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何故かイラつく赤髪男

 ドラゴンの魔手から逃れたユステル水軍は、命からがらアヌトリア東港へと到着した。


 ドラゴンに襲われ落命する危険はなくなったものの、息をつく暇などない。

 ここはもう相手国。どこでどう命を落とすか判らない戦場である。


 バルバトスが号令を発し、兵士が一気に港へと流れ込む。

 この港にアヌトリア兵が少ないことは隠密部隊の偵察で判明している。

 気を緩めなければ、損害を受ける可能性は低い。


 ただ港にいる一般人がどう出るかわからない。

 もし兵が、たとえ反撃であっても一般人を殺したとなればセレネ皇国が五月蠅いだろう。

 抵抗せぬ者は丁重に捕らえ、反抗するものだけ叩き潰せ。そうバルバトスは兵に厳命している。


 兵が港に降り立つと、その姿を見た一般人が途端に蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 異変を察知したアヌトリアの常駐兵が、こちらの旗紋を見て目を剥いた。


 練度は判らないが、士気は低い。

 このままなら、なんの問題もなく港を制圧出来るだろう。

 ユステル兵とアヌトリア兵接触の瞬間を目の当たりにし、バルバトスは勝利を確信。

 船に設置された仮設玉座に深々と腰を下ろした。


 予想外の事態が起りすぎて、身体と精神がくたくただった。

 出来ればこのまま1日、なにも考えずに休息を取りたい。

 だがその余裕があるかどうか……。


 イシュトマ侵攻の段取りを計算しているバルバトスの耳に、兵士達の僅かな動揺の声が届いた。

 兵士が抵抗を始めたか?


 玉座から立ち上がったバルバトスは甲板を移動し、船から港を見下ろした。

 その中央。

 大きな広場に、赤毛の男が剣を上に掲げている。


「…………なんだあれは?」


 現在ユステル軍はこの港を侵略中である。

 だというのに、彼の姿勢はその状況にまったくふさわしくない。


 雰囲気があまりに違いすぎて、まるで絵画の中心を切り取って別の絵に差し替えたように見える。

 ただ、絵画と大きく違うのは――顔が馬鹿っぽいところか。


「天を知り地を知り人を知る。それこそが神と精霊に選ばれしこのオレ! 勇者リオン・フォン・ドラ――ちょっと待て! まだ攻撃すんな、口上の途中だからぁぁぁ!!」


 …………やはり馬鹿か。


 そう思うと同時に、言葉にならない不快感がバルバトスの胸にせり上がってきた。

 頭に血が上がって、みるみる顔が赤くなる。

 ここから走って男の顔面をグーで殴りたい。


 バルバトスが感じた感情を、兵士も同様に感じていたのだろう。口上途中だった赤毛を大勢で追い回している。

 その姿を眺めて、バルバトスがはっと我に返る。


「おい、隊列を乱してんだじぇねぇ!!」


 大声で叫ぶが、兵士達の耳にはちっとも届かない。


 海の上で1人の男に翻弄され、ドラゴンから逃げ伸びてきたせいで、精神的負荷が限界に達したのか。

 兵士達の目にはそれぞれ怒りが浮かんでいる。


「誰か! 魔術師を連れてこい」

「はっ」


 王の呼びかけに答え、すぐさま1人の魔術師が王に近づき平伏した。


「陛下、お呼びでしょうか」

「面を上げろ」

「はっ」


 顔を上げた男は、かのドイッチュであった。

 この男ならば大丈夫だろう。そう思いバルバトスは指示を下す。


「あのうつけどもを魔術で眠らせてやれ」

「……申し訳ありません、眠らせるとはどのような?」

「戦争中に隊の規律を乱し、あまつさえたった一人の男に大軍で攻めかかる兵などユステル軍の面汚しだ。予の直々の命令だ。あれらを眠らせろ。殺しても構わん」

「は、はっ!」


 兵士として最低限の矜持を失っている者は、ただの魔物と変わらない。

 そのような輩は、ユステル軍の名誉をいたく傷つける。

 その意図を察知したドイッチュが顔を強ばらせ、それでも最敬礼して甲板の上で詠唱を始めた。


 練り込まれるマナはなかなか、一介の教師としては飛び抜けている。

 さすがは将軍。見立て通りドイッチュは優れた魔術師である。


「痴れ者どもを焼き尽くせ! 【焦熱地獄(ヘルフレア)】!!」


 完成した魔術は、魔術の中で最も難しいと言われる“現象”に属す熱系最上級魔術。

 巨大な炎が港に向け飛来し、地面に接触した途端に一面に広がった。


 それらは次々と我を忘れた兵士達を飲み込み、一瞬で炭に代えてしまった。

 ――だが、


「あ、あれ? ……え?」


 最上級魔術を放ったせいだろう。僅かに疲れた様子のドイッチュが、突如眦を決した。

 兵士を炭にし、あまつさえ石畳を赤く変色させるほどの魔術を受けてなお、


「あ、あつ!熱い! 死ぬ!死んじゃうぅぅぅぅ!!」


 赤髪の男はステップを踏むように足をぴょこぴょこ持ち上げ、炎の中を飛び跳ねている。


「…………なんなんだあいつは」


 熱いと口にしていることから、大して効いてないというわけではないだろう。

 だがどう見ても、彼の仕草は陽光で熱せられた砂浜を素足で踏んでいるようにしか見えない。


 まさか彼だけ魔術の効果範囲……というわけではないはずだ。

 ジョバジョバ吹き出している涙が、彼の身体から離れた途端に蒸発してしまっている。


「耐熱用の魔導具か? しかしわたしの魔術に耐えるとなれば、ハーグ製の魔導具くらいしか……。しかしハーグ製魔導具は高価で、都でも入荷した途端に売り切れるほどの商品。そうそう手に入れられるものではないはず……」


 ドイッチュの独り言にバルバトスが渋面となる。

 おそらく、身につけているのだろう。

 相手はドワーフとエルフを抱えているのだ。

 天才と名高いハーグ製の魔導具に匹敵するような道具があっても不思議ではない。


「しかしあの赤髪、勇者……まさか奴は――ッ!」

「知っているのか?」

「はっ!」


 それまで陛下の存在を忘れていたのだろう。

 バルバトスの声に飛び跳ねたドイッチュが、着地すると同時に平伏した。


「あの男はリオン。数年前に宮廷学校に入学したことがあります」

「なんだと? して、どのような者だった?」

「たしか……そう、非常に珍しい【光魔術】を用いておりました」


【光魔術】。

 その魔術の名を、バルバトスも耳にしたことがある。

 たしかガミジンでさえ使えない魔術のひとつだったとか。


 ただ、使えないと言っても様々な理由がある。

 ガミジンは魔術師なので、【治癒魔術】は決して使えない。

 また【重魔術】は文献が遺失してしまっているため、使用出来るかどうかすら不明である。

 彼は復刻しようと頑張っていたようだが……。


 そんな中で、文献が残っている【光魔術】については、職業に関係なく使える反面、誰も使えないという特性がある。


 一説では神代の第一聖典に関係する名も無き神の加護が必要だという話だが、具体的には解明されていない。


 職業に関係なく、文献が残る魔術の中で唯一、天才ガミジンが使えない魔術。

 それが【光魔術】である。

 つまり、彼女の存在は稀少だということ。


「何故奴を知っていながら放置した? 何故兵として取り立てなかったのだ!」

「申し訳ありません!!」


 宮廷学校は国内の才能が他国へ流出しないよう、囲い込むためのもの。

 多少の才ならまだしも、最も稀少な人材がアヌトリアへ流出していたとなれば学校として大失態である。


 ただ、その責任をドイッチュに取らせるのは間違いである。

 国に戻ったら学校長の首を跳ね飛ばそう。そうバルバトスは心に誓った。


「ちょっとアンタ!!」


 ヘルフレアに籠められたマナが燃え尽きると、男――リオンがこちらに剣先を突きつけた。


「自分の兵士を焼き殺すなんてどういう了見だよ!? これは、勇者として決して見過ごすことはできない!! この世界一の美男子勇者、リオン・フォン・ドラグ――」

「殺せ」

「はっ!!」


 なにが世界一の美男子だ。

 自分で言うな!!

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