次の目的地は?
目の前にはどこまでも続く空と海。
足下には白い砂浜。
反対側には碧々とそびえ立つ山が見える。
バカンスで訪れたのであればとても素晴らしい場所であろう。
「なんでこんな所にいるんだろう……」
アルトは大海原を眺めながら、頭を抱えた。
途方に暮れる数日前のことだ。
宿の部屋に、マギカが現われた。
久しぶりの再開に心が歓喜の声を上げるが、同時になんとも言えぬ緊張感が沸き上がる。
ついに来てしまったか。
彼女が来たということは、おそらくハンナのことでなにか進展があったのだろう。
不安と緊張と、そこにほんの少しの期待が混じる。
「マギカ。ハンナは――」
「大丈夫」
アルトが言い終えるより早くマギカは頷いた。
たったそれだけで、胸を締め付ける力が弱まった。
「ハンナは、生きてる。神の力に守られてるから、誰もハンナを殺せない」
「神の力?」
「人間じゃ、手を出せない」
人間の意思じゃハンナは殺せないと。
「ハンナがどこにいるかは判るんだよね?」
「ん」
「すぐに助けに行こう!」
「無理。善魔がいっぱい」
マギカの言葉でアルトの体の芯がすぅっと冷えていく。
善魔が立ち塞がるということは、ある神はハンナを殺したがっているということだ。
逆に、ある神は彼女を守ってくれている。
事態はもはや人間の手を離れ、神々の戦いにまで発展してしまっているということだ。
(でも、なんでハンナの命にここまで神が介入しているんだ……?)
考えられる可能性は一つ。
彼女が持つ、英雄に連なる称号のせいだ。
「……」
「慌てなくていい。最低で1年、最大で2年は神の力が持続する」
「えっ――」
アルトは絶句する。
1年から2年……。
神々の戦いの中に突っ込んで行くのであれば、1年2年の特訓では全然足りない。
最低でも、五年は欲しい。
だが、状況はアルトを待ってくれない。
「……ハンナの居場所は?」
「セレネ皇国」
そこまで掴めているということは、おそらくマギカも自分で対処しようと考えたはずだ。
だが、出来なかった。
「……ひと聞くけど、マギカにとってハンナはどういう存在?」
「信じる神が使わした英雄。一番大事」
その答えを聞いてほっとする。
マギカにとってハンナが最も大切な相手であれば、アルトと同じだ。
それならば今後、どのような道を歩んだところで、決して折れることがない。
ただ、リオンは違う。
彼は、勇者として強くなるためにアルトに付いて来ている。
ハンナを助けに行くっとなると、これまでとは比べものにならないほど危険な目に遭うだろう。
(そこに、巻き込むわけにはいかないよな……)
ふと、アルトは振り返る。
部屋の片隅で、リオンが腕を組んでこちらを見ている。その瞳には力強い意思が灯っていた。
「リオンさ――」
「ストップ! 師匠、『着いてくんな』なんて、さみしいこと言うんじゃねえぞ? 俺の腹は元から決まってんだ」
「リオンさん……」
「俺も一緒に行くぜ!」
「あ、いえ、一体いつ僕の部屋に忍び込んだんですか?」
「俺は勇者だ、気にすんな」
「いやいやいや……」
人の部屋に勝手に入るのはマナー違反である。
まったく、いつどのタイミングで部屋に忍び込んだのやら。
「……危険な目に遭いますよ」
「勇者の道には危険がつきものだ。今更、危険が増えたところでたいしたことねぇよ」
「死ぬかもしれません」
「死なねえよ。だって、勇者の俺と、それに師匠がいるだろ。それによぉ――」
リオンは決意を示す表情から一転してアルトを睨み付ける。
「ハンナは俺にとっても、大切な友達なんだよ」
そう言われてしまうとアルトは手を上げるしかない。
アルトもハンナは、大切な〝友達〟だ。
大切な友達のために命を賭ける馬鹿な奴に、馬鹿が返す言葉などないのだ。
「……わかりました。じゃあ目標を定めましょう」
「2年でハンナを取り戻す力を身につけるんだな?」
「ええ。ただ、出来ればこの先1年を目処にレベルを99まで引き上げます」
「1年!? アンタ馬鹿!? 1年なんて無理だよ無理!!」
アルトに散々鍛えられたからか、1年でレベル99がどれほど無茶なことか、リオンにも理解出来るようだ。
アルトだって、無茶なことだとは思う。
だが、次の相手は神、あるいは神の手先だ。
無茶を通さなければ、同じ土俵に上がることさえ出来ない。
「どうやって、レベルを上げる?」
興味深そうにマギカがアルトの瞳の奥を覗き込む。
おそらく彼女は、アルトの知恵を借りに来たのだろう。
何故アルトならば問題をクリアできると考えたのか、その理由は判らない。
おそらくキノトグリスからユーフォニアに至るまでのあいだに、感じるところがあったのかもしれない。
アルトからすればマギカの方が強くて、いろいろな知恵もあると思っているのだが……。
「これからすぐにでも日那州国に向かいます」
「日那州国って、日本ぽいところだよな?」
「にほん……?」
リオンの口から、わからない単語が飛び出した。
おそらく、彼が前に生きていた世界にある、国の名前だろうことはわかる。
「にほん、がどういうところか知りませんが、たぶん合ってます。たぶん」
「んで、その日那州国に行ってどうすんだ?」
「そこにある、フォルテルニア最悪の迷宮でレベリングします」




