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決着

 シトリーは即座に手首を返し、細剣をしならせ、先端で《返し斬り》を浴びせる。


《瞬速の連撃》


 それが首筋に到達する直前、アルトがステップを踏み後方に離脱。


 遅れてシトリーの細剣の先端が、寸前までアルトの頭があった位置を通り抜けた。


「今のでもダメですのね」


 自身が持つ《瞬速の連撃》ですら、アルトは顔色一つ変えずに躱してみせた。

 そのことに、シトリーは僅かに苦笑した。


《瞬速の連撃》は突き出したときの細剣の振動。そのしなりに合わせて手首を返す。


 しなりが弱いと相手に攻撃が当たらない。

 逆に強すぎると揺れを正確に操作できなくなる。


 なにより手首を返す刹那の時宜が掴みにくい技である。


 稽古の鬼を自称したシトリーでさえ、これを習得するまでに3年を要した。

 1撃当てるだけの決闘ならば、シトリーの技を見たことがない者であればまず間違いなくこれだけで敗北する。


 にもかかわらず、アルトは躱してみせた。


 この技は、一度も彼に見せたことはない。

 だからきっと、〈危機察知〉か〈気配察知〉で、シトリーの些細な変化に反応したのだろう。

 なんという、集中力と判断力であるか……。


 再びシトリーは眼前に細剣を構える。

 体を半身にし、右足を前に出す。


 いま、シトリーの心は非常に昂ぶっていた。

 これほどの高ぶりを感じるのはいつ以来か。

 おそらく宝具を手にしたとき以来かもしれない。


 シトリーは、宝具と交わした約束を、一度だけ違えてしまった。

 それでもまだ、宝具はシトリーを見捨てなかった。


 断罪官だったシトリーは、正義を貫いていた。

 貫いていたと信じている。


 現在もシトリーの正義の哲学は変わらない。

 中心にいるフォルセルスが持つ正義の天秤を信じている。


 だが悪への考え方は、百八十度変化した。

 アルトに負け、リオンと旅をし、再度アルトに出合いイノハに来るまでに、大きく変質してしまった。


 悪とは、なにか?


 数年前までは正義の裏側と答えた。


 けれど今は違う。


 悪は弱さだ。

 弱さから生じる、すべてのものだ。


 もし商人を襲った盗賊に欲望に打ち勝つ力があれば、罪を犯さずにすんだはずだ。

 もし迷宮の労働者に力があれば、追い詰められて自殺することなど無かったのだ!!


 アルトと行動を別にしてすぐに、シトリーは路地裏で彼――ハクの遺体を発見した。

 路地裏の魔石街灯に縄を掛けて、彼は首をつっていた。


 ハクのことをシトリーは二度、目にしている。どちらも迷宮に赴いたときだ。

 特段印象に残らない人物であった。

 だが、それでも貴族の家の出。人の顔は一度見ただけでほとんど完璧に記憶できる。


 故に遺体を見た瞬間、シトリーは迷宮で見た彼であると、すぐに気がついた。


 ハクの両親は、彼に自死を選ばせるために、彼を産んで育てたわけではない。

 誰にも看取られずに、孤独に死んでいく未来なんて、想像さえしなかったはずだ。


 理由は、その名前にある。


『ハク』とは、古代フォルテルニア語で、『編み込む』という意味を持つ。


 大切な人や友人達との縁が重なって、編み込まれた人生を歩んで欲しい。

 生まれた時と同じように、きっと両親は、彼がみんなに囲まれた最後を願ったに違いない。


 それなのに……。


 シトリーは細剣に意思を籠める。

 アルトに刺突を見舞い、足裁きで翻弄する。

 何度も牽制し、狙いを絞らせない。


 弧を描くように先端を回し、アルトが動くとほぼ同時に反動で斬り返す。


 全力を出しても、アルトを捕らえられない。

 ほんの数ミリが、届かない。

 己の力を最大限に生かしても、そこに意思を籠めても、まったく、届かない。


 まだですわ。

 まだ足りませんわ!!


 回転数を上げ、自分の限界を突破する。

 細い糸をたぐり寄せるように、集中力を高めていく。


 自分が強ければ、正義を執行できる。

 正義の手の届く範囲が広がっていく。

 手がどこまでも届けば、あらゆる悪を、善へと導くことができる。


 だから力を――。

 もっと強い力を!

 肉体だけではなく、魂を賭けて!


 すべての民から悪を、弱さを取り除く。

 それが力ある貴族の仕事。

 不器用なわたくしに出来る生き方。

 正義(ジヤスティス)の役割ですわ!!


 上がった息を整えるために、一度シトリーはアルトと距離を開ける。

 だがそれを待っていたのか、アルトの体が僅かに沈んだ。


 来る!


 身構えたとき、目の前にいたはずのアルトがかき消えた。

 それでもシトリーは、己を信じて細剣を突き出した。



  □ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □



 互いの攻撃が終わったとき、アルトもシトリーも動きを止めた。

 まるで決着が付いたことを、確認するように。


 シトリーの攻撃は、アルトの頭頂部すれすれを掠らずに通り過ぎた。

 対してアルトの短剣は、ピタリとシトリーの首筋に添えられている。


「……わたくしの負けですわね」


 シトリーはまるで、これまでの憑きものを一斉に払い落とすかのように深く息を吐き出した。

 彼女が細剣を下ろすのを確認し、アルトは短剣を収めた。


「感謝しますわ」

「どういたしまして」

「さて……。アルトはこの勝利に、なにを望みますの?」

「望むって?」

「貴族の決闘規則では、勝者に褒美が与えられるんですの。もちろん、褒美は物ではなく名声、名誉など様々ありますが。わたくしが用意出来るものでしたら、なんでもおっしゃって構いませんわよ」

「いや、別になにもいりませんけど」

「ぬわぁにもったいないこと言ってんだよ、師匠。その女から金目の物を全部搾り取ってやれ!」

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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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