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バルバトスの遅すぎる決断

 兵士達が船に戻り、国王陛下のお叱りを受けているころ、リオンは港の外で四つん這いになりながら息をついていた。


「酷い……あんまりだ!!」


 彼が落ち込んでいるのは他でもない。マギカのせいである。

 マギカがリオンの作戦を実行しなかったせいで、多くの兵士の槍にツンツンされた。


 あまりダメージは通らなかったが、あれほど恐怖したのはおそらく、フィンリスの下層でアルトが失敗したとき以来だろう。

 本当に、死ぬかと思った。


「おかげで船に乗り込めた」

「アンタ。オレを囮にしてなにおいしいところかっ攫ってんだよ」


 リオンだって船に乗り込んで王をふん縛ってやりたかった。

 そして名乗りを上げるのだ。

 国王を返して欲しければ、いますぐ降参しなさい!


 人質作戦を行う勇者とは如何に?

 そのような疑問は、当然リオンの頭に浮かばない。


 彼の頭は常に、自分が勇者として輝くストーリーしか展開されないのである。

 だからこそ、囮にしかならなかった現実に落ち込んでいる。


「もう少し、勇者らしく扱ってほしいんだけど」

「なら、まともになるべき」

「オレ、まともでしょ?」

「…………」

「おいなんか言えよ」


 無言のマギカがすっと視線をそらせた。


 この女はまったく……。

 強く出たいが、相手の方が圧倒的に強いので、出られない。

 マギカ怖い。


「で、マギカの脅し通り、国王はこのまま引き返すのか?」

「無理。準備して攻めてくる気マンマン」

「は? ならどうして引き下がったんだよ」

「役割は足止め。それ以上は蛇足」


 マギカの言葉が理解できず、リオンは首を捻る。

 捕縛出来るならしてしまえば良いのに……。

 そう思うが、思いつきで実行してもなにに足を取られるか判らない。


 まかり成りにもバルバトスはユステルの王だ。

 ユステルはフォルセルスを信仰し、また王はフォルセルスが直接選定している。

 いわばフォルセルスの使徒に似ている。


 神の定めを大きく超えようとしても、必ず神が御業により修正を行うだろう。

 それが秩序を乱そうとする行為ならば、なおさらフォルセルスは積極的に介入してくるはずである。


 たとえば今回マギカは、リオンを囮にすることで兵士達の視線を釘づけにし、一気にバルバトスに近づくことができた。

 ただそれは、マギカに殺意がなかったから。


 もし殺意があれば、神の御業により兵士の誰かに接触を邪魔されただろう。

 それを力尽くで乗り越えようとしても、今度は想像を超えた事件や事故が起こるかもしれない。

 それこそ、天から善魔が降りて来ても、マギカは不思議に思わない。


 寝る子を起こすような真似をしては、折角与えられた任務もこなせなくなる。

 故にマギカは予定していた以上の行動は起こさなかった。


 マギカはバルバトスからやや見下したような態度を感じていたが、あえて見て見ぬ振りをした。

 そもそも自分は獣人であり、獣人は人間から見て知能指数が低い傾向にあるのは事実である。(その劣性を解消しようと、マギカは学習に躍起になった時期がある)


 獣人が人間を上回っているのは、肉体性能のみ。

 いちいち罵倒に反応していては、神代戦争のときのように滅亡寸前まで追い詰められかねない。


 マギカが我慢したおかげで、こちらが欺されていると欺された国王は今頃、状況の打破に躍起になっているに違いない。

 おかげでマギカの仕事は滞りなく終わらせられた。


 それに納得しないリオンは、難しい顔をしながら腕を組む。


「でもさ、ほら、シュルトのときは馬鹿国王を捕まえられただろ? だからあのときみたいにやれば、一気に解決出来たんじゃないのか?」

「……たぶん、あれは邪神の意志」


 国王を捕縛するなど、よほど強い運命を持たない限り不可能だ。

 アルトでもマギカでも、運命に抗うことは難しい。


 ボティウスの中から悪魔の因子が発露し、姿を変えて襲いかかったことから、おそらく邪神がそう仕向けたのだと推測できる。

 悪魔となったボティウスが内部で暴れることで、戦場を混沌とさせたかったのだろう。

 そこからはなにも考えがなかったのか、ボティウスはアルトにあっさり討滅されてしまったが……。


 もし分隊長を殺せていれば、シュルト方面隊は空中分解していたかもしれない。

 そうなれば、アドリアニに残った11万の兵がどう出ていたか……。

 考えるだけでも寒気がする。


「うわぁ。邪神もえげつないことやるなあ」

「ん。だから私たちは慎重に行動すべき」


 邪神がやろうとしていたことの非道さが、リオンにも理解出来たのだろう。顔が引きつってしまっている。


 遠くから音が聞こえ、マギカの耳がヒクヒクと動く。

 その音は、ずっと共に歩んできた盟友のもの。


 少し不安だったが、ちゃんと生き延びたようでなによりだ。


 さて……。

 まずは何故ああもユステルの船が損壊していたのか。

 彼がここに戻って来たら、まずその件について尋問しよう。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 ユステル水軍が態勢を整えるには、かなりの時間が必要だった。


 まず破損した船底を修復し、その間に失われた兵を確かめ、その損失を人事異動で補填する。

 ドラゴン戦で海に落とされた者や、赤髪の男を追いかけて燃やされた者の中に、分隊長が混じっていたのはかなりの痛手だった。


 一度港に降りた兵を再び船に戻し、修理し、再編し、疲労を回復し、態勢が整ったのは港に着岸した翌日の昼過ぎ。

 もう、これ以上は侵攻を遅らせない。


 いくらボティウスが国王といえども、皇帝テミスを引き留め続けられない。

 愚鈍さを絵に描いたような男だ。すでに捕縛されているかもしれない。


(アレがまともに動けば、首都を落とすまでの時間が稼げるんだが……)


 不安はある。

 だが意を決し、バルバトスは全軍に命令を下す。


 身の回りには、先遣隊で使いたかった隠密10名が守りを固めている。

 これならば、あのマキアが忍び込んでもそうそう手が出せないだろう。

 港に降り立ち隊列を組み、馬車を奪ってバルバトスがそれに乗り込む。

 ラッパを吹かせ、全軍が侵攻を開始した。


 そのとき、風向きが変わった。


「報告いたします! 前方から……アヌトリア軍が現われました! その数1万」

「なんだと!?」

「皇帝テミスの御旗も掲げられています!!」

「――っく!」


 あの野郎、愚鈍にも程がある!!

 馬車での中で腰を浮かせたバルバトスは、愚王ボティウスを罵った。


 コンパイやイノハに滞在していたアヌトリアの間者は消している。

 だが、何らかの方法でこちらの情報が漏れたのだろう。人の口に戸は立てられない。


 ボティウスが斃れれば、皇帝をシュルトに釘付けにすることは不可能。

 帝都危機の情報をどこからか入手した皇帝が、最速で首都イシュトマに戻っていたとしてもおかしい話ではない。


 アヌトリアとこの港を繋ぐ道は、大きく曲がりくねっている。最短で進もうにも深い森に阻まれて、いずれ移動出来なくなるだろう。

 商人ならば馬車で7日の行程。どれほど早足で進んだとしても5・6日はかかる。

 さらに街道に雪が積もっていることを思えば、もっと遅れても良いはずである。

 いくらなんでも、到着が早すぎる。


 まさか……俺は偽の情報を掴まされていたのか!?

 こちらが情報戦を制したと思っていたが、実は逆に掌で転がされていたというのか!


「へ、陛下。指示をお願いします!!」


 1万対5千。


 あちらは小高い丘の上に陣を敷いている。

 こちらは背後にすぐ海だ。

 地の利は向こうにある。

 爆雷があればこちらにおびき寄せて打撃を与えることも出来ただろう。


 畜生! なんで変態相手に10発も撃っちまったんだ!?

 さらにユステル水軍はドラゴンの尻尾を踏んだ。

 おまけにこの地域に7人中3人の危険因子が集っている。


 認めたくはない。

 だが、認めざるを得ないだろう。

 おそらくこれは、運命の巡り合わせなのだ。


「…………」

「陛下……」

「はんっ。負け戦を仕掛ける意味などない。……撤退だ」

「はっ!」


 血を吐き出すような思いで、バルバトスは決断を下した。

 航海1ヶ月と、そこに費やした予算金貨1万枚を、完全に無駄にしてしまった。


 おそらくこの点は貴族に突っ込まれるに違いない。

 なんとかうまく算段を付けなければ……。


 ケツァムと交渉してユステルに投資を促すか。

 成果があがれば投資こそが狙いであり、戦闘は訓練だったと言い張れるな。


 バルバトスが頭を使って言い訳を考えているとき、港の方から甲高い音が聞こえてきた。

 まるで立て付けの悪い木戸を開いたときのような音に、皇帝の背筋が粟立つ。


「なんだこの音は?」

「ほ……報告します」


 馬車の扉を開いた兵士の顔を見て、これはまた、陸でもないことが起こったに違いないとバルバトスは悟った。


「軍艦がすべて沈没しました」

「…………なんだとぉぉぉ!?」

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