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「ただいまもどりまし――」

「アルト!!」

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」


 ダグラ夫妻の家に戻るなり、入り口で出迎えたリベットに背骨折りを食らい、アルトは悲鳴を上げた。


「あんた、いままでドコに行ってたんだい?」

「ええと、実はシュルトに……」

「シュルト? なんでそんな所まで……。それはそうとあんた、一体なんてことしてんだい!」

「その……すみません。帝国が窮地に陥ってると思ったら、つい」

「ん? なに言ってんだい? あたしが言ってんのは、工房の事だよ」

「工房?」

「そうさね! ダグラや他の男たちが、みぃんな工房から帰って来ないってんで、婦人会を代表して見にいったのさね。そしたら……」

「…………そしたら?」


 ワンテンポ言葉を遅らせるリベットの演出に、ただならぬ気配を感じアルトは生唾を飲み込んだ。


「みんなボロボロになりながら、青白い顔のまま、ケラケラ笑いながら一心不乱に槌を振るってんだよ! てっきり危ない薬をやっちまったんじゃないかと思ったさね!!」

「あー……」


 一体何事かと思ったが、ドワーフ男達の趣味全快。平常運転で安心した。


 ……いや、リベットが恐れるくらいだから相当だったのだろう。

 オリハルコンとヒヒイロカネの誘惑、恐るべし。


「そんで、あたし等婦人会が全員で工房に乗り込んで、全員ぶん殴って寝台に寝かしつけてやったんだけどね」

「それは……」


 寝かしつけてあげたのではなく、寝台送りにしたというのが正しいのでは?


「しっかし、あんな姿を見るのは初めてだったから、あたしゃ度肝を抜かれちまったねぇ。一体、みんなはなにを作ってたんだい?」

「ダグラさんたちは珍しい鉱石を用いた武具を作っていたんですよ」

「ふぅん」


 珍しい鉱石、と聞いてもやはりドワーフ女性はピンとこないようだ。

 浪漫の壁は厚い。


 アルトは工房に足を踏み入れ、ダグラの鍛練場へとやってきた。

 他のドワーフの姿はあるが、ダグラの姿だけが見当たらない。

 炉の前に居なければ、研磨場にもいない。


 いったいどうしたというのか?


 他のドワーフの集中を妨げないよう、アルトはひっそりと歩きながら、製図室へと向かった。


 そこに、ダグラが居た。

 ……居たのだが。


「うーん。この光沢。最高だぁ。やっぱりオリハルコン。ミスリルとは訳が違うじゃねぇかぁぁぁ!!」


 髭面の男が猫なで声を出しながら、盾に頬ずりしている。

 その光景を見て、アルトは硬直。


 やっと存在に気がついたのか、ダグラがアルトを見てぎょっとした。


「…………」

「…………」


 アルトはそっと扉を閉めた。


「まて!! 違うんだ!話を聞いてくれ!!」




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




 ダグラが現実に戻ったところで、アルトは再び製図室の扉を開いた。


 以前に依頼していた防具が完成したのだろう。広い机の上には盾と鎧、そして鉄拳が並んでいた。


 当然ながら、材料にはドラゴン素材を流用しているらしい。赤と白、そして金が混じった実に美しい色合いになっている。


 そしてなにより、鎧や盾は以前よりもフォルムが流麗になっている。おそらく歪み具合を見て、どこに負荷が一番掛かっているか計算し、その不具合を除去した結果だろう。


 鉄拳は以前のものよりややゴツくなっている。新たに拳面にアダマンタイトが埋め込まれ、拳背がオリハルコンでコーティング。

 甲手も防御能力を高められている。


 そしてもう一つ。


「あのこれは?」


 アルトが指さしたのは、依頼にはない防具。胸当てだった。


 被覆できるのは首、鎖骨、大胸筋から横隔膜辺りまで。

 これも赤と白、金色が複雑な紋様を描いているので、ドラゴンやオリハルコン、ヒヒイロカネを用いた防具だということは判る。


 持ち上げるとかなり軽い。

 かなり薄いが、防御機構はしっかりしているだろう。ドワーフ製なので、その点は間違いない。


「素材が余ったんで、てきとうに作ったんだよ」


 そう言ってダグラは僅かに目を反らした。


 以前は成長期だということで、自由の利かない鎧をアルトは装備しなかった。

 だが現在は、成長がかなり落ち着いてきたので装備出来るだろう。そういう意図から、ダグラはアルトの装備の製作を決めた。


 男の体格は、ひと目見れば大体判る。

 長年鍛えた目を頼りに、ダグラは胸当ての製作を決断。


 自分が製作・指揮したものは最高峰だという自負はある。

 だが血は繋がってないとはいえ愛子に贈呈しようとすると、途端に自信がなくなってしまう。


 もしこれを進呈して、けれど装備されなかったら……。そう思うと、ダグラの胸に、未だかつて無い感情がわき上がるのだ。


 だったら、決して嫌とは言えない性能の防具にしてしまえば良い。


 そう思い、ダグラは必死にこの胸当てを製作した。

 どこかで間違って、アルトが死んでしまわないように……。


 それはダグラの愛情なのだが、彼は子育ての経験はない。それにドワーフの男は素直に愛情を示すものでもない。

 鍛冶仕事以外のことはてんで不器用だから、示せるはずもない。


 だから彼は、自分の気持ちを存分にこの防具に籠めた。

 過去、リベットに襲われて結婚が決まり、つがいの指輪を作った時のように……。


「ありがとうございます」


 たった5年。一緒に暮らしていた期間は短いが、それでもダグラがどういう人物かをアルトはよく理解している。

 もちろん、そこに籠められた思いも。


 だからアルトは胸当てを手に取って、目頭が熱くなった。


「これがアタシの新しい防具。まるで伝説の勇者のようだわ……!」

「ん、ん……」


 リオンは新防具を前に目を輝かせ、マギカは鉄拳を手に取りグルングルン尻尾を回した。


 早速それらを装備するが、まるで計ったかのように防具はアルトの体にピタリと填まった。

 これだと鎧匠のドワーフの調整も必要ないだろう。

 リオンも鎧を装備し、マギカも準備万端。


「ダグラさん。本当にありがとうございました」

「なぁに、良いってことよ」


 すすん、とダグラは人差し指で鼻をさすった。


「もう一つだけお願いがあるんですが」


 表情を変えたアルトに、ダグラもつられて顔を引き締めた。


「これから、東にある港にユステル軍が入港するかもしれません」

「ユステルが? なんでまた……」


 アルトは西であった戦争と、オリアスから告げられた情報をかいつまんで説明する。

 その話を聞いてダグラは僅かに顔を顰めたが、アルトの予想に反して狼狽することはなかった。


「出来れば最悪の事態になるまえにここから避難して頂きたいのですが……」

「んなこと出来るわけねぇだろ」


 やはりか……。

 念のために申し入れたが、やはりアルトの予想通り、ダグラは首を縦には振らなかった。


「おめぇも判ってんだろ? 俺にとって、この工房がすべてだ。ここを失うくらいなら、死んだ方がマシだ」


 そんなもの、生きていれば作り直せる。

 死んでしまえば終わりだ。


 そういう反論は、普通の人にしか通じない。

 この工房こそが彼らにとっての世界であり、すべてである。


 剣の1本1本。鎧の1領1領に命を賭ける。

 この作品を作り上げられれば、命が果てても構わない。


 そんな意気込みで製作しているドワーフを見ているアルトにとって、ダグラの言葉に含まれた感情は十二分にくみ取れる。


 大切なのは、未来じゃない。

 未来なんていうものは、いくらでも存在するから。


 今は、イマしかない。

 ひとつしかない。

 前にも先にも同じものはない。

 だから、イマが最も大切なのだ。

 イマあるものを、大切にするのだ。


「……わかりました」

「わりぃな」

「いえ」


 短い言葉をひとつだけ躱し、アルトはドワーフ工房を後にした。


 ドワーフ街で尽きかけた食材を買い込み、即座にアルトは首都イシュトマのダブリルを出立する。

 ダグラらを避難させることが出来なかったのは残念だが、仕方ない。


 彼らがダブリルにいるというのであれば、ダブリルまでユステル軍を通さなければ良いだけの話なのだ。


「それじゃ、全力で飛ばしますね」

「全力で来なさい! いまのオレは、神の攻撃さえ耐え抜けるゼ!」

「ばか――」


 リオンの言葉に突っ込みを入れようとしたマギカの声が、途中で消えた。


 後方から【空気砲】を放ち、【滑る床】で道を形成して【ベクトル変換】で加速。

 アルトらは弾丸のように、一瞬にしてイシュトマを飛び出したのだった。


 目指すは東港。

 文字通り、一直線。


 どれほど時間が残されているかが判らない。

 出し惜しみなく全力で、後先を考えず、アルトは移動に全勢力を費やした。

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