オレたちは普通に戦おうぜ!
ビローンと伸びきった体勢のまま、シズカが〈グレイブ〉に落ちていった。
「…………」
「…………」
「アッカーン!!」
その光景を眺め、リオンとマギカが体をぴたっと止める。
リオンは掲げた剣と盾をおろし、マギカは耳と尻尾をだらんと垂らした。
足下から、シズカの悲痛な叫び声が聞こえてくる。
「…………ええと」
「「…………」」
「アカンアカン! ここはアカン!!」
死者の如き2人の視線を受けて、アルトは額に冷たい汗を流す。
「…………落ちちゃいましたね」
「「……はぁ」」
「暗いよ、狭いよ、怖いよ……」
いや、まあいつものことだけどさ。
なんというか、ねえ?
言いたいことをオブラートに包みつつ、全力で投げつけるような雰囲気をビシビシ感じる。
「どうすんだよ、これ」
それは落ちたシズカか、あるいは粉々になった2人のやる気か……。
ひとまずアルトは穴の中からシズカを救い出す。
「ヒクッ……ヒクッ……」
助け出したシズカは、膝を抱えて嗚咽を漏らしている。
どうやら彼女は暗くて狭い場所が苦手なようだ。
「お、女の子を泣かすなんて、サイテーや!」
「…………子?」
「なんやぼけぇ!? やるんか?!」
いきなりぐわっと立ち上がったシズカが涙もそのままに、アルトに噛みつかんばかりの勢いでがなりたてた。
「いまのはナシやナシ! ウチはまだ本気出してへんから、小手調べやったから!!」
ゴシゴシゴシゴシ。
シズカは大急ぎで腕で目元を拭う。
「……早速やけど、あんたらの全力、見せてもらうで?」
「あ、やり直した」
「なんやねん! アルトのボケェ! せっかくウチが格好良く決めるところやったんに! 台無しやん! どないしてくれるんや!」
がんがんと足で地面をスタンプする。
まだ目が潤んでいるので、まるで子どもが思うとおりにならず地団駄踏んでいるようにしか見えない。
決して彼女は子どもではない。子どもにはまるで見えない。
育つべき場所は育っている。
それが足を踏む度に……眼福眼福。
「とりあえず、もう一度や。……ただ、アルトはナシ。もうええわ。あんたは合格」
シズカが手をひらひらさせて、アルトの戦闘を禁止する。
「合格って。僕、まだ戦ってませんけど?」
「アカンったらアカン! もう一度あの穴に落とされたら……いや、ちゃうで? 全然平気やからな!?」
彼女はよほど〈グレイブ〉が怖いらしい。
余裕の表情を浮かべてはいるが、顔はかなり青い。
「シズカさんと手合わせをしないと、実力が――」
「そん技がウチに効いたことが、合格の理由や。それ以上、説明はいるか?」
「…………」
彼女の言葉に、アルトは素直に関心した。
たった一瞬で、アルトが使うスキルがどういうものか? それを彼女は見抜いたのだろう。
〈罠〉はレベル差があっては発動しない。
それが通じるということは、シズカまでのレベルの敵は問答無用で〈罠〉に掛けられるということを意味している。
そして、『効いたことが合格の理由』。
シズカを〈グレイブ〉に落とせるのであれば、今後それが通じない敵はいないだろう。そう彼女は言っているのだ。
つまり、彼女はフォルテルニアにおいて最高レベルである。
その自負が、彼女にはあるのだ。
「……わかりました」
完全に不意打ちだったが、不意打ちも戦略。
そう割り切ってアルトは潔く身を引いた。
あとはリオンとマギカ。
この2人なら、大丈夫だろう。
もともとある力を存分に発揮できればの話だが……。
「ほな、普通の人は普通らしく戦うで?」
「そうだな! オレ達、普通の人だから」
「ん。普通の人は、普通に戦う」
ちょっと待って?
3人してなんでそんなに普通を強調してるの!?
壁に背中を預けながらも、居心地が悪くなって座ったり立ったりを繰り返す。
そうだ。折角だから観戦のついでにスキルの熟練上げを行おう。
ただ見てるだけじゃ時間がもったいないしね。
「ほら始まった」
「はぁ」
「あれはアカン奴やな」
〈跳躍〉しながら〈ハック〉で木の葉のようにひらひら落ちてくるアルトを見ながら、3人は大きくため息を吐き出した。
「それじゃ、行くぜ!」
声を上げて、リオンがシズカに斬りかかる。
〈長剣〉の熟練の低いリオンでは、当然シズカに攻撃が掠りもしない。
だが、それで良い。
軽く〈回避〉したシズカが、リオンに手刀を振り下ろす。
リオンは盾を構え、手刀に備える。
しかし手刀は盾を〈回避〉。
リオンの手首に叩きつけられる。
――が、その前に、
「てぇぇぇいっ!!」
気合いの声と共に、リオンが僅かに腕を動かした。
たった数センチのズレ。
だがその僅かなズレで、シズカの手刀が盾の先端にひっかかった。
それはシズカと戦ううちに思いついたスキル。
〈立ち向かう盾〉
リオンはこれまであらゆる攻撃を受け続けた。所謂被弾マイスター。
あらゆる攻撃を受けて鍛えた被弾への直感で、シズカの直前で変化する攻撃に対処しようとした。
攻撃する相手の気持ちになり――己の隙を見極める。
そして、その隙に自らの盾を差し込むのだ。
そのズラしの習得が最も難航を極めた。
スキルが開花したのは偶然。
おそらく善魔との戦いで、盾は受けきるものではなく、受け流すものだということを学ばなければ、このスキルは覚えられなかっただろう。
今ならば、手元で50センチ下がるフォークボールだって芯で捕らえることが出来るだろう。
もちろん、バットではなく盾でだが。
「ん?」
反射ダメージを最小限に抑えたシズカが、僅かに眉を動かした。
その後ろから、マギカが〈連撃〉を浴びせかける。
だが、マギカの殺気に気づいたシズカは、素早く足を動かし反転。
鉄扇でマギカの拳を迎撃する。
だが、
「勇者から目を離すと怪我するぜ?」




