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商人の力の源

 少し前に迷宮から運ばれて来た魔石を、ゼニスは一つ一つ、時間を掛けて鑑定する。

 1袋に千は入っているか。それが10袋もある。

 いままでこれほど多くの魔石が運ばれて来たことなど無かった。しかも品質もずば抜けて高い。


 これを上手く販売すれば、おそらく金貨100枚は下らないだろう。

 たった1ヶ月の間に採取された魔石で、2~3ヶ月分の売り上げが確保出来るのである。


「なんと素晴らしい!!」


 これでまた、2つある帳簿の数字が、嬉しい乖離を見せるだろう。


 魔石を数えているとき、扉を小さく叩く音が聞こえてゼニスは怒りに眉を動かした。

 私の楽しみを邪魔する者は一体どこの輩だ?


「失礼いたします」

「…………おお」


 扉から現われた女性を目にし、ゼニスは思わず声を上げた。

 金髪の巻髪に透き通るような白い肌。輝く青色の瞳。

 イノハ中を見渡しても、これほどの美女は他にはいない。


 しかし、その顔にはまったく覚えがない。


(この美女は一体、どこの誰だ?)


 腰に据えた細剣や全身鎧は、ちらり見ただけでも平民では決して手の届かない高級品であることが判る。

 焔の色から察するに、もしかするとドラゴンの素材から仕立てた武具かもしれない。

 それを装備しているということは、彼女はどこかの名門貴族の令嬢だということだ。


「お初にお目に掛かります。わたくしはシトリー・ジャスティス。ユーフォニア王国公爵家の1人でございます」

「なんと、公爵様!」


 ゼニスの血が一瞬にして沸き立った。


 ケツァム中立国は、商人ギルドが作り上げた。

 比較的新しい国であるため、他の国のような歴史や権威がない。

 これが唯一ケツァムが抱える悩みであり、強烈な劣等感だった。


 その反動で、ケツァムの商人は多かれ少なかれ貴族に憧れている面がある。

 もちろんケチャもその1人である。


(こいつに取り入れば、いつかワシも爵位が手に入るかもしれない……!)


 ゼニスキードは手を揉みながら相手の機嫌を伺う。


「これはこれは公爵家のご令嬢様が、一体私めになんの御用でしょうか?」

「実は、イノハで良くない噂が耳に入りましたの」

「ほぅ、それは一体どのような?」

「はい。とある商人が労働者を搾取しているというものです。労働に見合った対価を渡さず、それすら己の懐にしまい込むような商人のお話ですわ」

「なんて非道な!!」

「その商人の元で働いていた労働者の1人が、あまりに過酷な労働に耐えきれず自殺してしまったんですの」


 まるで寒さを感じたように、シトリーが己の体を抱きしめる。


「それはいけませんなぁ……。早くなんとかしないと」


 ゼニスは手もみをしながら、会話の中でシトリーへと歩みよっていく。ここで親身になり彼女の苦悩を取り除けば、今後彼は公爵家と太いパイプで繋がれるだろう。

 さらに恩を売れば、爵位を手に入れられるかもしれない。


 そのようなことを考えていたせいで、ケチャは次の言葉への反応が遅れた。


「ここに2冊の書類の束がございます。これを見て頂ければ誰が悪人であるか一目瞭然ですわ」

「なるほどなるほど。この束の持ち主は……」


 書類を手にして、ゼニスは凍り付く。

 それらはゼニスが付けている帳簿だった。

 1冊目が税金対策用の表帳簿。2冊目が秘密の裏帳簿である。


 口の中の水分が一瞬にして干上がる。

 それなのに背中からは凄まじい勢いで汗が噴き出している。


「こ、これは……」

「ゼニスキード様の商店の帳簿のようですわね。これにお心当たりは?」

「し、知りませんねぇ。これは、偽物でしょう」

「そうですのね。折角ゼニスキード様の秘書から頂いたものだというのに、偽物を掴まされるなんて、わたくしの目は節穴でしたわ」


 秘書という言葉を口にした瞬間、危うくゼニスの作り笑みが崩壊するところだった。

 それを、商談で鍛え抜いた表情筋で耐え凌ぐ。


「ご、誤解だと理解していただけたようでなにより。うちの秘書が大変ご迷惑をおかけいたしました。このお詫びはいずれ必ず」

「いえいえ。お詫びの品は既に受け取っておりますので結構ですわ」

「……ええと? ワシはなにも渡しておりませんが?」

「いいえ」


 彼女はゆったりと首を振り、優雅でありながら、どこか意地悪な笑みを浮かべた。


「立派なお店を頂きましたわ」


 彼女の言葉で、ゼニスがはっと息を呑んだ。


(いやまさか、そんなはずがない!)


 慌てて表情を繕うも、既に笑みはぎこちない。


「ゼニスキー様は、大変お金と魔石がお好きなようですわね。特にここ数週間は魔石の鑑定に熱中されておいでのようで。それこそ、お店の名義をすべて書き換えられても気づかないほどに――」

「馬鹿な!!」


 ゼニスが大声を発し、慌てて部屋にある金庫まで走った。

 数字盤を回し金庫を開いて中から書類を取り出し、すべてに目を通す。


 その書類は、店の権利書である。

 商人にとっての権力そのものと言っていい書類の名義欄に、しかしゼニスの名前はない。

 すべてシトリー・ジャスティスと書かれていた。


「そんな……!」

ゼニスキー・ド・ケチャ=銭好き、ドケチや

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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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