SUGEE
「これ俺TUEEってより、俺虐殺SUGEEじゃね?」
「虐殺はしてませから。人聞きの悪いことは言わないでください」
「さすがアルト。変態的所業を、平然とやってのける」
「いやいや、全然変態じゃないから!」
「あ、終わりが見えてきたぜ? そろそろYU☆SHA!の出番だな!」
「いえ。勇者はまだ後にとっておいてください」
「なんでだよ!? あれどう見てもラスボスだぜ? 極悪非道の面構えしてんだろ!!」
「誰が極悪非道だクソったれが!!」
王の前だというのに、場も弁えない平民がぎゃんぎゃん騒ぎ立てたせいで、既にボティウスは体中が怒りのマグマに汚染されていた。
男を切り刻み、跡形もなくしたあと、傍にいる女どもを犯して首を刎ねてまた何度も犯し続けてやる!!
怒りに沸騰した彼の頭はもう、この状況を冷静に捉えられない。
当たりの静けさ。誰1人声を上げない不自然さ。
冷静であれば、きっと彼は気付いただろう。
後ろに控えていた兵すらいない事に……。
「ええと、どうも、邪神の使徒アルトです」
「っけ。変態め」
「な、何故…………ボクはまだ何も言ってないのに!!」
「師匠、諦めろ。もう無理だって」
「ん。無駄な抵抗」
「ぐっ……ま、まだ希望は――」
「黙れ下郎ども!! 貴様等、よくも俺の軍をむちゃくちゃにしてくれたな!? この落とし前、付けさせてやる!!」
こいつらを捕らえ、一族郎党に至るまですべてとっ捕まえて最も惨い拷問にかけてから殺してやる。
己が考えつく残虐な方法を思いつく限り列挙し、内心でアルトに向けて憎悪と共に思念を飛ばす。
体の中からなにかが沸き上がりそうである。
そう、これは怒りの力だ。
怒りによる、支配者の全能感だ。
このまま奴を攻撃すれば、すべてを覆せるとさえ思える。
「……はぁ。このアホ、どうすんの?」
男の言葉でボティウスは更に加熱する。
「おいそこの脳足りん。貴様、俺が誰だか判らんのか?」
「誰だよ?」
「貴様ァ……ッ」
歯を食いしばると、奥歯がガリガリ削れていく。
その口の端から僅かに血がこぼれ落ちる。
あまりに強く噛みしめたせいで、有り余った頬肉の内側が削れてしまったのだ。
「貴様、俺はアドリアニ王! ボティウス・ウル・アドリアニだぞ!? そのような口の利き方、万死に値するわ!!」
「ボティウス・ウル? いやマジで誰だよ……」
「このクソガキが、ぶっ殺してやる!!」
「はあ、んでどうやって殺すんだ? さっきから口ばっかりだが、あんた、一歩もその場を動いてねぇな。もしかして、王様って口だけか? なら俺も王様だな!」
「なるほど、モブ男さんは口だけですもんね」
「ん、口だけ」
「ちょっと2人、オレ味方なのに、なんで口撃すんだよ!?」
この3名の存在が、ボティウスにはまるで信じられなかった。
何故こちらが吠えても、まったく畏怖しない?
何故脅しても怯えない?
何故平民のくせに、動けなくならないのだ?
まったく判らない。
おそらく、冷静であれば考えられただろう。
だが彼は冷静になどなれるはずもない。
いままで王と褒めそやされ、命令すれば必ずそれを聞き入れられてきた。
増大した自尊心が大いに傷つけられ、それをどう修復するか?
いま彼は、それしか考えられなかった。
この場で勝つ為にはどうするか?
この場を、完全勝利で飾るにはどうすべきか?
沸騰した頭で考えていると、憎たらしい巨乳女が一歩前に歩み出た。
「まだ気付いてないのか? アンタはもう、裸の王様だぞ?」
周りを見ろと視線で促され、ほんの少しだけボティウスは周りを見た。
そこには親衛隊だけでなく、直参の姿すらなかった。
彼らまで逃げ出したのか?
……いや、逃げだす音は聞こえなかった。
であればどうしたというのか?
……いやいや、そんなことは関係ない。
それよりも大事なのは、この場に自分1人しかいないという事実である。
「っふん。ここまで使えない奴等は初めてだ。後で全員の首を跳ねてやる」
「アンタなぁ……。こうなってんのに、なんで自分が死ぬって考えられねぇんだよ?」
「っくっくっく。さすが馬鹿代表。死ぬのは平民だけ。王が死ぬはずないだろ」
「う、うん? ……ゴメン、オレじゃ無理」
そう言って男が後ろに下がった。
「すごい。馬鹿代表が負けた!」
「この犬ころ! 誰が馬鹿代表だッ!?」
うぬぬ、と男が獣人娘を睨み付ける。
やっと一矢報いてやった。
噛みつく男を論破してやった!!
やはり馬鹿は馬鹿だ。
なにも理解していない。
僅かに気分が高揚してきたボティウスは、腕を組んでふんぞり返る。
「して、この場の落とし前をどう付ける?」
「そうですね。まずは、みんなにごめんなさいを言いましょうか」
「謝って済むと思ってんのか下郎が!! 大切な兵を消し去り、国に大きな損害を与えたのだ!! その命一つであがなえると思っているのか!?」
「そうかもしれませんけど、ひとまず謝ってみてはいかがでしょうか?」
「巫山戯るんじゃねぇ!!」
相手があまりに知恵が足りなくて話がかみ合わない。
そのことで、怒鳴ってもまだ有り余る怒りを足の裏に込めて地面で発散する。
おそらくいまだかつて、彼をここまで怒らせた人物はこの世に存在しないだろう。
何故ここまで彼が怒っているのか?
己の自尊心を傷付けられたから、国王の言葉に理解を示さないから、不遜だから。
いろいろ理由はある。
だが、彼自身気付いていない。
もっとも大きな理由は、恐怖である。
怒りの大本は恐怖である。
自由、生命、信仰、財産、地位、名誉。ありとあらゆる、己を形成するものの侵害は誰にとっても恐怖であり、故に怒りを表すことで守ろうとする。
怒りは生命にとって、最大の防御反応なのだ。
アルトは何故これほどボティウスが怒鳴っているのに、顔色一つ変えないのか?
困ったような顔をするが、その目には恐怖も、また叛逆の色もない。
この前の馬鹿男にはあった。
こちらが怒鳴れば怒鳴るほど、男も同じように瞳に憎悪が宿っていく。
しかしアルトにはなにも浮かばない。
あまりに空虚。
こちらがどれほど怒りを放とうと、その怒りは瞳の奥の虚空に消えていく。
そんな人間が果たしているだろうか?
教皇アシュトレイトでさえ、怒鳴るまでもなく不快感を示したというのに。
どんな仮面を被ったところで、目だけは決して隠せない。
だがアルトはどうだ?
無表情を装っているわけではない。常に多少の変化を続けている。
なのに、ちっとも怒りが表れない。
あれは本当に……人間なのか?
ボティウスは無意識のうちに、アルトに怯えていた。
だからこそ彼はまくし立てる。
己を構成するすべての要素を守るために。
「…………」
言葉が、出てこなかった。
ボティウスが、一国の王が、気づけば蛇に睨まれたカエルのように脂汗を浮かべている。
なんとかしなければ。
ボティウスが喉の奥から必死に言葉をひねり出すより早く、アルトが口を開いた。
「それじゃあ、もうよろしいですね?」
「あぁん!?」
その瞬間、突如目の前が真っ暗になり、ボティウスの意識が怒りもろとも消え去った。




