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驚異的な戦果

 ボティウスを捕らえる前日。

 アルトらは、闇に紛れてアドリアニに入国。

 国境近くで野営していた兵士達に、気配を隠しながら次々と【情報操作】を行っていった。


『アヌトリア軍が攻めてきたぞ!』

『規模は1万!!』

『1000の遊撃兵が森に隠れてるぞ!!』


 そう叫ぶと、みな面白いようにどよめき、狼狽し、混乱した。

【気配遮断】で兵士達の影に隠れているため、近くで叫んでも兵士達はアルトの姿に気がつかなかった。


 それでも、偶々目に入ったのだろう。アルトらの姿を発見した兵は数名存在した。

 いくらアルトでも、姿を消せるわけではない。人目が多ければ多いほど、その存在が見つけられる可能性は高いのだ。


 だがその姿の露見も、彼らの動揺に拍車を掛けた。

 情報が錯綜し、一晩中彼らは見えない敵と戦うこととなった。


 1万しかいない兵を陽動し、アヌトリアへ再侵攻させようというアルトの目論見は見事成功を収めた。



 アドリアニのキャンプから逃げ出し、アヌトリア領内に入ったアルトは時間をかけて罠を作成。

 朝までに【グレイブ】を1万ほど設置。即時発動できるようスタンバイさせた。


 そして罠の前で待ち受けたアルトは、【情報操作】で敵兵を煽りながら【グレイブ】に誘導。かの軍を無血で壊滅させた。


 中途半端な勝利では、後から合流する11万の兵が国王奪還のためアヌトリアに進攻しないとも限らない。それでは戦争が長引いてしまう。

 戦争の早期終結のために、勝利は圧倒的であればあるほど良かった。


 だがいくら圧勝したところで、多くの血が流れればフォルセルス神がアヌトリアを悪と断定してしまうかもしれない。

 それでは戦争は終わらない。

 血を流せば、後ろに控えたミストル連邦の全国がアヌトリアに攻め入ってくるだろう。

 血を流さないことで、こちら側に正義があると思わせる。


 正義はこちらにある。

 アヌトリアには圧倒的な力があり、また相手を虐殺するようなことはしない。

 攻められれば守るが、攻められない限り牙は剥かない。

 それを知らしめ、決して反論させない。


 そのように印象づけるために、アルトの無謀な行動は必要だった。



 分隊長の天幕の中、椅子に腰を下ろしたフランは平民の前だというのに、情けなく頭を抱えていた。


『相手国の国王が領土侵犯したので捕まえました。てへ!』


 てへ! じゃないわ!

 いったいなんてことをしてくれたんだ!!


 確かにアドリアニ国王ボティウスの捕縛は、今後の作戦において最も重要な案件であったことは事実である。


 かの国はシュルトを破壊し、金品を略奪し、罪のない平民を手に掛けた極悪人である。

 ただじゃ済まさない。彼を思うとフランは腸が煮えくりかえりどうにかなってしまいそうだった。


 だが彼を捕まえるとなれば、かの軍をアヌトリアに引き入れなければいけない。

 祝賀会を開き部隊を整え、再侵攻してくるまでにおそらく2週間はかかるだろうと予測をしていた。


 その時には首都からドワーフ製の武具を装備した兵士達が駆けつけていたはず。

 兵を挙げて領土を侵犯した不逞の輩を撃破し、一気に国王の喉元に噛みつく。そういう算段だった。


 だがまさか、それをものの数日で行ってしまうとは……。


 ここまで反撃の段取りを付けてきた自分が馬鹿みたいだ!

 そういう気持ちもある。


 いや、その気持ちの割合の方が、フランにとっては大きかっただろう。

 なんせ彼女は分隊長であり、この場において最高指揮官だったのだから。


 アルトの所業が伝聞されれば、自分が無能という誹りを受けかねない。

 もちろんそれは完全な的外れだ。

 フランはここまで数万の難民を救済し、数少ない食糧を工面して増援が来るまでの態勢を整えていたのだから。


 それ以上のことなど、一体誰にできよう?

 つまりアルトの行動が、ずば抜けて異常なのだ。


「捕縛した兵が3000。うち将校が10。鹵獲した兵器が3台。そして国王と……」


 恐ろしいのはそれだけではない。

 もちろんだけでも馬鹿げた話だが、もっとも恐るべきは、捕虜にした兵が皆ほとんど無傷であったことだ。


 ため息を隠すように、フランは黒縁眼鏡を押し上げる。


「一体、何故兵を生け捕りにしたのだ?」

「何故って言われても……」


 フランの問いに、アルトが困惑を露わにした。

 反感でも萎縮でもなく、困惑。

 その様子が、フランを苛立たせた。


「ただでさえ食糧が厳しい中、捕虜を取るなど自殺行為だ。おまけに奴等は我々の国の住民を虐殺したんだぞ? 王のみを鹵獲して、あとは殺せば良かったのだ」

「…………」

「人を殺めるとどうなるか、きちっと皆に知らしめなければ、今後人を殺しても自分の命は助かると思い込む輩が出てくるに決まっている。

 他人を殺せば自分も死ぬ。目には目を。それこそが殺人行為に対する抑止力だ。だからこそ、虐殺を行った奴等は皆殺しにすべきなのだ。

 そうしないのは、貴様の偽善か? 国民を虐殺した輩でも五分の魂があると思っているのか? それとも犯罪者は更生させるものだとでも思っているのか? っはん! 幼稚だな。下らないお為ごかしだ!」


 何故自分はこうも怒っているのいだろう?

 口を開けば熱くなる頭の片隅で、フランはそのような思いを抱いた。


 もちろん彼に対して不満はある。

 彼はフランの号令なしに動いたことで、彼女の顔に泥を塗った。

 捕虜にしなくても良いものを捕虜した。

 おまけに、その後の問題はフランに丸投げ。


 腹立たしいには違いない。

 だがここまで腹を立てるものでもない。

 彼が挙げた功績を考えれば、逆に褒めるべきである。


 そう思っていても、心は止まらない。

 まるで暴走。

 誰かがフランの心を直接掴み、中からドロドロとした黒い液体を吐き出させているようだった。


「師匠」

「うん、リオン、お願い」

「ほいさ」


 溜まらず腰を上げたフランに、馬鹿そうな男が近づいて来る。

 その男は腰からハリセンを取り出し、目にも留まらぬ速度でフランの頭を殴りつけた。


 パシィィィン!!


 目が眩むような衝撃で、フランは体を硬直させた。

 ハリセンの速さ。音の大きさ。そして、衝撃。


 どれをとっても、自分の頭を破壊してあまりある攻撃だった。

 破裂を幻視したフランの頭は、しかし無事にその形を保っていた。


 衝撃が抜けきっても、まるで痛みは感じない。

 恐る恐る頭に触れてみるが、やはり頭は少しも変形していない。


 どうやらあれは、大きな音が鳴るだけの武器らしい。


 だがその音で、フランの感情は180度変化した。

 いままで全身に溢れていた黒々とした負の感情が、一切合切消え去っていたのだ。


 まるで寝台で泣きじゃくった次の日の朝のようだ。

 すっきりと晴れやかな気持ちだった。


「……すまない。取り乱した」

「いえ。ボクらも勝手に動きましたし、問題を丸投げにしてしまっているので、怒られても仕方ありませんから」

「あ、ああ……」


 平民に頭を打擲されたというのに、何故自分は怒らないのだろう?

 まったく、怒る気が沸き上がらない。


 それよりもフランは、助かった……という思いが強かった。

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