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何かがおかしい

 戦果を報告する最中、アルトは奇妙な気配に気がついた。

 それはシトリーの部屋や、シズカと対峙しているときに感じたものと同じ。


「邪神」

「ん」


 アルトの感覚を肯定するように、マギカは軽く首を引いた。

 間違いない、あれは邪神の御業。

【情報操作】や【魅了魔術】でも再現できるので、魔法ではないはずだ。


 ハリセンの音が響き渡ると、気配が一瞬で霧散した。

 やはりあれは邪神の御業だったようだ。


「貴殿らの功績は、近日中に到着する皇帝陛下御自らにより称えられるだろう。その時までしばし休まれよ」

「はい」


 まるで憑き物が落ちたかのように穏やかな顔に変わったフランを見て、アルトは内心安堵する。

 彼女が元通りになって良かった。




 皇帝が来るまで寝泊まりする場所を確保するため、アルトは宿営地を歩き回る。

 分隊長のテントを中心にして、西側が兵士。北側を教会がほぼ占有している。

 なのでアルトが寝泊まり出来るのは、東側と南側のいずれかになる。


 人の通り道と居住スペースとがロープでしっかり区切られているので広く見えるが、区画の中は人がギチギチまで詰め込まれている。

 食糧の搬入や緊急時の脱出路として用いられるため、ギチギチでもロープの外側には出られない。


 平民の居住区に入った途端に、アルトたちに向けられる視線の当たりが若干強くなった。


「なんでみんなこっちをジロジロ見てんだ?」

「さあ? 戦争中ですから少し気が立って――」

「もしや、オレの隠しきれない勇者の気配に気付いたな!?」

「は?」

「ほら、オレって勇者じゃん? だからみんながオレのブレイブオーラに気がついて、オレのことをジロジロ見てくんだよ。ああ、勇者って辛ぇな!!」


 まるで有名人のような発言だが、行く先々で彼がジロジロ見られたのは決してブレイブオーラのせいではないだろう。

 彼を見た人はもれなく、猛吹雪の中、短パンランニング姿でニッコニコ突っ立っている人を見たのと同じ気分を味わったに違いない。


『なんだアイツ!?』と……。


 頭がカラカラ鳴っているリオンはさておき、やはり少し視線が奇妙だ。

 この場ではアルトのことを知っているものはいないだろう。装備もドワーフ製なのでデザインはアヌトリア風。特に浮いたものではない。

 栗鼠族のマギカはやや珍しいが、注目を浴びるほどでもない。リオンだって、言われなければヴァンパイアだなんて判らないし……。


 では何故咎めるような目で見られているのだろう?


 疑問に思っていると、通路の先でアルトを待ち構えるように立っている男と目が合った。


「お前はどこのもんだ?」

「……アヌトリア。イシュトマの出身です」


 本当はユステル王国スイーリア州コンパイ付近の名も無き村の出身である。が、現在アルトのステータスブレスレットの戸籍はアヌトリアのイシュトマだ。

 嘘は言っていない。


「だったらこの区画はダメだ」

「……えっと?」

「もしかして、今日初めてここに来たのか?」

「はい。何故ダメなんでしょうか? すみませんが、教えていただけますか?」

「あ? あ、ああ……」


 相手がどう出るか警戒していたのだろう。

 アルトがへりくだると、男は毒気を抜かれたようにコクコクと頭を振った。


「宿営地のこの区画は〝ここいら〟の住民で構成してるんだ。ほら、いま戦争中だろ? 知ってる顔以外がいると怖えんだよ。おまけに酷ぇ目に遭ったしな。怪しい奴がいたらふん縛ってもいいって。そう分隊長から直々に、区画警備の許可をもらってる。顔の知ってる奴らが集まって自分たちを守り合う。知らねぇ奴等が入ってきたら監視する。それが一番安全なんだよ」

「なるほど」


 アルトたちがこの地区に入ってきてからの視線は異様だったのは、なるほどそういう理由があったかららしい。


 しかし、妙だな。

 アルトは彼の言葉を反芻する。


「みんな怯えちまってんんだ。悪いが、出て行ってくれないか?」

「ええ、わかりました」


 男の言葉に同調するように、周りの人達がほんの少し目だけで同調する。

 完全にアルトに敵意をむき出しにする者がいて、視線さえ向けず子どもを抱きしめて体を震わせているものもいる。


 アルト自身は、自分がそんなに怯えられるような人間だとは思っていないが、彼らは違う。

 シュルトを攻められ、命からがら逃げてきたのだ。


 精神力は摩耗し、いまだに心穏やかに休めない。

 見知らぬアルトのような人が自分たちのスペースに足を踏み入れているとなると、警戒感だけで精神が削れていることだろう。


 彼の言葉に若干のひっかかりがある。だがそれを訊ねられるほどの余裕は、見たところなさそうだった。


「なんだよ、もう!」と小声で愚痴るリオンを宥めながら、アルトはその地区を逃げるように出て行った。


  「なんだか話が違わないか?」


 その背後。男達の会話を【聞き耳】スキルが僅かに捕らえた。


  「アイツが犯人なんだろ? なんか、そんなふうには見えなかったが」

  「そういう作戦なんだろ? 安心させて中に潜り込んで――」

  「そうだな。――――を守る為には仕方がない」

  「二度とシュルトの――――」


 所々聞こえにくいが、彼らが必要以上に怯えていた理由は、どうやら警備方法や精神的状況だけではないらしい。


 犯人。犯罪者。


 アルトはその言葉にまったく心当たりがない。

 教皇庁指定危険因子をあえてそう言うことがないので、おそらくアルトのことではないはずだ。


 となれば、デマ?


 神経を張り詰めた状態で正しい情報が伝わるとは思えない。

 きっと彼らの勘違いだろう。そう区切りを付けて、別の地区へと足を運ぶ。


「わりぃがここは犬人専用だ。人間は出て行け」

「ここは猫人専用だ。こっちくんな」


 しかし、行く先々ではこの地区と同様の警備態勢が敷かれているためか、なかなかアルトは寝泊まり出来るスペースを確保出来ない。


 しかもそれぞれの区画に入ったタイミングから、やはり人間の地区と同様に思い切り警戒されてしまう。

 装備や服装、匂いなど……。アルト達には、彼らを警戒させるなにかしらの雰囲気があるのだろうか?

 そう勘ぐってしまうほど、彼らの態度は明らさまだった。


  「奴だろ? 同胞を殺戮したのは」

  「やっぱ人間は信用ならん」


 そして地区を離れるとき、念のために意識した【聞き耳】がそのような言葉を捕らえるのだった。


「一体どうなってんだ!?」


 いろんな区画を弾かれたせいで、リオンのストレスがマッハである。


「人ってのは困っている人を見たら助けてあげるもんじゃないのか? それが人道ってもんだろ?」

「そういう人は希なのでは?」

「違ぇよ!」


 アルトはそう思ったが、リオンは強い口調で否定する。


「いまは昔、オレが勇者として名を馳せるためにソロで戦っていた頃の話だ……」


 遠い目をしてそう語り出したが、もう語り初めでお腹がいっぱいだ。

 何故【聞き耳】スキルはあって、【聞き逃し】スキルはないのだろう?

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