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チョロイ勇者

「お、おえぇぇぇぇぇぇ!!」

「…………」


 少しやり過ぎたかもしれない。


 日が暮れる頃、エレエレ胃液を吐き出すリオンと、耳と尻尾が死んだようにくたっとしているマギカを眺めながら、アルトは顔を引きつらせた。


 シュルトからイシュトマへ移動したのと同じ方法で動いたのだが、今度は本気も本気。アルトの全力であった。


 アルトは仲間全員を常に【ハック】で移動させ続けた。

 斜面も崖もすべて、地面に沿っての移動だ。


 当然、山では急速に上下に移動し、崖ではフリーフォールのごとく落下する。


 それはレールのないジェットコースター。

 哀れ、その暴走エアコースターに乗ってしまったリオンとマギカは、6時間もの間途中下車出来ず、叫び、泣きわめき、エレエレしながら本日のキャンプ地に到着したのであった。


「し、師匠ォ。いくらなんでも、あの移動はないだろ……」


 まだ気分が悪いのか、それとも叫び続けてついに無限の体力が低下したのか、リオンの声には覇気がない。


「最速で移動しないと、港に軍艦が入港してしまうかもしれませんから」

「ユステル軍が来る前に、オレ、死ぬかも……」

「はあ」

「なのに、なんで師匠はそんなにピンピンしてんだよ」

「さあ? スキルのこととか、この後の障害物の展開とかを考えて集中してたからでしょうか?」

「障害物の展開ぃ?」


 アルトの説明に、リオンはまるで胡散臭い手品師を眺めるような目つきになった。


「目の前の木を吹き飛ばすのが、展開? 頭おかしいんじゃないか!?」


 ついにリオンが爆発。

 これこれ、これだよ。

 やはりリオンは元気でないと。


「師匠、後ろを見ろ! ほら! ほら!!」


 ぐいぐい、と首をリオンに無理矢理ねじ曲げられる。


「痛い痛い」

「ほら、何が見える!?」


 アルトが通ってきた道。

 そこは間違いなく、森の開けた道である。


「あそこ、道じゃなくて森だったんだぞ!? なに道を切り開いてんだよ!? アンタ、前世は木こりかなんかなのか!?」

「……いえ、あの、邪魔だったので」


 うねうね道の街道を通らずにまっすぐ進めば、当然森を通る。

 普通に走る分には問題ないが、猛スピードで進行する場合には木々が邪魔になる。


 そこでアルトは魔術や魔銃をぶっ放しながら、前方にある邪魔な木々をすべて折り倒してきたわけだが……。


「邪魔だから倒すって……。師匠はどこの世紀末覇者なんだよ!?」

「リオン」


 暴れるリオンの肩に、マギカが手を置いた。


「もう、無駄。手遅れ」


 そう言って、頭が末期と言わんばかりにゆったりと首を振る。

 そんな2人とは対象的に、顔を覗かせるルゥはどこかご機嫌である。

 どうやらエアコースターが気に入ったらしい。


 当然ながら、翌日もアルトはこの方法で東港へと急いだ。

 既にリオンもマギカも諦めていたようで、死体のような顔をした2人がアルトの特急エアコースターによって運ばれていくのだった。


 うねうねと曲がりくねった街道は、首都防衛上必要なものである。

 エアコースターで新たに誕生した直線道は、当初問題視されるがその利便性から、やがてメイン街道として整備されることとなる。


 日那とアヌトリアの物資が行き交う街道。

 ヒナトリア街道は、十数年後には大きく発展することになる。


 ただ、何故突然直線道が現われたのか、誰が道を生み出したのかは、誰1人として知る者はいない。




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 東港に着いたアルトは、まだユステル軍が到着していないことにほっと胸をなで下ろした。


 オリアスからの報告では既に1週間前にはイノハを出航していた。

 その情報は当然皇帝テミスにも伝えている。


 おそらくテミスは間に合わないだろう。

 あるいは彼はこちらに軍は差し向けないかもしれない。

 シュルトに出向いて逆から攻められた手前、港を守ろうと軍を上げた矢先に別角度から攻められないとも限らない。

 首都防衛に専念しても不思議ではない。


 港には少数ではあるが軍が駐留している。

 だがそれは港防衛ではなく、あくまで貿易監視の役割しかない。


 となれば、港を守れるのはアルトらしかいないわけだが……。

 さて、どうしたものか。


 アルトは船の荷の積み降ろし風景を眺めながら顎に手を当てた。


「師匠。今度は何をしでかす気だ?」

「……まるで大事件を起こすかのように言いますね」

「起っただろ。凄惨な、事件が!」


 毎回休憩を入れる度に、リオンがエレエレ胃をひっくり返していたのが、凄惨とはこれいかに?


 確かにリオンはきつかったかもしれない。

 だが、アルトたちが間に合わなければ、もっとキツイことになりかねなかったのだ。


「勇者なのに、情けないですね。ルゥは耐えてる……というか愉しんでたのに。もしかして、勇者はモブ男さんじゃなくて、ルゥじゃないんですかねぇ?」

「ま、待て待て! 違うから! オレ、全然平気だったから!! オレが勇者だからぁ!!」


 ちょろい……。

 勇者と聞けばなんでも耐えてくれそうだ。


「それはそうと、船はどうしましょうか」


 ユステル軍は海から攻めてくる。

 上陸してしまえば、かなり広範囲に兵士が広がるだろう。それではアルトの【罠】でも対応出来なくなるかも知れない。


 となれば、船の中に密集しているうちに相手と交戦したいのだが、アルトには船がない。

 ここは港町ではなく、ただの港。

 船の余剰がないため、船を借りるのはそう簡単なことではないだろう。


 おまけに造船技術もない。

 あったとしても、時間が圧倒的に足りない。


 であれば――、


「ダメだぞ! 絶対ダメだからな!!」


 リオンがなにかに怯えたように目の前で手を交差させた。


「え? ダメってなんですか?」

「師匠、あのイカダを作るつもりだろ!? あれは、絶対ダメだ!」

「ん。ダメ、絶対」


 リオンだけではなくマギカまで額に油汗を浮かべている。

 耳が「ひえぇ!乗ったら死んじゃうよぉ!!」とプルプル震えている。

 唯一ルゥだけが「え? あれに乗るの? やったー!」とモニョモニョ体を揺らして喜んでいる。


 アルトは特に、バナナボート程度にしか思っていなかったのだが。

 あれは、2人にとって相当嫌な記憶だったらしい。

 少し考えて、アルトは口を開く。


「じゃあ、今回はボクだけで行きますね」

「勇者を置いていくなんてとんでもない!!」

「じゃあ乗りますか? イカダ」

「まあ、慌てるな師匠。落ち着いて考えようぜ。きっとまだ手はあるはずだ!!」


 どうにかしてイカダを断念させ、またアルトの単独行動も阻止したいようだ。


「一応説明しますが、ボク1人で行っても、3人で行っても、操作できるイカダが1隻である以上戦力として大差ありません。であれば、ボクが1人で海に出て、ユステル軍を攪乱。それを突破したユステル軍を、2人は陸で足止めと。このように分けた方がよいのではないかと思うのですが」

「うーん」

「そもそも、ですよ? ボクらの目的はユステル軍の壊滅じゃありません」

「なん、だと……ッ!?」

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