海戦1
「そもそも、ですよ? ボクらの目的はユステル軍の壊滅じゃありません」
「なん、だと……ッ!?」
「…………」
一体リオンは、このPTをなんだと思っているのだろう?
たった3人で軍隊を壊滅させられるなんて、軍の練度がよっぽど低いか、はたまたアルトたちが化け物かのどちらかである。
当然、アルトは自分が化け物だなんて思っていない。
アドリアニ軍を壊滅させられたのは、一重に事前に完璧に準備を整えられたことと、彼らの統制が乱れていたためである。
隊列を組み、アルトの視線を歩兵が釘付けにしている間に、後方から魔術を放てば。アルトはきっと防戦を強いられただろう。
事前に情報操作で攪乱され、そのままの勢いで侵攻し、隊列も作戦もなかったアドリアニ軍は、もはや軍隊ですらなかった。
隊列も組めない、団体行動も作戦行動も出来ない有象無象の集団など、迷宮で数千の魔物と戦ってきたアルトの敵ではない。
おまけにあの場所にアルトは【グレイブ】を設置していた。
あらかじめ完璧に落とし穴を張り巡らせておけるのならば、アルトでなくても軍隊を退けることは出来る。
ただユステル軍は、アドリアニ軍とは違うとアルトは考えている。
あの時のように上手くはいかない。
だからやるべきは、港の防衛でもなければ、ユステル軍の壊滅でもない。
「ボクらがやるべきは、テミスさんがイシュトマに戻るまでの時間稼ぎですよ」
そう。
ここは町ではない。
落とされても、アヌトリアにとって大きな痛手にはならないのだ。
日那との貿易は一時的に途切れるかもしれないのは残念だが……。
「なぁんだ。てっきりまた師匠が無双するのかと思っちゃったぜ。あのときはオレに期待させといて、まったく見せ場も出番もなかったからなあ。今度こそ見せ場を作ってもらうつもりだったのに。――そうだ師匠! オレに見せ場を作ってくれよ!!」
「……ユステル軍が港に降りたらいくらでも見せ場が生まれますから、安心してください」
「おおっ!」
「ただし深入りは厳禁ですよ?」
「任せろ! 逃げ足には自信があるぜ!」
「マギカも。無駄に戦うことないからね?」
「ん。大切な場面で使えなきゃ、鍛えた意味がない」
まったく、その通りだ。
アルトの力は、あくまでハンナを助けるためにのみ存在している。
アヌトリアを救うのは、セレネ皇国に渡るためでしかない。
なるべく死んでほしくない人達がいて、傷付いてほしくない人達がいても、一番を忘れてはいけない。
一番を見失わないように、アルトは気を引き締め直した。
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コンパイ南の港から船に乗り込み3週間。
バルバトス・ロウ・ユステル8世は甲板に立ち、前方遠くにある大陸の影を凝視する。
長年の敵皇帝テミスは、現在戦争の指揮を執りにシュルトへと向かっているはずである。
皇帝不在であれば、首都を落とすのも容易。
テミスが首都を開けたのは、ボティウスのおかげである。
『ドワーフ工房とエルフの刻印。そして白い肌の女に興味はないか?』
バルバトスがそそのかすと、ボティウスはすぐに食いついた。
【情報操作】を用いて世論をまとめ、教会までも取り込んでアヌトリアを邪神の手先に仕立て上げた。
実に勢いの良い男であったが、アヌトリア本隊に敵うほどの軍は持ち合わせていない。
おそらく撃破され尻尾を巻いて自国に逃げ帰るだろう。
まさか彼は、バルバトスに填められたのだと気付くまい。
彼が蹂躙されているあいだに、バルバトスは首都を掌握し、テミスを亡き者にするのだ。
「左舷より、なにか、来ます!」
物思いに耽っていると、突如空から声が轟いた。
見張りがなにかを発見したらしい。
ぞろぞろと甲板の上を動く兵士と共に、バルバトスもその方角に視線を向けた。
だが、何もない?
一体見張りはなにを見つけたというのか?
疑問に首を傾げていると、兵士が少しざわついた。
「ほら、あそこ。何か居ないか?」
「……いや、なにも見えねぇけど」
「ほらあそこだよあそこ!」
「うーん。波の影じゃないのか?」
「あ、いた。なんかいた!」
「ほらな?」
1分。2分。時間が経つほどに、そのなにかを発見する兵士が増えてくる。
すぐに興味を失い水面から目を離したバルバトスも、兵士達の声を聞き再び目をやる。
すると、たしかに水面に黒いものが浮いている。
……いや、こちらに向かっている。
「陛下、報告申し上げます! 右舷1時方向より1隻の船が接近中。正体は不明。いかがいたしますか?」
「無視だ。どうせ漁船だろう。もし接触したら、運が悪かったと思って諦めてもらえ」
「はっ!」
こちらは軍艦であり、相手はただの小舟。
ぶつかってもこちらは痛手は負わない。
むしろ小舟1隻に、軍艦がわざわざ対応するなど馬鹿げている。
こちらは遠くからでも見える巨大な軍艦。
進路を変えずにぶつかる奴が阿呆だ。
小舟は進路を変えず、こちらに接近。
やはりただの阿呆か……。
そう思ったとき、右舷2時方向を航行していた第6駆逐隊ライが鈍化。
送れて腹底に響くような衝撃をバルバトスは感じた。
「陛下! 前方1時歩行より接近していた小舟から、強力なマナの反応あり。ライからの手旗により、船底より浸水との報告。おそらく、魔術攻撃を受けたものと思われます!」
「んだと!? 魔術攻撃というのは間違いないのか?」
「はっ! ドイッチュ殿が【魔力感知】にてマナを知覚したと申しておりますので、間違いないかと思われます」
ドイッチュはユステル宮廷学校の講師を務めている一流の魔術師である。
今回アヌトリアを攻めるに当たって、元帥が彼を魔術部隊に抜擢したのである。
彼は最も位の低い準男爵の出ではあるが、文官として宮廷に勤めた直後からすぐにその才能を多方に認められた、所謂生え抜きの魔術師だ。
ガミジンに比べこれまで上げた功績が少ないが、元帥が抜擢したのであれば人選に間違いはないだろう。
ただし、ドイッチュにはやや自分より身分の低い者を過小評価する癖がある。
実力でのし上がって来た過去があるだけに、自分よりも実力がある身分の低いものを見ると強い危機感を感じるのかもしれない。
バルバトスはドイッチュの言う『魔術攻撃』に些か疑問を感じてしまう。
その魔術を放った相手が誰かは知らないが、戦艦は国内の造船師の技術を結集して製作している。
帆や甲板はいざしらず、分厚く作っている船底は魔術の1発や2発で破壊されるものではない。
だから、おそらくこの海域の暗礁にでも掠ったのだろう。
「目的地はもうすぐそこだ。誤魔化しながらでも進めと伝えろ」
「はっ!」
そう告げた矢先、またバルバトスの腹部が重低音で圧迫された。
今度は4時方向の第11水術船タツが鈍化。その後方を進むカミナリがあわや接触する寸前に方向を転換。隊列がかなり乱れてしまった。
「報告します! タツも同様に船底から浸水があった模様です!」
「マナは?」
「ライと同様。前方の小舟より感知いたしました」
「なるほどな……」
相手がガミジンほどの魔術師であれば、あるいは船底に穴を開けられるかもしれない。
同じ問題が立て続けに起った以上、見過ごすことはできない。
「あの小舟を破壊しろ」
「……方法は?」
「任せる」
「はっ!」
バルバトスの指示を受けて、すぐさま兵士は手旗で各艦に指令を送る。
国王陛下自らの勅命ということで、各艦に緊張が走った。
ユステルが誇る水軍――ガトーやムツ、ソウフやヤマギなどの戦艦や、ライ、カミナリ、ヒビキなどとの駆逐艦に乗艦している魔術師達が甲板を動き回り、小舟めがけてあらゆる属性の魔術を一斉に打ち放った。
他愛もない。
そう思ったバルバトスは、次の瞬間目を見開いた。
魔術を受けて木っ端微塵に、それこそ影も形もなくなるはずだった小舟が、なんと魔術を回避していくではないか。
それも1発や2発ではない。
多数の魔術が面となって押し寄せる中、小回りの利く小舟だとしても考えられぬ異常な動きで、右へ左へ移動し、次々と魔術を躱していく。
「――な、なんだ、アレは?」




