表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/311

目標、再び

「ハンナは!?」

「い、生きてるって言ってたぜ」

「生きてる……」


 アルトは顎に手を当てる。

 つまり、先ほどリオンは嘘をついたのではないということだ。


「それはハンナの居場所を見つけた、ということでしょうか?」

「さあ。そこについては何も言ってなかったな」

「……どうして生きてるってわかったんでしょうか?」

「んー、ええとたしか――あっ、そうだそうだ! 神の加護があるから大丈夫だとか言ってた」


 アルトは腕を組み、断片的な情報をつなぎ合わせる。


 マギカの手からハンナが奪われた。

 ハンナがどこにいるか、マギカは知っているかもしれない。知らないかもしれない。

 そして、『神の加護があるから大丈夫』という言葉……。


(うん。さっぱりだ)


 全くわからない。

 だが、マギカが大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろう。

 理由はないが、彼女の言葉は信用できる。


「それで、マギカがどこにいるかはわかりますか?」

「師匠に会ったらいまの話を伝えてって言って、すぐにどこかに向かったぜ」

「そう」


 マギカはハンナを探すためか、あるいは救うために単独行動をしているのだ。


「…………」

「なあ、師匠。どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」


 リオンがおっかなびっくりというふうに口を開く。

 まるでアルトが暴走するんじゃないか怯えているようだ。


「なんでかはしらねぇけどよ、師匠にとって、ハンナは特別、なんだろ?」


 その言葉に、アルトは思わず目を見開いた。

 まさかリオンがそれに気がつくとは思いもよらなかった。


(リオンさん、人間関係に関しては妙に勘が鋭いところがあるんだよなあ)


 亀の甲より年の功。

 さすがは千数百年生きているヴァンパイア、といったところか。


 アルトは曖昧な笑みを浮かべ、答えを濁した。


「今はマギカが問題に当たってますからね。ハンナは生きてるって、マギカが言ったんだから、きっと生きてるんだと思います。なので、僕は焦る必要はないんです」


 リオンの話を聞いてから、アルトの心は変化した。

 まるで頭の霞が晴れたかのように、すっきりしている。


 平和な生活で溜まっていた余計なものがそぎ落とされて、必要なものだけが後に残った。

 フィンリスでレベリングしていた頃の、『このままではいけない』という、強烈な思いが蘇った。


 だが焦ってはいけない。

 焦れば手の隙間から、大切なものがぽろぽろ溢れ落ちてしまうから。

 それをアルトは、ルゥを失ってやっと気づくことができた。


 もう二度と、同じ失敗はしない。


(まず、やるべき事はなんだ?)

(必要になるだろうものは?)


 それだけが頭の中をぐるぐると巡る。

 けれど、そのどれもがまだ滑稽無糖で、形にさえならない。


 この3年で、アルトはずいぶんと平和で呆けてしまったようだ。

 3年前の緊張感や、明晰さをすぐに取り戻せない。


(ここは、改善点の一つかな)


 このままマギカが手こずるような戦場に赴けば、対応できずに無駄死にするだけだ。

 早い段階で、高レベルの戦闘に対応できる状態に持って行かなくてはならない。


 やるべき事は、頭がしっかり動くようになってから考えても遅くはないだろう。

 まずは、目の前の問題を一つ一つ片付けるべきだ。


「あ、あのぅ……」


 ここまで気配を小さくしていたシトリーが部屋の隅で小さく手を上げた。

 リオンの話に夢中になっていたため、アルトは途中から完全に彼女の存在を忘れていた。


「あれっ、まだいたんですか?」

「いましたわ! 最初からずぅっと!! 帰る気もございません」

「えっ?」


 アルトの表情が引きつった。


(帰って欲しいんですけど……)


「リオンさんから話を聞きましたわ。彼がアルトに育てられたと。その実力を見越して、お願いがありますの。弱くなったわたくしを、イチから鍛え直して欲しいのです!」

「お断りします」

「どうしてですの!? わたくしは元ユーフォ……っく!! 元ユーフォニア12将! わたくしを育てることは、平民にとって名誉なことですわよ?」

「名誉とか要りませんので」


 育てたらまた『罪人アルト覚悟!!』とか『キエェェェ!』とか言って攻撃されそうだし。

 いつか自分を殺させる為に他人を鍛えるなんて、墓穴を掘るどころの話ではない。


「そもそも、シトリーさんは現在どういう状況なんですか? そういえばユーフォニア12将を首になったみたいですし」

「うぐっ。そ、それが」

「師匠を逃したことで罷免。当主から絶縁状を叩きつけられて、現在ユーフォニアから逃亡中だ」

「とととっ、逃亡はしておりませんわ!! あくまでこれは……そう! 一時避難ですの!」


 どう言い換えても逃げてきた事実は変わらない。

 しかし、アルトを逃しただけで絶縁って、ジャスティス家はやけに心が狭いようだ。


「知らないのか? 師匠、教皇庁指定危険因子No7になったんだぜ」

「…………へっ、マジですか?」

「マジマジ。しかもかつ排除因子に一発格上げ。全世界に絶賛指名手配中の大罪人だ」

「うわぁ……」


 アルトの顔が凍り付く。

 知らない間に、とんでもないことになっていた。


「なんでそんなことになってるんですか? ボク、そこまで悪いことしてませんよね?」

「なんでも、神からのお告げがあったらしいぜ。シモベを殺したから神の反逆者だとよ。シモベって、あのガミジンのことか?」


 神のシモベとはガミジンか、あるいは善魔を指しているのか。

 いずれかは判らないが、神の意志に反した行動を取ったため、神は危険因子としてアルトを指定したのだ。


(たぶん、神の運命を打ち破ったからかな)


 フォルテルニアにおいて、神の運命は絶対だ。

 運命を打ち破る力を得るだけでも、危険因子に指定されても不思議ではない。

 つまり運命への介入は、神への反逆行為なのだ。


(その定めを打ち破れるかどうかで)

(危険因子か排除因子かが変わると)

(となると、マギカも排除因子に指定されてそうだな)


 顎を抑えて黙考するアルトを余所に、リオンはまるでお誕生日パーティの打ち合わせをするような面持ちで口を開いた。


「その排除因子を逃したから、ジャスティス家の面目は丸つぶれ。師匠を捕らえて来るまで帰って来るなぁ! というわけだ」

「……うん。いよいよボクにシトリーさんを育てる利益がないですね」

「そ、そんな! わたくしを、どうかわたくしを育てくださいまし!」

「いやいや。育てたら監獄に連れて行かれちゃうんでしょ? だったら育てませんて」


 自分を打ち破るために弟子をとるなんて、修羅の世界の住人だけだ。


「シトリーさんの一件はひとまず放置して――」

「しないでくださいまし!」

「うるさいぞまな板」

「くっ……」


(おや?)


 シトリーが言い返さない。

 やはり腕っ節が弱くなると弁舌の切れ味も悪くなるのか。

 あるいは、ここに来るまでに多少情でも湧いたか。


「……とにもかくにも、ブレスレットの確保が優先です」


 それがなければ、なにも始められない。


「モブ男さん、いまお金はもっていますか?」

「おいおい師匠、馬鹿な質問をしてんじゃねぇよ。オレは勇者だぜ?」

「……うん、素寒貧なんですね」


 何故そんな勇ましくない台詞を、勇ましく言ってのけられるのやら。


「お金ならわたくしが――」

「結構です」


 シトリーならお金は持っているはずだ。

 だが彼女からお金を借りるなど、『審査なし!』『即日ご融資!』と謳う闇商人からお金を借りるようなものだ。

 ひとたび借りれば臓器を売っても許してくれない。

 だから決してお金を借りてはいけない。


「仕方ない」


 ため息を一つ吐き、アルトはルゥから、以前プレゼントした金貨2枚を借りることにした。

 特にお金を使うわけではないルゥは、喜んで金貨を吐き出したのだった。

ピッコマにて連載中の「底辺魔術士」

本日最新話更新!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ