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処していい?

 皇帝テミスが到着し、すぐにアルトが天幕に呼び出された。


 皇帝が態々一般人を天幕に招くなど通常ではない事態である。

 兵士は皆困惑し、緊張し、緊迫している。


 おそらく彼らは脳内で勝手に、アルトが呼び出された理屈を練ったのだろう。

 練り上げたそれは、どうやら罪人の像だったらしい。

 アルトは両脇を抱えられ、まるで重罪犯のように天幕まで運び込まれた。


 普段はまるで目立たない顔で、一切の功績が認められず、まったく良い噂をされないのに、悪いことをしたときは(していないが)すぐに見つかるのは何故だろう?

 これも、フォルセルスの御業のせいだろうか?


 だとしたら、フォルセルスは少しだけ意地悪である。



「テメェ、一体なんてことしてくれたんだよ!」


 兵士を天幕の外に追いやって、アルトとリオン、マギカのみになると、テミスは目を潤ませながらアルトに詰め寄った。


「テメェなぁ。王を殺すってのはどういうことか、判ってんのか!?」

「いえ。あの……倒したら不味かったんですか?」

「不味いってもんじゃねぇよ!! やべぇんだよ。王を殺すってのは、それだけで国を攻めるのと同じ意味合いがあんだよ」

「それ、攻められたのはこっちでも、ダメなんですか?」

「ダメに決まってんだろ! そもそもだ。王以外が王を物理的魔術的に殺せる奴はいねぇ。この世界に一人も、だ。これは知ってるか?」

「…………いえ」


 アルトはパチパチと瞬きを繰り返した。

 どうやら全く知らなかったらしい。


 だがそれも仕方がない。

 彼は平民であり、王と体面するなどあり得ない階級である。

 王を殺せる立場にないものが、そのことを知るはずがない。


「★5――王の階級ってのは、神からもらったもんだ。それを殺すってことは、直接神に弓を引くってこった。これで、ことの重要性がわかるか?」

「……物理的魔術的っていうのは?」

「ああ、それはな、前にも説明したと思うが、エアルガルドの階級は絶対なんだよ。目上には決して逆らえない」

「攻撃は出来ましたけど?」

「相手を攻撃しようとすると、普通は途中で止まる……とか、フランが言ってたな」


 そういえばアイツも王を殺そうとしたんだったな……。

 後で虐めてやるか。


「で、テメェはその掟をぶち破った。問題なのは、殺せねぇことじゃねぇ。殺したってことだ。喩え相手が悪魔でも善魔でも魔物でも、なんだっていい。兎に角、想像出来うる限り悪い奴だったとしても、単独で殺しちゃいけねぇ決まりがあんだよ」

「国際法ですか?」

「ま、そんなところだ」


 当然ながら、地球のように国際法が整っているわけではない。

 それぞれ戦争も紛争も起らない。そんななかで地球のような国際法が生まれる必然性はないのだ。


 だが唯一、国主についての認識だけは各国共通し、暗黙の了解となっている。


 誰だって、自分が殺されるのは嫌である。

 それは平民の『死にたくない』という願いと同じ。ただ権力が圧倒的に違うだけ。

 国王がその絶大な権力にものを言わせ、“決して国主を殺めてはならない”ことを各国の暗黙の了解にしてしまったのだ。


「ま、斬首作戦が成功すれば国が転覆しかねないしな。ただ国王を殺す場合は、国王に準じる階位の奴が下手人になる必要がある」


 テミスがちらりマギカを見ると、彼女は無表情のままテミスを見返した。

 その尻尾が軽くテミスを警戒している。


 マギカは古い時代から続く、その種の王である。この情報は密偵に頼まなくとも、少し調べれば判る。

 マキア・エクステート・テロル。

 名前が3節持つのは王族のみ。

 つまりその名だけで、彼女が王族であることが判るのだ。


 そして“教皇庁指定危険因子No5”。


 彼女は最悪の暗殺者として各国国王の首を落としに暗躍出来るに違いない。

 もちろん、その気があればだが。


 彼女の素直な尻尾を見て、その気がないことは十分に伝わった。

 まあ、そう警戒するなよ。

 テミスは苦笑して視線を外す。


「それで、ボクはどうしたら?」

「ま、どうしようもねぇわな。仕方ねぇから、俺が直接教皇んとこ言って話付けるしかねぇさ」

「なんか……すみません」

「いや、やっちまったことに対して謝る必要はねぇよ。そうしなきゃ、ここら一体は地獄になってたんだからよ」


 もしアルトがボティウスを止めなければ、間違いなくここに集った兵士や難民は、皆殺しにされていただろう。

 フランでさえ歯が立たなかったのだ。兵士を何人ぶつけても、抑えられるはずがない。


「それよか、俺がこれから苦労することに対して謝罪を要求する!」

「あ、はい。すみません」

「なんで棒読みなんだよ! いたわってくれよ!慮ってくれよ!この俺の苦労を!!」

「いや……はぁ……」


 まるで呆れたようにアルトがため息を吐き出した。


 いやいや、茶化しちゃいるが本当に大変なんだからな?

 そう口を開こうとしたとき、天幕内に1人の兵士が勢いよく飛び込んだ。


「皇帝! 火急の報告があります」




  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □




「んだてめぇ!! いま大事な話をしてる真っ最中だって聞いてねぇのか!?」


 テミスの怒鳴り声に、アルトは僅かに体が硬直する。

 先ほどまで情けない一面を見せていたとは思えない。この裏表こそ、彼が皇帝として培ったものなのだろう。


 いくら宝具で格下げしているとはいえ、そのプレッシャまでは消え失せない。

 怒声を一身に浴びた兵士は、体が若干震えてしまっている。


「……で、なんだよ?」

「あ、はっ! 実は……その」

「なんだ。はっきり言え」

「はい。実は皇帝のみにお伝えしたいことがあるのですが」

「構わん。ここで言え」

「しかし――」

「俺が言えって言ってんだ!さっさと言え!!」


 再び怒鳴られ、兵士はさらに萎縮する。

 可哀想に……。

 アルトは兵士が不憫に思えて、内心同情する。


「では、少し近くに」


 彼はまるで耳打ちをするかのように、すり足でテミスに近づいていく。

 1歩、2歩。


 すり足で近づいたその彼の前に、すっとリオンが割り込んだ。


「っふっふっふ。さすがオレってば勇者だぜ!」

「……どうしたんだよ突然?」


 リオンがなにをしでかすのか判らず、テミスは呆けてしまっている。

 だがその反面、彼はどこか楽しげに瞳を輝かせる。

 これからなにが起るのか期待している目である。

 人としては好ましい反応だが、皇帝という立場を考えると悪癖である。


 リオンがびしっと伝令に人差し指を向けた。


「勇者はマルっとお見通し! さあ正直に白状しろ!!」

「……一体なんのことでしょうか?」

「しらばっくれるつもりか? ふふん。ならば教えてやろう。本当は50くらい指摘できるが、今回は2つだけで勘弁してやるぜ!!」


 初めから2つだと何故言えないのか……。

 いちいち盛らないと収まりが付かないのだろうか?


「まずひとつ。陛下に近づくのに、どうして【すり足】を使った?」

「それは、自分は常日頃から鍛えられていますので、ついクセで」

「そうか。んじゃ次。アンタ、なんでコイツを『皇帝』って言ってんだよ? この国の兵士は、みんなコイツを『皇帝陛下』って呼ぶんだ!」


 「コイツ……なあアルト、お前の仲間処していい?」

 「なんかほんと、すみません……」


「そんなことも知らないなんて、アンタ、作戦失敗だな」

「何? もしや貴様、間者――」


 テミスが気づくとほぼ同時に、兵士が弾かれたように前に飛び出した。

 それをリオンが危うげ無く押しとどめる。


「コイツを殺そうなんて、100年早ぇんだよ。知ってるか? 国主を殺すには、同等の階級が必要なんだってな!」

「……それだけだと思ってんのか? 馬鹿男が!!」


 犬歯をむき出しにした兵士が、腹に手を入れる。

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