強く引かれた。
後ろによろめき、三歩下がる。
「それで師匠の両親に質問なんだが、その野菜はなんだ?」
リオンが指をさして指摘したのは、アルトの母親が抱えた野菜――カブである。
「カブです」
「だろうな。美味そうだ」
「ありがとうございます」
さすが草食系勇者、野菜には目がない。
よほど気になるのか、目を輝かせている。
「良かったら、お店を見ていきますか? 季節の野菜は大体揃ってますよ」
「おお、マジか! そんじゃちょっくら食糧補充してくらァ!」
いつになく素早い足取りで、青果店に向かう。
「あれ、父さんと母さんの店だったのか……」
まったく想像もしなかった、衝撃の事実。
しかし、アルトの両親は決して特別なコネを持つ生まれではない。
にも拘わらず、このような一等地に店を構えられているということは……。
「こちらはどうですか? 勇者にぴったりなホーリーカブなんですが」
「勇者にぴったり!? ――って、うおっ、たっけぇ! 野菜がなんでこんなすんだよ!?」
「……だと思った」
法外な値段で野菜を販売しているに決まっている。
逃げるように戻ってきたリオンが、アルトの前で肩を落とす。
「まさか、アヌトリアの十倍もするとは思わなかったぜ」
「はっはっは。たしかに他の国から来た巡礼者は驚くだろうね」
父ジャックが快活に笑う。
「でも、セレネは土地が痩せていて、とても野菜が育つ環境にはないんだよ。だから、私たちが作っている野菜はとても貴重なんだ」
その通りだ、とアルトは無言で頷いた。
セレネはかなり貧しい土地柄だ。近隣国家の支援がなければ、満足な食にありつけないほどである。
そんな土地で育つ野菜は、たしかに貴重である。
おまけに輸送にも時間がかかっていないため、鮮度も良い。
必然、値段が高くなるというわけだ。
「この野菜、神聖野菜って売り出すと、面白いように売れてね」
ジャックがアルトの耳元でそう囁き、邪悪な笑みをこぼした。
「フォルセルス神のお膝元でよくもまあ……」
「ダメならすぐに教会に潰されてるさ」
「それはそうかもしれないけど」
「大変よあなた、もうこんな時間。礼拝に向かわないと!」
「おっと、そうだな。礼拝に向かうとしよう。アルトはどうする?」
「いえ。ボクはしばらく街を見物します」
「そうか。あとできちんとフォルセルス様に祈るんだぞ?」
「……うん」
そう言って、二人は教会の方へと足早に歩き去った。
その背中が見えなくなってから、リオンが眉根を寄せた。
「師匠。悪いと思うんだが――」
「野菜は買いませんよ?」
「いやさすがのオレでも、あの値段の野菜は強請れねぇよ……じゃなくて、両親のことだよ」
「……」
「師匠も、もう気づいてんだろ」
アルトは、口を硬く閉ざしたまま道の先をまっすぐ見つめる。
本当に久しぶりに両親に会った。
その姿を見るまで、アルトは彼らのことをすっかり忘れていた。
だが実際に出会ってみると、元気で生きていてくれて本当に嬉しかったし、ほっとした。
今世で自分がやったことは、無駄じゃなかったと、安心した。
だが……。
「あの2人、なんでオレのこと、勇者だって知ってたんだと思う?」
得体の知れない不安が、新たにアルトの胸を締め付けるのだった。




