危機的状況
「あなたは……何者ですか?」
「ぼくはヴェル・ファーレン。きょーこーちょー……ええと、なんだっけ?」
「……教皇庁指定危険因子?」
「そう、それ! ――の四番目。よくしってるねー」
……まずい。
アルトのこめかみからつぅ、と油汗がしたたり落ちる。
危険因子のナンバーは、世界に与える危険度のレベルを現している。
数字が小さければより危険であり、大きければ比較的安全になる。
(ヴェル・ファーレンの名前は、前世でも聞いたことがあったけど……)
だがまさか、子どものような見た目だとは思いも寄らなかった。
しかし侮るなかれ。
先ほどから彼女の様子をうかがっているが、一向に隙が見つからない。
彼女の攻撃を仕掛けた瞬間、どのようなものでも即座に反応し、反撃される未来しか予想できない。
「さすが、ユーフォニア12将だ」
「あれれ、それも知ってたんだー?」
ヴェルが笑みを浮かべた。
まるで『じゃあ説明はなしで、はやく殺りあおう?』とでも言わんばかりに嗜虐的な表情だ。
フォルテミス教が国家宗教であるユーフォニアが、国家最高武力である12将に危険因子を据えるなど、矛盾しているように感じられる。
だが、ガミジンが12将であったことからわかるように、ユーフォニア王国は『使える者は使う国』だ。
ヴェルはその実力の高さから、12将に任命された。
それも――中でも実力の高い者のみにしか与えられない聖字――〝墜聖〟の座が与えられている。
12将で随一の戦闘狂という噂だ。
戦闘力はガミジンやオリアスと同等か、それ以上であると推測できる。
「それで、あなたがどうしてこの街に?」
「おにーちゃんをとらえにきたんだー。それじゃあ――殺ろう?」
次の瞬間、僅かな殺気。
アルトは即座に反応。
短剣を引き抜き、構える。
それとほぼ同時に、短剣に衝撃。
ぶつかった力に抵抗せず、アルトは地面を蹴った。
アルトが先ほどまで立ってた位置に、ヴェルが短剣を振り抜いた姿勢で佇んでいた。
(まったく、見えなかった……!)
油断していたわけではない。いつでも動けるように警戒していた。
けれど、それでもぎりぎりだった。
もし反応がコンマ1秒でも遅れていれば、今頃アルトの首は胴から離脱していたに違いない。
「あれぇー?」
心臓が冷たい血液を送る中、ヴェルはまるで鞄に入れたおやつがどこを探しても見つからないというような表情をする。
きっと彼女は1撃で仕留めるつもりだったのだろう。
敏捷力は、マギカレベルはあるか。
力も申し分ない。熟練も高い。
アルトが確実に勝っているのは、おそらく魔力のみ。
でもそれでどうなる?
あの敏捷性を持つ相手に、魔術を当てられる技量などアルトにはない。
(どうする……)
考えているアルトを余所に、ヴェルがオリアスに話しかけた。
「オリアス、やっちゃってー」
「――ッ!?」
ヴェルの言葉と同時に、オリアスがアルトめがけて突進してきた。
相変わらず反応が乏しい。表情は虚ろなのに、その突進は人をミンチにしてあまりある勢いがあった。
「くっ!」
オリアスの突進をギリギリで回避。
以前と比べると、彼の雰囲気が明らかにおかしい。
(まさか、操られているのか?)
そうであるなら、あまりオリアスには攻撃をしたくない。
だが――。
「――くッ!!」
オリアスの拳がアルトの懐を掠める。
拳が即座に反転し、脇腹に迫る。
それをギリギリ回避する。
「戦いたくないなんて、言ってる余裕はない、か……」
距離を開けた分だけ、オリアスが距離を詰めてきた。
次から次へと攻撃が襲う。
「……くっ!」
攻撃が重い。
掠っただけでも脳が揺れる。
(回避しているだけじゃダメだ)
咄嗟にアルトは罠を展開。オリアスの足下に《グレイブ》を設置した。
それに、オリアスの足がはまった。
だが、それも一瞬のこと。
彼が地面をひと踏みすると、ガラスが割れるような音とともに《グレイブ》が破られた。
「そんな!」
以前は《落とし穴》で長時間足止め出来たのに。
――いや、前回のアレは単純に、オリアスがこちらの攻撃をすべて〝受け入れる〟意志があったから、成功したものだ。
つまり、スキルを潰そうと思えばいつでも潰せる実力があったということだ。
これが体聖。
聖の字を頂く将の力は伊達ではない。
おまけに、オリアスには宝具がある。
現状は、ぎりぎり均衡を保てている。しかし中途半端に攻撃すれば――オリアスの宝具は自身のダメージ量に応じて、肉体を強化する――こちらが不利になる。
(一体どうしたらいいんだ……!?)
必死に頭を働かせながら、オリアスの攻撃を躱していく。
「オリアスさん! 僕です。アルトです。わかりますか?」
「…………」
話しかけるが、オリアスの呼吸以外聞こえない。
目は常にアルトを見据え、体は常にアルトを追っている。
そこには殺意はなく、敵意もない。
だから余計に彼の存在が〈危機察知〉で捕らえにくい。
「むー。おもしろくなーい。から、ちょいっとてだすけー」
「ッ!?」
真後ろから、ヴェルの声が聞こえた。
常に警戒はしていたが、こちらの感覚をあっさりすり抜けられてしまった。
〈危機察知〉が反応。
アルトは咄嗟に地面に倒れ込む。
その直後に、頭の上をナイフが通り過ぎた。
もし少しでも反応が遅れていれば、今頃アルトの後頭部にナイフが突き刺さっていたに違いない。
(危なかった)
ほっと息を吐いた、次の瞬間だった。
オリアスの姿が霞んだ。




