最強の背を、追ったもの
ヴェルは実に恐るべき相手だった。
まず敏捷が恐ろしく高い。
そのせいで、攻撃がほとんど当たらない。
こちらは相手の攻撃を回避するだけで精一杯だ。
(さて、どうやってヴェルを倒せばいいか……)
ヴェルから逃げるふりをして、アルトは街に〈工作〉を仕掛けて回る。
すぐに発動すればオリアスのように、1つ1つ潰されて行くだけだろう。
だからまだ発動はしない。
100個仕掛けて1つ使えればいいというくらいの気持ちで、いくつもの〈工作〉を仕掛けながら、アルトはヴェルを袋小路までおびき寄せた。
そして、《マイン》を発動。下から彼女を空中へ吹き飛ばし、空中で《ハック》を展開。地面にたたき落とした。
それは、通常の人間ならばまず間違いなく気絶はするだろう。
手加減一切なしの攻撃だった。
だが、彼女は平然として立ち上がった。
……いや、平然としているが足と腕が妙な方向に曲がっている。
(まさか、苦痛耐性がMAXなのか……?)
アルトが見守る中、ヴェルが手の平にマナを集めた。
「――治癒魔術!?」
生粋のアサシンのようなヴェルが、〈治癒魔術〉まで使うとは予想もしていなかった。
〈短剣〉の技術は高いし、プラスして〈治癒魔術〉も使えるとは。
さすがは12将、とんでもない人達ばかりだ。
アルトは、敵ではあるがヴェルを尊敬した。
ガミジンと同じように。
いままで見たことのない戦い方を見せてくれたことに、強い感謝の念を抱いた。
そして相手の誇りと尊厳を、決して穢さないように、全力で立ち向かう決意を固める。
アルトは一度力を抜いて、深呼吸をする。
その間に、魔術での治療が終了したのだろう。ヴェルは腰を深く落とした。
「それじゃいくよー。せーの!」
踏み込むと同時にアルトの目から彼女が消失した。
やはり、見えない。
全方位に〈気配察知〉を向けていたが、素早すぎて捕らえきれない。
彼女の短剣がアルトに迫る。
そのとき、
アルトの目の前で水が地面から吹き上がった。
「ぐぇ!?」
いままさに攻撃しようと突進してきたヴェルが、水柱の中に突っ込んだ。
〈水魔術〉を付与した《マイン》が発動したのだ。
ドゥッパーン! と腹から川にダイブするような音が鳴り響く。
だがそれでも彼女は止まらずにアルトに短剣を伸ばす。
しかし、たったそれだけで、回避する時間が稼げた。
水柱をものともしないヴェルの攻撃を、アルトは寸前で回避。
体を入れ替え、離脱。
一瞬で、2人の位置が入れ替わった。
今度はヴェルが壁際だ。
壁際ではあるが、瀬戸際ではない。
彼女は水を滴らせながらも、笑っている。
まるで、こうなることを予測していたかのように。
あるいはこうなることを予測出来なかったからか……。
アルトはすぐさまガミジン式魔術攻性防壁を発動。
周囲10mに100の小さな光弾を浮かべる。
それぞれ当たれば致命傷にはならないが、タダでは済まない威力がある。
それを一瞬で理解したのだろう。ヴェルは口角を思い切りつり上げ、ちらり真っ赤な舌で軽く下唇を湿らせた。
――突破できるものならやってみろ。
――良い度胸だねー。
無言の会話。
刹那。ヴェルが突っ込んできた。
それを見て、アルトは光弾を縦横無尽に動かす。
彼女は一旦足を止め、突如短剣を振り抜いた。
放たれた異常な殺気に気づき、アルトは慌てて回避。
直後、眼前を剣圧が通り抜けた。
「……危なかった」
アルトの背中に冷たい汗が流れ落ちる。
攻性防壁を解除し、アルトは地面を蹴る。
右に逃げようとするもヴェルが殺気を飛ばしてきた。
(こっちに来る? それともフェイント?)
瞬時に判断し、逆へ向かう。
ほぼ同時にヴェルが殺気が向かった場所に短剣を滑らせていた。
1瞬1瞬が気を抜けない。
間違えたら最後、命が消える。
集中力が限界を超え、1秒が永遠に引き延ばされる。
それでもヴェルの動きが霞む。
アルトはヴェルに魔術を当てられない。
ファイアウォールのように広範囲を攻撃する魔術ならば当たるかもしれないが、マナを練る時間がない。
それにそのような魔術を放てば、街を破壊してしまう。
だから、出来ない。
「また、おにーちゃんをおいつめたよー!」
ヴェルが歌うように鼻を鳴らした。
たしかに彼女の言う通り、アルトの背中には硬い壁の感触が伝わっている。
もうこれ以上後ろに下がれない。
「……もしかして、もーおわり?」
アルトはじっと息を潜め、そのときを待つ。
どこか子どもっぽい行動はあるが、その言動とは裏腹に能力がずば抜けている。おそらく彼女にアルトの〈工作〉スキルを見せれば見せるほど、どんどん対処してしまうだろう。
だから、次が最後だ。
次の一撃で、彼女が倒れればアルトの勝利。
彼女を倒せなければ、アルトの負けである。
その意気が伝わったのか。
ヴェルの瞳が鋭く細められた。
「おもしろかったよ。ばいばい、おにーちゃん」




