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情報操作

 どれもこれも、ケツァム国の法に乗っ取った書類だった。

 抜け一つない。イノハの首長の印もある。


 この書類が金庫に入っているということは、ケチャが知るより前に、何者かが金庫を開いたということだ。


 現在金庫を開けられるのは、ケチャと秘書だけだ。


「あいつ……」


 理解すると同時に煮えたぎるような憎悪が吹き上がった。


「散々ワシが育てて、給料だって大金を恵んでやってきたのに、その恩を忘れて裏切るとは!! ぶち殺してやる!!」

「秘書は多くの責任を負っているのに、ひと月に銀貨20枚しか貰っていなかったようですわね。

 ひと月に金貨10枚ももらっている貴方が、銀貨20枚が大金とは面白いことをおっしゃいますわね」

「し、知りませんよ。ワシはひと月に銀貨40枚しか頂いておりません」

「なにをおっしゃいますの。表帳簿と裏帳簿の誤差を見れば、貴方が懐に入れた金額の概算が出ますのよ?

 表と裏の差額は年間金貨約1万枚。その中からワイロ代を除くと、丁度金貨120枚となるんですの。これが意味するところは、商人であるゼニスキード様ならばおわかり頂けますわよね?」


 ゼニスの額は既におびただしい油汗が吹き出していた。

 表情はもはや彼の手では操れぬほど歪んでしまっている。


 彼女の言う通り、裏帳簿を見れば大体どこにどんなお金が流れたのかが判ってしまう。最終的に残った数字。使途不明金を、ケチャは自らの懐に入れていたのだ。


 この帳簿が表に出て、さらに店の権利書まで奪われたとなると、この事態にケチャはもはや手も足も出せない。


 それが判っていながらも、ゼニスは足掻くことを辞めない。

 これは自分が生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。

 溺れたからといって、黙って沈むような奴はいない。


「ワシが一体何をしたというのだ! ワシは国の迷宮探索の事業効率を上げ、収益を上げ、店を拡大しただけ。むしろこの経営手腕は褒めてしかるべしではないか!!」


「人を奴隷の様に扱い、本来与えるべき給与を削減して得たお金が、利益ですの? 顧客から利益を得るのではなく、従業員から給与を奪い、それを利益だと言い張るのはさすがに無理がありませんこと?

 お店を拡大できたのも、浮いたお金にものを言わせてワイロをばら撒いたから。それは、決して経営手腕などというものではありませんわ」


「その何がいけない?! 実際、数字は上がったんだ! 迷宮探索の収益は上がったんだ! 何故貴様に批判されねばならんのだ!?」


「その経営方針が、自己中心的だからですわ。賃金を下げたことで、冒険者がイノハから撤退。さらに労働者を格安で大量に雇うことで、街全体の生活水準が低下しましたわ。

 冒険者がいなくなり、平民の生活水準が低下したことで、街に流通する貨幣が減少。そのせいで、イノハの経済が著しく低迷していますの。

 宿・武具・食・薬・露店など、ここ数年で大幅に収益を減らしていますのよ。それではいずれ、イノハは破滅してしまいますわ」


「滅ぶのであれば滅べば良い!! それが競争の原理というものだ! 経営者が有能であれば生き、無能であれば滅ぶ。それだけだ!」

「はぁ。わたくしとゼニスキー様は、絶望的にお話が合いませんのね」

「……出て行け。今すぐ出て行け!! ここはワシの店だ! ワシが作ったんだ! 誰にも渡さん!!」


 大声を上げて机にしがみつく。

 そんなケチャを見て、シトリーは苛立ちを露わにした。


 本当に、こんな奴が何故イノハでのさばっていたのだろう?


「シトリー・ジャスティスの名において、ゼニスキード・ケチャを断罪いたしますわ。衛兵が来る前に、自らの足でこの店を出てお行きなさい。それがせめてもの情けですわ」


 シトリーがそう宣言してもなお、ゼニスは決してその場から離れようとはせず、結局衛兵に連れて行かれることとなった。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



『わたくしの願いは、イノハを救うこと。そのために、力を貸していただけませんか?』


 シトリーの願いを聞いたアルトは、迷わず首を縦に振った。


 どうやら彼女はアルトが迷宮に潜っているあいだに、イノハを救う下準備を進めていたらしい。


 しかし、彼女に出来たのはあくまで情報収集のみ。

 イノハを救うには、まだまだ足りないものがある。


 ――権力だ。


 人を動かすだけの権力が、圧倒的に足りていない。

 シトリーはユーフォニアでは公爵令嬢だが、イノハではただの人なのだ。


 しかしアルトに妙案があった。


 一人で街中を散策し、とある場所に石を3つ置く。

 石がなくなれば面会承諾の印だ。


 翌日になって石がないのを確認し、とある人物から教わった居酒屋に足を運んだ。


「山」

「川」


 合い言葉を告げると、すぐさま店の奥へ通される。

 奥で待っていたのは、アヌトリア帝国の息がかかった密偵だ。


『必要な時は、自由に使っていいぞ』


 密偵との面会方法を、アヌトリア帝国皇帝のテミスから教わっていた。

 彼が予想した事態とは関係ないかもしれないが、せっかくの機会だ。

 アルトはアヌトリアの密偵に協力を依頼した。


 やることは簡単。

 密偵と力を合わせ、迷宮で起ったことを物語にして街中に流布する――情報工作だ。


 シトリーを救世主に仕立て上げ、民衆が声を上げやすい機運を作っていく。


 作り上げた物語と現実の労働環境への不満が重なったり、アルトらが放った物語は瞬く間に広がっていった。


 昼は店を巡り、夜には酒場を転々とする。

 様々な情報を寝る間も惜しんでばらまいた。


 アルトがそこまで精力的に情報工作を行ったのは、シトリーの願いを叶えるためだけではない。

 彼女の願いが、アルトの心にトゲのように突き刺さったからだ。


『どうしても助けたい人たちがいるんですの』

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