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心が軋んでいく

「びっくりしただろ?」

「えっ? ええ」

「これは師匠の熟練上げだよ」

「熟練? 新しいスキルではありませんの?」

「いいや。これはただの熟練上げだ――」


 そのとき、こっそり近づいてきた嘆きの妖精(バンシー)が、アルトの光弾に当り消滅した。


「…………攻撃魔術ですわよね?」

「これは……オレも初めて見たわ。師匠、どういう事だ?」


 リオンに問われ、しかしアルトは答えない。

 目を開いているのに、どこも見ていない。きっとリオンの声さえ届いていない。それほどまでに集中している。


 この姿をシトリーは、アヌトリアでも見たことがある。

 周りのことが目に入らなくなるほど集中した彼は、声をかけても体を揺さぶっても、まるで気づかないのだ。


 こうなってしまったら、彼は倒れるまでこの状態を続ける。

 それをよく理解しているのだろう。

 リオンが鞄からキャベツを取り出した。


「……あなたは、何をしているんですの?」

「食事。腹減らねぇか?」

「大丈夫ですわ」

「あ、そ。……そうだ、面白いもの見せてやるよ」

「はい?」


 そう言うと、リオンはキャベツを一枚千切ってアルトの手元に置いた。

 するとアルトの手は自動的に動き、そのキャベツを持ち上げて口に運んだ。

 まったくの無表情でむしゃむしゃとキャベツを頬張る姿を、リオンはにまにまと見つめている。


「……なにをやっているんですの?」

「餌付け。食べ物を近くに置くと食べるんだよ」

「愛玩動物みたいな扱いはさすがに酷いと思いますわ」

「でもこうしないと師匠、死ぬまで続けるんだよ」

「えっ……?」

「嘘だと思うだろ? でも昔、集中しすぎて、マジで餓死しそうになったことがあったんだよ」

「……」


 そんな人間がいるはずがない。

 その言葉が、喉の奥から出てこない。

 リオンの言葉を無条件に信じてしまえるほど、アルトの集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。


「腹が減ってたら、手元に食べ物を置くと勝手に食べる。逆に腹が減ってなきゃ食べない」

「そう、なんですのね……」


 リオンが酷いのか、それともそうしなければ倒れてしまうアルトが酷いのか。


 彼がキャベツを餌付けして遊んでいると、突然辺りに浮かんでいた光弾が消失した。

 それとほぼ同時にアルトが苦悶の表情を浮かべて床に倒れ込んだ。


「カッハ――!!」


 今し方食べたキャベツが消化不良のまま吐き出される。

 その中に、僅かに血液が混じっていた。


「一体、なにが――」

「師匠起きろ! ほらほら!!」


 呆然とするシトリーの目の前で、リオンがアルトの頬を平手で叩く。

 バシンバシンと、聞いているだけで痛そうな音が辺りに響き渡る。


 やっと意識を取り戻したのか、アルトはうっすら目を開けた。

 すると消えていたはずの光弾が再び辺りに浮かんでくる。


「師匠、大丈夫か?」

「は、はい」


 言葉を口にするだけでも苦しそうである。

 あまりに酷い声に、シトリーは耳を塞ぎたくなる。


(これは、極度のレベルアップ酔い、ですわね)

(でも、どうして……)


「ううう」というアルトのうなり声が、「ふひひ」と変化していく。

 おそらくワイバーンのときと同じで、レベルが上がることが嬉しくて仕方がないのだろう。

 レベルアップが嬉しい気持ちは、シトリーにも理解できる。

 だが気絶するほどの苛烈な痛みを感じてまで笑えるだなんて、まともじゃない。


「さすが変態」

「……ですわね」


 まるで擁護できない。


 意識が落ちそうになる度に、リオンはばしばしと頬を叩いてアルトを覚醒させる。

 いまもレベルアップ酔いで激しい苦痛を感じていることだろう。気絶させないのは酷ではないか? と思うが、アルトの場合は逆だ。

 気絶させる方が、酷だ。

 そう思えてしまうのだから、やはり彼はド変態なのだろう。


「…………リオンさんは、何故アルトと共に旅をしようと思ったんですの?」

「そうだな。このド変態が一体どんなことをするか、興味が沸いたからだろうな。いっつも、この変態はオレが想像も出来ないようなことを平気でやってのける。

 次は一体どんなことをするのか? どんなことでオレの度肝を抜くのか、楽しみで仕方ない。だから一緒に旅をしてんだ。もしここで離脱したら、面白い世界が見られなくなるだろ?」


 アルトの様態が落ち着いてくると、リオンは再び壁に背中を預けながらキャベツを千切った。


「……どうして、アルトはこんなにも辛い道を歩めるんですの?」


 通常、苦行は苦しむために行うものだ。

 苦しんで、苦しみ抜いた末に極地へと至る扉にたどり着ける。

 あるいは苦しむことで、己の罪の許しを請う。

 これだけ苦しんだのだから赦されるだろうと、納得するための儀式だ。


 だがアルトの行動は苦行には当たらない。

 彼はそもそも苦しんではいない。

 罪の許しを請う姿勢もない。


「そんなの、決まってんだろ」


 リオンが、まるで自分の親を自慢するかのような表情を浮かべて言った。


「変態だからだよ」


 存在が、推し量れない。

 故に、変態。

 変な(もの)


 アルトの存在は、人としてあり得ない。

 そして、そんなアルトの行動を、楽しみにしているリオンも。


 見ようと思えば思うほど、アルトの存在は霞んで見えなくなる。

 どんどん判らなくなる。


 自分が何を見たがっていたのか。

 自分の正義や信念が、アルトとともにいることで、徐々に小さくなって、消えていくのを感じる。


 アルトを見定め、罪を露わにし、ユーフォニアに凱旋しよう。

 あるいは彼との戦闘中に落命し、死の名誉を得ようと思っていた。


(決意して、旅だったはずですのにね……)


 あの頃の決意は、あまりに脆弱だった。

 アルトと比べると、脆弱だということに気がついた。


 シトリーの志が、彼女の気付かないところで徐々に歪み、ひっそりと悲鳴を上げはじめた。

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