ルゥの仇
くるしいよー。ごしゅじんさま、もういいでしょ?
アルトの涙が止まったのは、ルゥがそんな反応を示した頃だった。
かなり長い時間泣いていた。
アルトがルゥを抱いたまま立ち上がると、それまで静かだったリオンが口を開いた。
「それで、師匠はいままでどうしてたんだ?」
「ずっとここにいましたよ」
「なんでここにずっといたんだ?」
「なんでと言われても……」
これまでアルトは、ハンナを救うためだけに生きてきた。
ユーフォニアではガミジンを打倒し、神の先兵たる善魔も退けた。
アルトはハンナを救った。
しかし、ハンナを救った後をアルトは一切考えていなかった。
なにがしたいとか、なにになりたいとか、考えたこともなかった。
つまり現在、アルトにはやるべきことがなかった。
やりたいこともない。
なりたいこともない。
進むべき道が、ない。
「……ブレスレットを買うため、ですかね。ブレスレットが壊れてしまったので」
どう答えて良いかわからず、アルトはそれらしい嘘を吐く。
「ブレスレットがないと、国境を抜けられませんからね」
「師匠ならそれくらい、すぐに稼げるだろ」
「ブレスレットが無きゃ無理ですよ」
ユーフォニアやフィンリスのときのように、魔石をギルドに売却するにはブレスレットが必要だ。
勿論、ブレスレットがなくても売却出来る相手はいる。
脱法すれすれの商人や、反社会的な組織だ。
いずれも真っ当ではない手合いである。
ここにはお世話になった夫婦がいる。
アルトにとって、第二の両親のような存在だ。
その2人に迷惑がかかる可能性があるため、不法行為に手を出すわけにはいかない。
「それにしてもモブ男さん。僕がここにいるってよくわかりましたね」
「なんで驚天動地したような顔をしてんだよ。俺だって、師匠の一人や二人くらい、簡単に見つけられるんだぜ?」
「ボクは二人もいませんよ」
「ものの喩えだよ。帝国を目指したのはあくまで勘だ」
「勘ですか……」
「勘だ。勇者の勘って意外と鋭いんだぜ? まあ実際は、ユーフォニアからレアティス山脈に飛んでいったって話を、マギカから聞いたんだけどな」
「――っ、そうだ! モブ男さん、マギカは無事なんですか!?」
前世でマギカは、数年前に死亡していた。
善魔を倒した段階で、マギカの死は回避したものだと考えていた。
だがそれは、ただのアルトの憶測でしかない。
もしかしたらその後、死亡した可能性もある。
(どうしてそのことに、すぐに気がつけなかったんだ……!)
完全に頭が平和ボケして、今の今までまったく気づかなかった。
すぐに尋ねられなかった悔しさに、アルトは唇をかみしめた。
「マギカなら大丈夫だろ。オレに師匠の情報を教えてくれたのは二年前くらいだったか。そこから顔を見てねぇけど、そう簡単に死ぬようなタマじゃねぇよ」
「そう、ですか……」
いまから二年前ならば、前世でマギカが死んだ年を越えている。
前回の死を乗り越えた、と見て良いだろう。アルトはほっと胸をなで下ろした。
「ってか、心配すんのはマギカだけかよ」
「ハンナは無事ですか!?」
「……生きてるってさ」
「そう。よかった」
「――で、師匠が心配するのは二人だけなのか?」
「他に誰かいましたっけ?」
「オレだよオ・レ!」
勇者が地団駄を踏んだ。
アルトはぽかんとした。
「……なんだよその顔は」
「あ、いえ。心配シテマシタヨ」
「おい、声が棒になってるぞ!」
「殺しても死なない人の心配って、する必要あります?」
「ひでぇ!」
「それでモブ男さんは、どうやってピンポイントでボクを探し当てられたんですか? アヌトリア帝国って、結構広いですよ」
「まあ、追跡スキルに長けた奴がいたからな」
「追跡スキルですか?」
アルトが首を傾げると、リオンの言うその人物が森の奥から姿を現した。
「お、お久しぶりですわ、罪人アルト」
姿を現したのは金髪に縦ロール。胸の平らな鎧にごてごてした細剣。
気丈そうな顔つきなのに、いまはどこか弱々しい。
「…………誰?」
「シトリー! シトリー・ジャスティスですわ!! くっ……わたくしのことを歯牙にもかけないとは。さすがは罪人アルトですわ」
アルトはジョークのつもりで言ったのだが、謎に評価されてしまった。
当然ながら、良い評価ではないだろうが。
「冗談ですよ。もちろん、忘れるわけないじゃないですか。ボクの大切なルゥを殺した人間ですからね。どうしてあげましょうか? まずは死なない程度に腕を引っこ抜いてやりましょうか?」
「ヒィィッ!!」
睨み付けると、何故かシトリーが涙目になって怯えた。
(いやあなた、ボクに脅されて怯えるような人じゃないでしょ……)
ユーフォニア12将が、見る影もない。
当然ながら、今の脅しも冗談だ。
ルゥが生き返った以上、シトリーに対して思うところはない。
ただ、ルゥを一度殺した手前、このまま不問にするのは収まりが悪い。
だから小粋なジョークで笑い飛ばして一件落着、と考えていたのだが……。
シトリーの反応はアルトの予測を大幅に逸れてしまった。
「師匠、あんまり虐めんなよ。こいつ、いますげぇ弱いから」
「えっ? それは……女性としてですか?」
「はっ? 女じゃないだろ」
「喧嘩ですの!?」
シトリーがいきり立つ。
胸を見ながらその台詞を口にするのは鬼畜の所業である。
「シトリーさんってユーフォニア12将ですよ? 以前からかなり弱かったですけど、弱いって言われるほど弱くはなかったと思いますが」
「いやいや、弱かっただろ。けど今はそれ以上に弱いんだよ」
「よ、弱い弱いと、あなたたち、ジャスティス家次期当主に対して無礼ですわ!!」
シトリーの顔が真っ赤だ。
弱いことを否定するのに剣を抜かず〝権〟を抜いたあたり、どうやら弱体化は本当らしい。
「で、仮にも12将の一人ですけど、どれくらい弱くなったんですか?」
「いろいろあるが――」
ピッコマにて連載中の「底辺魔術士」
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