ちゃんとそこに、いるから
2人が帰ったあと、アルトはベッドに腰を下ろして窓の外を眺める。
『ここはぼくのばしょ!』と言わんばかりに、ルゥがアルトの膝の上から離れない。
あれから約3年。
ルゥを失ったときは、またルゥを撫でられるなんて考えもしなかった。
心がさざ波さえ立っていないのは久しぶりだった。
今夜、月が綺麗に見えるのは、きっとルゥが傍にいるからに違いない。
外はまるで天使が舞い降りるような――。
「あんぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
悪魔だ。
悪魔が舞い降りた。
どこかしら残念さが漂ういまの悲鳴には聞き覚えがある。
ため息を一つついて、アルトは窓に歩みよる。
「一体なにをやっているんですか? モブ男さん」
「なんで……こんなとこに……穴がある……んだよ……」
ぶつくさ文句を言いながら、家の庭にある穴からリオンが這い上がってきた。
「まさか師匠。警備の為にここに罠を?」
「えっ?」
「さっそく刺客への対策を採るとは、さすが師匠だぜ!」
「いえ、違いますよ」
確かに自分が指名手配されている話にはドキッとさせられた。
しかし、いますぐここに刺客が来て寝首を掻くなんてまったく想像していなかった。
「じゃあこれはなんだよ? ゴミ捨て場か?」
「暇だなぁと思っていて、ふと気付いたらスコップ片手に掘ってました」
それを埋めるのを、すっかり忘れていた。
まさかそこにリオンが落ちるなんて、一体誰が想像できよう?
「アンタはモグラの子孫かなんかか? 気付いたら掘ってたってレベルじゃねぇよ! 一体何メートルあるんだよこれ!?」
「100メートルくらいでしょうか?」
「でしょうかじゃねぇって! 馬鹿なの? 死ぬの!? っていうか、掘った土はどこに消えたんだよ!?」
キャンキャン叫びながらも、もっともな指摘をするあたりはさすがである。
リオンはこれがあるから侮れない。
「壁に消えましたよ?」
「壁? ……壁ぇ!?」
「はい。スコップで穴を掘って、それを思い切り穴に叩きつけるんです。穴の側面、堅くありませんでした?」
「ああ……だからよじ登るのに苦労したのか……」
リオンが遠い目をした。
どうやら彼のステータスでもそう簡単に這い上がれなかったようだ。
〈ハック〉と〈重魔術〉を使って土をぶつけたため、壁はかなり硬化している。
これは前世でアルトが習得した、効率の良い筋力トレーニングの一つだ。
筋力を上げる訓練として、穴掘りはかなり有用なのだ。
二頭筋、背筋、大腿四頭筋が程良く鍛えられる。
100メートルも掘ったのは、途中から『温泉とか出ないかな?』なんて無駄な期待をしたためだ。
深く掘っても温泉が出るどころか、水一滴沸き上がらなかったのは残念だった。
「で、なんでモブ男さんが穴に落ちたんですか?」
「…………」
怒りの表情が一転し、なにやら複雑な感情をリオンは浮かべた。
「……師匠がさ、いるよなって」
「はい?」
「マギカも、少し目を離したら、どっかいっちまってよ……。師匠も、どっか行っちまうんじゃないかと思って。その……アレだよ……」
彼はモジモジと、両手の指の頭をくっつける。
最後は消え入りそうな声で、ほとんど聞き取れなかった。
アルトがこんなに殊勝なリオンを見るのは初めてかもしれない。
きっと彼も、仲間が次々といなくなって、内心寂しい思いをしたのだろう。
その気持ちを、アルトは十分理解できる。
アルトもハンナを失ったときから、ハンナがいない世界をずっと憂いてきた。
(親しい人がいなくなるのは、寂しいからね……)
少し前まで傍で微笑んでいたのに、その微笑みが永遠に失われてしまう。
どれほど手を伸ばしても、もう二度と触れることさえ出来ないのだ。
話したいことは山ほどあった。
何故、それを生きているうちに話さなかったのだろうと、何度も後悔した。
面白いものを見つけたとき、これを紹介したら笑ってくれるだろうか? と何度も想像した。
けれど、もう、どこにも居なかったのだ。
――もう一度、人生をやり直す前までは。
アルトはゆっくり息を吸い込み、感情をたっぷり声に乗せる。
思いが伝わるように。
決して、言葉が届く前に、散ってしまわないように。
「いますよ。ちゃんと。だから、安心してください」
「…………ああっ!」
リオンがアルトに頷き返し、来た道を引き返した。
その背中に、アルトは急ぎ声をかけた。
「モブ男さん」
「なんだよ? いくらオレとの別れが寂しいからって――」
「そこ、穴ありますよ」
「――あんぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
穴の存在を失念していたのだろう。
また悪魔が降臨するような悲鳴を上げて、リオンが再び穴に落ちていったのだった。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
ルゥからお金を借りた翌日、アルトは首都イシュトマのラルゴ教会でステータスブレスレットを入手した。
ブレスレットを装着し、起動。
アルトは初期画面に表示されたあらゆる項目を、ひたすら埋めていく。
ブレスレットには戸籍情報が引き継がれない。それらは端末情報であり、アルトの体に蓄積されたデータではないからだ。
戸籍同様に、税金情報や家族構成など、個人情報の一切が新規入力となってしまう。
さすがにユーフォニア出身で設定すると問題が起こりそうなので、ダグラ・リベットの養子として設定する。
ブレスレットの情報を設定した後、アルトは久しぶりに自身のステータスを確認した。
【名前】アルト 【Lv】78→14 【存在力】☆☆
【職業】工作員 【天賦】創造 【Pt】0→3
【筋力】1248→224 【体力】874→157
【敏捷】624→112 【魔力】4992→896
【精神力】4368→784 【知力】2240→402
【パッシブ】
・身体操作50/100 ・体力回復50/100
・魔力操作68→70/100 ・魔力回復63/100
・剣術49/100 ・体術32/100
・気配遮断21/100 ・気配察知43/100
・回避51/100 ・空腹耐性56/100
・重耐性51/100 ・工作65→67/100
【アクティブ】
・熱魔術47/100 ・水魔術46/100
・風魔術44/100 ・土魔術45/100
・忍び足16/100 ・解体7/100
・鑑定 31→40/100
【天賦スキル】
・グレイブLv4 ・ハックLv3
・格差耐性
「えっ、なんでレベル下がってるの?」
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