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この世に生まれた理由2

 アルトはルゥに、様々なことを教えてくれた。

 そのほとんどはルゥには難しすぎてわからなかったが、簡単なことは理解し、覚え、実践した。

 アルトが集中した時は、その姿を見て模倣することもあった。


 フィンリスの迷宮でアルトが倒れたとき、見よう見まねで覚えた〈気配察知〉を用いて、アルトの身の安全を守った。

 そのことで、アルトが大層喜んでくれた。

 たくさん撫でてくれた。


 ルゥが頑張ると、その分だけ――いや、それ以上に愛情として返してくれた。

 フィンリスの迷宮の中では大体干し肉だったけれど、迷宮から上がると必ず肉を焼いてごちそうしてくれた。

 肉がないときは、屋台の串焼きを買ってもくれた。


 もっともっと、ご主人様を、喜ばせたい。

 ご主人様が喜ぶことなら、もっとしてあげたい!


 種子が己の固い殻から芽吹いたのは、きっとその頃だったのだろう。


 自分に注がれる愛情だけに目が行っていたルゥは、いつしかアルトに対しても同様の愛を注ぐようになった。

 自分が愛情を注がれたとき気持ちが良いように、きっとご主人様も愛情を注がれると気持ち良いだろう、と。


 そう思えたのは間違いなく、種子が発芽したからであった


『仲間は仲間を守るものだよ』


 その言葉はルゥの胸の中に、すとんと落ちてはまり込んだ。

 まるで割れた破片が、正しくかみ合ったかのように。


 アルトの言葉は、まさに自分が体感してきたことであり、自分がアルトに向けてきた愛情そのものだったのだ。


 だから、シトリーの攻撃からアルトを救ったのは、ルゥにとって当然のことだった。


 霞みゆく意識の中で、ルゥは、強く願った。


(ご主人様を、死なせたくない)

(ご主人様と、ずっと一緒にいたい)

(大好きだよ。ご主人様)

(ずっと、生きて……)

(ずっと……一緒に……)


『死』を知らぬルゥは、最後の刻を恐れることはなかった。

 痛みだって、ご主人様を助けた勲章だ。

 だってご主人様が、これほど痛い思いをせずに済んだのだから!!


(少し眠って、目が覚めたらまた、たくさん撫でてもらいたいな……)


 充足感に包まれたまま、ルゥは意識を失った。




 目が覚めたとき、ルゥはリオンの腕の中にいた。

 ずいぶんと長いあいだ眠っていた気がする。

 体が鈍っていて、うまく動かない。


「な――!?」


 目を覚ましたことに、リオンは驚いているようだが、何故驚愕しているのかはわからない。


(ご主人様は?)


 辺りを見回すけれど、いない。

 ただそれだけで、ルゥの心の中を激しい寂寥が襲った。


(どこ? どこにいるの!?)


 軽い〈気配察知〉では、ご主人様の姿が近くにいないことがわかった。

 けれど集中して、どんどん範囲を拡大していくと……見つけた。


(ご主人様ッ!!)


 勢いのままにリオンの腕から飛び出し、ぴょんぴょん跳ねてその気配のいる場所に向かう。


(ご主人様、ご主人様、ご主人様!)


 逸る気持ちを抑えられず、ルゥは何度も木の根に躓いた。

 転んでは起き上がり、また転ぶを繰り返す。

 体の痛みなんてどうでも良い。

 それよりもいまはただ、ご主人様の胸の中に1秒でも早く飛び込みたかった。


 そうして、その姿を、見つけた。


(ご主人様!!)


 気づいて欲しいのに気づかれないように近づく悪戯っ子のように、にゅにゅっと体を伸ばして近づいていく。


 それだけでもう、アルトは気づいているはずだ。

 なんせアルトは、〈気配遮断〉を使って鞄に隠れていても、ルゥに気付いていたのだから。


 けれど、アルトはまったく反応しない。

 目の前に出ても、ルゥが目に入らない。

 まるでルゥのことなんて忘れてしまったかのようだった。


(ご主人様、ぼくだよ!)

(ルゥだよ!)

(……なんで、見てくれないの?)

(ルゥ、悪い子だったから、見てくれないの?)


 ルゥは慌てて、体から魔石を取りだした。

 それはフィンリスの迷宮や、ハンナと討伐したゴブリンやオークから出たものだ。

 その中から少しずつ、ご主人様との記念の証しとしてもらっていた魔石である。


(ご主人様の大好きな魔石だよ)

(これを出したら、ご主人様、喜んでくれるよね?)

(いっぱいあるよ!)


 けれど、魔石を取り出しても、アルトは見向きもしない。


(なんで……)

 ――ポロ。

(ねえ、なんでぼくのこと見てくれないの?)

 ――ポロ、ポロ。


 体から魔石を取り出しながら、ルゥは困惑した。

 いままで魔石を集めて取り出したとき、アルトは真っ先にルゥの頭を撫でてくれた。

 なのに……なのに……。


(お願いだよ、ご主人様!)

(行かないで)

(ねえ、行かないでよぉ!!)


 ――ポロ、ポロ、ポロ。


 アルトがどんどん遠ざかる。

 慌てて魔石をかき集めて、再びアルトの足下で取り出した。

 けれどアルトには見えない。見えていない。

 また魔石を集めて……その繰り返し。


(ぼく、良い子にするよ)

(良い子にするから、お願い、ご主人様)

(行かないで)

(ぼくを、棄てないで!!)


 ルゥの強い思いは、しかしアルトの足を止められない。


(…………ぼくは、悪い子、だったんだね)

(ご主人様が、見捨てるくらい、悪い子になっちゃったんだね)

(ごめんなさい)

(ご主人様)

(ごめん、なさい……)


 絶望に打ちひしがれたルゥが歩みを止めた、次の瞬間だった。


「いぃぃぃかげんに、しろぉぉぉお!!」


 ――スッパァァァァァァンッ!!

 森の中に乾いた音が響き渡った。

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