善魔との戦い2
アルトが勝利を意識した時だった。
善魔の翼が大きく開いた。
「ヤバ――」
アルトは反射的に腕を持ち上げて防御。
同時に全力でバックステップする。
次の瞬間、
目が眩むほどの光を発して、翼から羽根が放たれた。
放たれた光の羽根を全力で知覚し、致命傷になるものだけを避けていく。
羽根は、アルトの頬、肩、脇腹を掠めて通り抜けた。
「ぐっ!!」
そのどれもが掠っただけにも関わらず、激烈に痛んだ。
激しい痛みに思考がぶれた。
その時、
アルトの胸めがけて一枚の羽根が飛んできた。
(無理――)
(躱せな――!)
白い光が胸に直撃。
アルトは後方に吹き飛んだ。
攻撃の威力は邸宅の壁では止まらなかった。
次から次へと廊下を突き抜ける。
やっと止まったのは、邸宅の中央に達した時だった。
息ができず、アルトはしばらく転がりながら悶絶する。
背中と、後頭部が酷く痛む。
壁に接触する寸前に、アルトは背中に〈空気袋〉を展開させた。そのおかげで、死ぬ程痛いだけで済んでいる。
もしなにもなければ、ミンチになっていたに違いない。
(しかし……変だな)
羽根は、間違いなくアルトの胸に刺さった。
なのに、胸への攻撃は致命傷に至っていない。
どちらかというと、背中と後頭部の方がダメージが厳しいくらいだ。
不思議に思い、アルトは胸を見る。
羽根は、きちんと刺さっていた。
だが、刺さった場所はアルトの胸ではなく、熱魔術の耐性を僅かに上げる魔道具の中心だった。
魔道具にはめ込まれた宝石が割れる。
同時に、刺さった羽根がかき消えた。
「……」
ほんの僅かでもズレていたら、あるいはこれが品質がずば抜けて高いハーグ製でなければ、きっとアルトは致命的な傷を負っていたに違いない。
(こういうものを、奇跡と呼ぶのかな……)
『何一つ無駄はなかった』
その言葉を思い出し、深く納得する。
たしかに、あの霞の言う通りだ。
邸宅の外から、僅かに戦闘の音が聞こえてくる。
どうやらマギカも無事のようだ。
(……よかった)
ほっと胸をなで下ろす。
「すぐに、戦闘に戻らないと!」
アルトは急ぎ、立ち上がる。
その時だった。
僅かな光が目に留まった。
そこには、カーネル家の宝剣があった。
30センチほどの白い短剣が、アルトの目に光を反射させる。
まるで、使えと言うかのように……。
もちろんそれは、アルトの思い込みだ。
しかし、自分の武器は折れてしまっている。
素手で戦うよりも、武器はあった方が良い。
アルトは宝剣に手を掛けた。
すぅ、とアルトの体が温度を下げた。
強く握ると、手が凍り付いてしまいそうだった。
「……これが、いままで誰もが装備できなかった理由かな?」
実際、軽く持ってるだけなのに、まるで氷水の中に手を突っ込んだみたいだった。
たしかに、これを装備するのはかなり難儀だ。
「力を貸してほしい。少しだけで良い。たった1度、敵を倒すだけ。それだけで、守りたいものが守れるんだ。だから、お願いします……」
アルトは祈る。
相変わらず手にした短剣は冷たい。
けれど、持てない程ではなかった。
短剣に付いた宝玉が、きらり輝いた。
『持って行け』ということか。
「ありがとうございます」
アルトは短剣に礼をする。
短剣を腰に差し、戦場へと大急ぎで戻っていった。
□ □ □ □ □ ■ □ □ □ □ □
戦場に戻ったアルトはまず、マギカの無事を確かめる。
先ほどの攻撃で、致命傷を負った様子はない。だが、全身が傷だらけになっている。
そのせいか、幾分敏捷性が落ちていた。
先ほどまでは軽々避けていた善魔の攻撃が、いまはギリギリ凌ぐので精一杯に見える。
マギカが崩れる前に、アルトは急ぎ魔術を発動した。
極小フレアをいくつも生み出して、あらゆる空間に設置する。
そのどれもが、人を1人殺して余り在るほどの力を秘めていた。
しかし善魔相手には、あまり効果がみられない。
一つ、また一つと当てていくが、善魔の動きはまるで鈍らない。
(もしかして、体力が無限なんじゃ?)
そんな不安が鎌首をもたげる。
しかし形あるものは、絶対に壊れる。
いかな神の手先といえど、攻撃し続ければいずれ壊れるはずだ。
(ここは焦らず、じっくりと)
焦って力押しすれば、プラントオーガ戦の二の舞だ。
それがマギカも判っているようで、善魔に大きな隙が生まれても、大技を放つ気配がない。
ふと、善魔に隙が生まれた瞬間に、マギカがアルトに視線を送った。
一度だけでなく、二度、三度と、彼女がアイコンタクトを送って来る。
(……なるほど)
それを見て、アルトは彼女の意図を察する。
致命の一撃。
それを彼女は、アルトに促しているのだ。
それは、アルトなら倒せると思っているわけではない。
前衛が失敗すると後衛も道連れになるが、後衛が失敗しても残っているのが前衛ならばリカバリーが効くのだ。
最悪、アルトが死んでもマギカだけは戦い続けられる。
彼女の意図を汲み取り、アルトは極小フレアの所々に、全力全開高威力+αのものを仕込んでいく。
相手にその場所がばれぬよう、常にシャッフルを繰り返す。
高威力のもの数が30を超えるくらいで、ついに状況が動いた。
マギカの攻撃が、善魔に隙を作った。
その最も近い場所に、極小高威力フレアがあった。
すかさずアルトは、フレアをぶつける。
その赤い炎は善魔の胸の装甲を軋ませながら溶かし、貫いた。
即座にアルトは、マナを解放した。




