8話
ダッダッダッ、とアスファルトの上を走る。
暑い日差しの中裏路地から表の大通りまで使って唯ひたすらに走る。
後ろは振り返らない。
男は常に前だけ見ているものだって、聞いたから。
一度振り返ったら、前を向くのに時間が掛かってしまうものだからって、だから−−−−−−−−−−−−−
「俺はもう、振り向かない!!!」
「待てやコラァ!!!逃げんな!!」
バンバンと凄い音を立てながら、一人の男が俺に追い付こうと迫って来る。
「待ったら死ぬでしょうがぁ!!??」
男は能力を使い攻撃しながら追って来るが、その衣服に特に乱れはなくまだまだ余裕がありそうだ。
一方それを軽い現実逃避をしながら逃げていた俺の衣服は、既に所々切れたり解れたりといった箇所が目立つ。
本当に昨日から逃げてばかりだな!?
「ッチ、感のいい野郎だ。一体どんだけ避けりゃ気がすむんだテメェは!!」
悪態と共に男が手を振ると走っていた左側の壁が沈み込むように凹み、その破片が幾つかが体を掠める。
また服にダメージが入るが未だ奇跡的に体には怪我は無い。
後ろを気にしながら足を強く踏み込み−−−−−−−−−−−−【パラ、パラ】
瞬間弾かれた様に左側の別れ道に飛び込む。
乱れた呼吸を突然の行動に乱れた呼吸を整えながら飛び退いた場所を見ると、一瞬遅れで再度地面が沈み込んだ。
「やっぱり・・・・・・」
いや、奇跡じゃねぇ。
何でか分からないけど、来るのが分かる?
これは・・・あの時、初めて能力が発現した時にも聞いた変な音。
それが危険を知らせる様に教えてくれている?
「またか、テメェ俺の能力を読んで動いてやがるな。予知系か未来視かどちらにせよ面倒くせぇ能力だな?」
「だ、だったら何だよ。お前の攻撃は幾らでも読める、何度やっても無駄だぞっ!!」
本当に面倒だと態度で示す男に精一杯の虚勢をするが、男はまるで気にせず俺を観察する様に若干の警戒をしながら距離を詰めて来る。
男には能力も把握し切れていない俺では勝てる訳が無いし、この能力では逃げる事しか出来ない。
「ハッ、良く言うぜ。それもジリ貧でしかねぇ一時凌ぎだろうが。それにまだまだま能力も使いこなせてねぇ様だな?・・・・・・・行き止まりだぜ?そこ。」
その男の言葉に通路の先を振り返るがその先に壁は無く、行き止まりでは無い。
瞬間脳裏にあの音と共に一つの映像が浮かび上がる。
それは壁に打ち付けられて息を吐き出す自分、しまった!?と思った頃にはもう遅い。
「!?・・・・ガッァァァ!?」
重い痛みが全身を襲い、肺から空気が押し出され一時的に呼吸困難の様な状態に陥る。
(何だ!?何が起こった?何で俺は地面に倒れているんだ!?)
理解不能の現象に混乱しながら必死に今起こった事を考えるが理解出来ない。
突然今まで感じていた重さが無くなり一瞬の浮遊感の後、落ちる様に叩き付けられた。
「やっと捕まえたぜ。こんな手に引っ掛かるって事は、やっぱりオマエ新参者だなぁ。荒事に慣れてねぇ。」
未だその重さから抜け出せない俺は、その男の歩み寄って来る姿を見て漸く現状を理解する。
「ハッ、無様だな。そうなっちまったらもう小細工は出来ねぇだろ?」
俺は来る途中何度も目撃した様に、壁に現在進行系で叩き付けられているのだ。
目の前で男が立ち止まり、掌をこちらに向けてくる。
(あ、ヤバイ死ん−−−−−−−−−−−−−)
【緻密の故意】
「あ?」
ドオォォォォォン!!!!!
爆音と共に一瞬にして男が視界から掻き消える。
耳を劈くような音と目まぐるしく変わる状況に目を白黒させている俺は、ただ唖然としたまま動く事が出来なかった。
「あらら、こんな所で爆発に巻き込まれるなんて、相当に運が無いわね。」
そんな路地裏に響く、透き通る様な女性の声。
その声の主は俺の側まで来ると、壁の向こうへ消えた男を一瞥してからこちらに振り返る。
「それに対して貴方は無傷。・・・・・・運が良かったわね?」
色素の薄い水色の髪色に、切れ長の瞳を悪戯っ子のように細めて笑うその女性はそう言って俺の顔を覗き込む。
そのクールな見た目に反した表情に思わず見惚れてしまう。
「あ、あな、・・・・・・・・痛っ!?」
「あ。無傷じゃなくなっちゃった。」
男が吹き飛ばされた事で能力が解除された俺は地面にずり落ちる。
俺のその様を見て女性がクスリと笑ったが、それを恥ずかしさを誤魔化すようにして仕切り直す。
「貴方は一体?」
「私?私は通りすがりの良い女、かな?」
鼓動が死にかけている時、鼓動と男が居なくなった路地裏で亜久路と市球磨はその場に留まり鼓動が走り去った方向に目を向ける。
一人は怪訝そうな表情をし、もう一人は何時もと変わらず気怠そうにしているだけ。
「亜久路、良かったのか?彼奴をシーズン君にまかせて・・・・・十中八九負けるぞ。最悪死ぬかも知れん。」
任せたと言うか、けしかけたのだが、
『叔父さんを倒す前に彼が相手になるよ。』
『ええっ!??』
『まさか彼も倒せないで僕に挑むとか言わないよね?特に名が通っているとかでもない君を、行き成り僕が?』
『亜久路さんっ!!??』
最後まで唖然とした顔で男に追いかけられて行った鼓動には同情をするが、こういった事は日常茶飯事なので強く生きて欲しい。
・・・・・・死ぬかも知れないけども。
この後の彼も気になるが、取り敢えず今は目の前の此奴の考えの方が気にかかる。
話を聞き、今日実際に会ったが春夏秋冬鼓動は一般人だ。
特に精神的に常人から離れていることも無ければ、肉体的に優れている訳ではない。
能力に関してはまだ何とも言わないが、使えなければ無いのと一緒だ。
「大丈夫だよ。彼、春夏秋冬鼓動君は死なないさ。・・・・・・・・だって彼には【資格】があるからね。」
そう言ってぼうっと何処か遠くを見ながら答える亜久路に、思わず辟易とする。
「また資格か。お前は何時もそう言うが、何の事を言っているんだ?お前の言う基準が分からない。」
「なんだい、僕に質問?【考察班】の君が?おいおい、そう名乗るんだったら是非とも考察してくれよ。答え合わせなら付き合うからさ。」
「ハッ、考察しようにもお前が今までそう言った奴等に共通点も何も見付からん。その癖お前の言うそれが私には無いと来ている。よもや適当に言っていないかと疑いたい位だね。」
全く持って進まない亜久路の言う【資格】に対する考察。
仮にも【考察班】を名乗っておきながらも予測のつかないそれには流石の私もプライドが刺激されてしまう。
いつも通りの軽口、それに少しばかりの苛立ちも混ざっていなかったかと言われると怪しいが、何気無く言ったその言葉。
「それは無いよ。」
それに対する亜久路の反応は普段の気怠げな様子を抜いた、至極真面目な物だった。
「それに関して、僕は一欠片の嘘もつく事は無い。絶対にだ。」
久し振りに見たその表情に、にかつての亜久路の姿が重なる。
本人同士なのだから当然の事なのだが、けれどあの時から変わってしまった亜久路がそれを表に出すのは稀の事で、だからこそ【資格】に対する重要生が見えてくる。
「何時も飄々としている。お前がそうやって感情を剥き出しにする程の物なのか?その資格は。」
「勿論。僕にとっても、この世界にとってもね。」
ドゴンッ!!!!
瓦礫の破片が吹き飛び、言葉の途中で彼女の上に影が覆い被さる。
「洒落臭えな、糞が!!」
此処まで嫌という程見た彼奴が瓦礫の向こうから飛び出して来たのだと気付く頃にはもう遅く、その手は既に彼女に向けられていて−−−−−−−−−−−−−−−−−
「・・・・、緻密の−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−」
「傲慢號令!!!」
拳が彼女に迫る。
その瞬間をスローモーションの様に順繰りに見ていく。
また、昨日の様に何も分からないまま、何も出来ないままなのか?
ただ見過ごすだけの観客の一人に徹して、助けてくれた恩人すらも見捨てるのか?
「しぶてぇな!!関係無い奴はすっこんでろや!」
「悪いけど。見ず知らずとはいえ人が傷つきそうな所を見て見ぬ振りをする程人間捨てていないのよ、ね!!」
二人の中間で途轍もない衝撃が走り、地面や壁を割る。
鼓動はその衝撃で支えが効かず、大きく吹き飛ばされてしまう。
そして何も出来ぬまま二人の動きを只々目で追う事しか出来ない。
この二日間で不可思議な現象や能力も見て来たが、未だ自分の認識が甘かったのだと理解させられる。
今もどう言う訳か突然降って来たビルの破片が男に降り注ぎ、それを男の【能力】と思われる風が振り払う等信じ難い現象が起こっている。
その一つ一つが常人であるならば怪我ではすまない様な物ばかり。
無理だ、俺にはとてもこの世界で戦闘をするなんて、能力もまだ上手く使えないのに。
二人の戦いは全くの互角と言って良い程で、お互いに対した決定打も無く幾度も能力がぶつかり合う。
「何もんだテメェ。俺と互角にやり合う奴で、テメェみたいなのは知らねぇぞ!」
「さあ?私は通りすがりの良い女ですので。名前は君には言いたく無いし・・・・それに、秘密の方がミステリアスっぽくて良くない?」
「テメェの頭が沸いてるのは分かった。もう喋んな!」
え〜君から聞いたんじゃん!と不服そうな女性はまだまだ余力がありそうで、茶化す様に笑っているがそれは男も同じ事。
グズグズと鼓動が怯えている間にも二人の戦闘は激しさが増していく、そんな中の事。
男の放った攻撃を女性が交わすが、その先に無様にも吹き飛んだ状態のままの鼓動がいた。
「・・・あ!?」
「・・・嗚呼ぁ?」
幾度も地面やコンクリートの壁を割っていた衝撃が真っ直ぐと此方に向かってくる。
ヤバい、今度こそ、死−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「緻密の故意!!・・・・・ああぁ!?」
死を覚悟して瞑った為に暗い視界中でも、その短い悲鳴は確かに聞こえ、数瞬して自分の隣に何かが叩きつけられたのが分かった。
痛みは無い、でも・・・・・・・・・・
怖怖と目を開け音がした方に目を向けると、其処には男の攻撃を喰らい激しく咳き込む女性が壁を背に倒れ込んでいる。
「あ、ああ」
「ッチ、しくった。こんな結末かよ。」
自分を助けてくれた恩人の傷ついた姿に微かな声が漏れる。
只そうする事しかできない鼓動を尻目に女性に近づく男は苦虫を噛み潰したような顔で腕を振り上げる。
「見捨てりゃ良かったのだろうが、あんな腰抜け。」
「ッ!・・・・それは私の生き方に反するので。」
「そうかよ、傲慢號令」
「ケホッ、ッ・・・・・緻密の」
「遅せぇよ!!!」
動け無い女性に男の拳が迫る。
女性も能力を発動するが間に合わない。
俺は何も出来ない。
どうして?何でこんなに弱いんだ俺は、しょうが無いだろ、まだ俺はこの世界に来たばかりで、能力だって戦闘向きじゃ無い、
でも、だからって諦める?
恩人すらも見捨てて????
・・・・・・・・・・・・それは違うだろう?
女性に攻撃が迫るその瞬間にまたあの音が鳴る。
紙を捲くる様なあの音が、
「・・・・・・・【仮説の可能性】」
パラパラ、パラパラパラパラ、パラ。