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裏で蠢く権力者

「その女から金目の物を全部搾り取ってやれ!」


 遠くで戦いを見守っていたリオンが、下品な笑みを浮かべながら近づいて来た。

 

「勇者にあるまじき発言ですね」

「箪笥の中からツボの底まで、勇者ってのは、貰えるもんは全部頂くもんなんだよ!」

「一体どこの勇者ですかそれは……」


 二人の勇者の認識には大きな乖離があるようだ。

 リオンが暮らしていた世界の勇者とは、一体どれほどの悪党だったのやら……。


「んで、師匠。本当になにもいらないのか?」

「はい。特に欲しいものはないですし」

「では、こういたしませんこと? この勝負については、わたくしへの貸し1つということで」

「ああ、それは良いですね!」


 いま現在、シトリーに望むことはない。

 だがいつか、もしかしたらアルトではどうしようもなくなる事態が発生したとき。

 公爵家の肩書きを持ち、格も階位も高いシトリーの力が必要になるかもしれない。


 もちろんそんな事態を、いまは想像さえ出来ないが。

 ハンナを捕らえた相手が誰かも判らないいま、最大限の備えは重要だ。


「では、シトリーさんに貸しひとつということでお願いします」

「シトリー・ジャスティスの名に近い、決して約束を違えぬことを誓いますわ」


 そう言って、彼女は腰に下げた宝具に手を当てて目を閉じた。


「ではアルト。次はわたくしの願いを聞いて頂けますか?」

「……は?」

「貴族の決闘の規則では、敗者にも褒美が与えられるんですのよ?」

「聞いてませんけど!?」


 この流れは、マズイ。

 アルトは額に汗を浮かべる。まるで干潟で寝過ごして潮に逃げ道を塞がれたような気分だ。


「……さっきの貸し1つで相殺ということで」

「出来ませんわね。それぞれの願いを打ち消せば、そもそも決闘が無かったことになりますわ。ですので規則で禁じられておりますの」

  「うわっシトリー、卑怯くさ!」

「僕は貴族ではないので――」

「わたくしとの約束を破られるんですの? アルトはまだなんの願いか耳にする前から子鹿のように怯え、わたくしの願いがたとえ詮無いことだとしても、大切な約束を破って逃げ出すような男でしたのね」

  「師匠は最低な男だー!」

「こらそこうるさい」

「ぎゃん!」


 悪ふざけがすぎるリオンの頭を、手にした短剣の柄で小突いて黙らせる。


 確かにまだ彼女の願いを耳にしてはいない。それを加味した上で、判断しても遅くはないだろう。


 アルトにだって、譲れないものはあるのだ。

 それさえ守れるのなら、多少の我が儘くらい聞いても良い。


「わかりました。シトリーさんの願いを聞きます。ただし、僕がこのままユーフォニア王国やセレネ皇国に自首しろというのは、絶対に聞き入れられませんからね」

「それは重々承知しておりますわ。もちろん、そのような願いではありませんわ」


 胸に手を当て、シトリーがアルトをまっすぐ見つめる。

 その視線の強さに、アルトの怯えが一瞬にしてかき消える。


 背筋を正し、シトリーの熱意を受け止める。


「わたくしの願いは――」



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 国家迷宮開発局局長、ゼニスキー・ド・ケチャは数えきれぬほどの魔石を机に広げて下卑た笑いを浮かべる。


 迷宮開発局局長を任されたときは、あまりに惨い売り上げに貧乏くじを引かされたと思った程だった。


 だがケチャは1代で魔石商人として財を成し、イノハにゼニスキーありとまで謳われるほどの才覚を持っている。

 迷宮の運営方法を大幅に変更したことで、年間金貨100枚の赤字を、なんと金貨500枚の黒字へと成長させた。


 商人として大成功し、開発局局長としても大成功を収めた。

 これはもはや、技神アルファスに選ばれたとしか思えない程の功績だ。


 これほどの業績をたたき出しているのは、一重にケチャの労働改革によるところが大きい。


 これまでは一ヶ月に金貨一枚で冒険者を雇っていたが、これを一度に大量解雇。

 報酬を銀貨10枚まで減らした上で、新たに素人を雇うことにした。


 魔石を確保するだけなら、どうせさしたる技術などいらない。

 ならば迷宮探索にプロは不要。安い労働者で十分だ。


 この改革のおかげで、年間の人件費を10分の1まで抑えることが出来た。


 とはいえ、これだけでは大幅増収は見込めない。

 なぜなら素人は、プロよりも効率が落ちるためだ。


 そこでケチャは、時間外労働を徹底させた。

 利益が出なければ、その身を削るのが当然の義務。

 8時間働く場合と24時間働く場合、いずれも賃金が同じなら、24時間働かせた方がお得である。


 ケチャはすぐさま、労働条件を変更。

 1日のノルマを設定し、それを超えなければ絶対に家に帰さないようにした。

 おかげで採取された魔石の数は、プロの冒険者と同等まで持ち直した。


 実に素晴らしい手腕だ。

 国に収める金貨が増えれば増えるほど、ゼニスを賞賛する議員の声が高まっていく。

 その反面、イノハの首長からは度々苦言を呈されるようになった。


『街の売り上げが減った』だの『冒険者が寄りつかない』だの。

『人口が減り、税収が年々減っている。すべては迷宮開発局の事業のせいだ』


 自分の街の運営手腕を棚上げし、迷宮事業に文句を言うとは……。

 どうやら、こちらの成功がよほど妬ましいようだ。そう考え、ケチャは首長の話に一切耳を貸さなかった。


 今の首長はおそらく、次回の選挙で敗北する。

 ケチャが各方面に鼻薬(ワイロ)をかがせたおかげか、支持率が大幅に下落しているので、間違いない。


 きっと選挙戦前になれば、有力者たちの中から声が上がるはずだ。


『あの首長ではイノハがダメになってしまう! ゼニスキー様。その実績を見込んで頼みがあります。是非首長選に立ってください!!』


 いまからその光景が愉しみだ。


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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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