理不尽……
「離れ――」
声と同時に、アルトは直感で後方に離脱。リオンもマギカも退避する。
だがシズカだけは、その場で空を睨んでいた。
一体、なにが。
山の頂。その上。
空より、一筋の金色の光が舞い降りる。
まるで雲の合間から光が差し込んだように、シズカに光が降り注ぐ。
それはシズカを中心として、地面に円を描く。
……なんだこれは?
「神の御業」
尻尾を逆立てたマギカが、珍しく眉間に皺を寄せて呟いた。
その光には、確かに畏怖を感じさせる存在感がある。
円の半径はおおよそ3メートルほど。
それが徐々に、中心へ収束していく。
「シズカさん。そこにいると不味いと思いますけど」
「……もう出られへん」
「え?」
「光に触れると浄化されるから気ぃつけや?」
浄化?
何故、神が浄化を?
シズカの言葉が、まるで冗談のようにしか聞こえない。
だが彼女がおもむろに突き出した鉄扇が光に触れたとき、その先端が音もなく消失。
まるでそこからワープして別の空間に入り込むように先端が消えていく。
だが彼女が手を引くと、
「は――!?」
鉄扇は中半分から欠落していた。
リオンを全力で殴りつけても、一切欠けも歪みもしなかった、恐るべき硬度の鉄扇がいとも容易く……。
その衝撃的な光景に、アルトは言葉を失った。
「いつ来るか思うてたけど、あんたらが無事合格出来た後で良かったわ。敵さんはな、あんたらがごっつ邪魔で仕方ないねん。特にアルトはアカンのやろな。生きてるのに、死人みたいに存在感無かったやろ? そこまで手ぇ尽くして、敵さんはあんたらが世界に現われないことを願っとった。力を付けることを邪魔しとった」
「……なんで」
「なんで? そんなん、うちは敵さんやないからわからへんわ。ただな、ひとつだけ言えるんは――」
シズカは空を眺め、壮絶に笑う。
「ここまであからさまに手ぇ出してきたってことは、敵さんの尻にいよいよ火が付いたようやな」
火を付けたのは間違いない、アルトだ。
「流れは確実にウチらにある。せやから、アルト。あとは任せたで?」
「ちょ、ちょっと待ってくださ――」
「近づくなアホぅ!!」
アルトが1歩前に出た瞬間、シズカが怒声と共に殺気を放った。
気迫が体を直撃し、アルトは1歩後ずさる。
「この光に触れたら死ぬ言うたやろ! 戯けが!!」
「す、すみません……」
「これは敵さんの――やめやめ。はっきり言うわ。これは邪神の魔法や。ウチらを皆殺しにするつもりの魔法や。触れたら死ぬ。せやから、絶対触れるな」
「……はい。けどこのままじゃ」
光の円は少しずつ範囲を狭めている。いずれ、この円はシズカの体に接触するだろう。
そうなれば、シズカがどうなるか……。
「ええんや。ウチはもう十分生きた。きっと、ここで死ぬ運命やったんやろ? あんたらを鍛えた手前、アマノメヒト様もウチんこと咎めはせんやろ」
「…………」
シズカの顔は充足感に満ちあふれている。
本当に、彼女に未練はないのだろう。
だが、だからといってなにもせず黙っていられるはずがない。
アルトは前方にマナを集中させ、〈マナバースト〉を全力で放つ。
だが、
「…………っく」
光に触れた途端に、〈マナバースト〉は音も余韻もなく、光に触れた部分だけ消失した。
光に触れなかった部分も、マナ核の消滅により内側から外側に向けて、まるで風船が破裂するかのように広がり消えた。
魔術が触れた部分に、一切傷はない。光だから傷が入るのかどうか……。
でも兎に角、いろいろ出来ることを試すしかない。
アルトは続けざまに4属性魔術を展開。発動。
それらが光に触れ、あっという間に消失。
光の円はびくともしていない。
むしろ、あまりの無反応に恐怖が胸の中にせり上がってくる。
これは本当に、この世にあるものなんだろうか……。
「気持ちは嬉しいんやけど、無理やで」
「判ってます……」
判っている。
もうアルトには理解出来ている。
魔術でどうにか出来るものではないことに。
これが魔法。
概念相手に、下位の存在である魔術が太刀打ち出来るはずがない。
たとえばゲームでどれほど強力なキャラが居て、ゲーム内の誰もがそのキャラクタに勝てないとしても、システム画面でデリートボタンを押せば、簡単にキャラクタは消える。
つまるところそのキャラデリこそが、魔法の正体なのである。
もちろんこの世界はゲームとは違うが。概念そのものは、きっと同じだろう。
そのシステムを止めるためには、同じシステムの力をぶつけるしかない。
だが魔法は、アルトには使えない。
この場で使えるのはシズカのみ。それも名前を呼んで相手に言うことを聞かせるもので、光をどうにか出来るものではない。
……詰みか。
アルトの心を絶望が支配する。
また、壁だ。
壁にぶち当たった。
前回いいだけぶつかって、今回はそれを乗り越えられると思って、結局ぶつかっていま、その前で為す術なく藻掻いている。
藻掻いても藻掻いても、決してどうすることもできないもの。
彼女を救いたい。
……いや、違う。
アルトはシズカを救いたい気持ちはもちろんある。
だがそれ以上に、どうにもならないものの存在が、どうしても許せなかった。
遙かな高みから、絶対に反撃を受けない場所から、チートを使って攻撃するだけの薄汚いやり方が。
アルトは、到底許容出来なかった。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
人としての域を超えた魔力とマナで、アルトは魔術を1から10まで放つ。
己の知識にある魔術のすべてを、光にぶつける。
だが、それでも光は揺るがない。
……まだだ。
絶対に諦めない。
絶対に認めない!
マナを急激に使いすぎ、それでも無理を言わせたせいで、アルトの膝ががくっと折れる。
だがそれさえ意識が向かないほど、アルトは光の輪にのみ集中していた。
「師匠……」
「アルト」
己の最高の力を、最大の力で解き放つ。
撃て、撃て、撃て。
力尽きるまで、体燃え尽きるまで。
絶対に、そいつの思い通りになんて、させるもんか!!
光の輪が半分になり、もうすぐシズカの体に触れる。
「すまんな、アルト。本当の敵さんの正体やが……」
シズカが一度言葉を切り、胸に手を当てる。
まるで最後の言葉を紡ぐかのように、そして彼女は口を開き、
「その名は――あ? ――――ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
穴に落ちた。
「リオンさん、マギカ、通路に退避!」
「え、あ、はい」
「……うい」
訳が分からないという風に首を傾げながらも、2人はアルトの指示に従い全力で通路に移動する。
アルトも移動しながら、〈罠〉を操作。
更に〈ハック〉と〈滑る床〉を設置。
「――ぁぁぁぁぁあああああ!!」
アルトが通路にたどり付いたとき、丁度地面からスポンッ!とシズカが舞い上がった。
目の高さで止まったシズカを、アルトは抱きかかえる。
「穴はアカン……もう……アカン!!」
まるで生まれたての小動物のように震えるシズカを抱きかかえながら、アルトは光の輪を注視する。
それはだんだんと中心部に迫り、やがてパツン! と、まるでレーザー光線を打ち抜いたような衝撃で地面に土煙を立てて、跡形もなく消えた。
1分、2分立っても、空から再び光は現われない。
もう、大丈夫だろうか?
「いつまで抱きついとんねん」
「――グハッ!!」




