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虚実日記(ホロウグラム)  作者: 阿澄啓示
5/23

5話


コツコツと幾度と無く通り、既に見慣れた廊下を早歩きで進む。

何時も通りみっともなくならない様にし、背筋を伸ばすのも忘れ無い。

途轍もなく気が急いているが、それを表に出さない様に急ぐ。

やがて、一つの扉の前に辿り着くと息を整える。

これから先、会う人物に粗相が無いように十分に注意しなければいけない。 

万が一失望されよう物ならばもう生きてはいけない、そう冗談抜きに思っているからこそ気を付ける。


「失礼します。すみません、連絡に気付かず遅くなってしまいました。」


声を掛けて扉を潜ると、早速大きな声が響く。

部屋の中にいるのは七人で、内一人が身を乗り出して声を出している。


「だ~か~ら~!!んな面倒臭い事チマチマする必要ねぇだろ!?」


もう幾度も見慣れたその姿にまたか、と思う。

机を何度も叩くその女性の名前は百合月縁(ゆりづきゆかり)短い金髪と鋭い眼光が特徴的で、その瞳に見つめられるだけで何時も緊張してしまう。


「どうどう、百合月さん落ち着いて。きっとリーダーには何か考えがあるんだって。」


そんな声を荒げる百合月先輩を宥める様に、隣に座る温厚そうな男性が声を掛ける。

その男性の名は人見真治(ひとみしんじ)先輩、主に百合月先輩とタッグを組んで行動している苦労人だ。


「何かって何だよっ、人見!!!」


「アッハッハ、いやぁ、何だろう?」


「舐めてんのか!!!」


人見先輩はいつも短絡的で向こう見ずな性格の百合月先輩を引き止めるストッパー役を引き受けていて、こうして今の様に暴走しそうに成るのを抑える姿を良く見る。

そんな二人を尻目に奥へと目を向けると一人の男性と目が合う。

その男性は百合月先輩方を鬱陶しそうな目で見た後、溜息をついてから私に声を掛けた。


「やぁっと来たかよ、馬鹿詩音。後輩の癖に先輩を待たせ過ぎだろ、お前?」


短かく刈り上げた短髪に少しガラの悪い見た目、スーツを軽く着崩した半グレの様な姿。

先程電話で私をここに呼び出した葦際港(あしぎみなと)先輩の注意に私は直ぐに謝罪をした。


「葦際先輩。すいません、遅れました。」


「ったく。気を付けろ、お前ももう唯の平隊員じゃねぇんだ。まだ成って短いとはいえ幹部だろうが、もっと気を引き締めろ。」


「はい、すいませんでした。」


葦際先輩は見た目と言葉遣いは乱暴だが、理不尽な事は言わない。

何よりも道理に通っていない事が大嫌いで、今だって私に足りなかった意識を叱れど、それ以上言って来る事は無い。

それに対して、


「あ~、詩音怒られた〜!アッハハ恥ずかしい〜!」


この先輩は何処までも煽ってくる。


「喧しい、茶化すんじゃねぇよ芝崎。テメェも最初の頃は失敗ばかりだっただろうが。」


「ああ~!!!ちょっ、葦際さん!何も今言う事ないじゃないですかっ!・・・詩音に聞こえちゃうでしょ!?」


聞こえてるわよ。


「聞こえて困る事がお前にもあるんだろうが、他の人の失敗を笑うんじゃねぇよ。」 


「うぐぐ、」


葦際先輩の言葉に押し黙った、小柄で明るい茶色のボブカットがトレードマークの芝崎愛花(しばさきまなか)先輩は悔しそうに唸りながら机に突っ伏した。

何時も何かしら茶化そうとして失敗しては項垂れる。

又ももう見慣れてしまっている光景に少し呆れてしまう。

何故何時も突っかかってくるのか?

芝崎先輩とはここに入ってから2年の付き合いだが、会うたびに何かと言ってくるので正直参っている。


「葦っちゃんの言っている事は最もだよ愛花ちゃん。他の人を馬鹿にしてはいけない、何時だって誰かを貶める行為は後で何倍にも成ってかえってくるものだからね。」


その声に背筋がピンと伸びる。

正面の奥。

扉から最も離れた席、先程まで誰も居なかったその席に肘を付きながら、此方を微笑ましい物を見る様な目でその人は座っている。

全く気が付かなかった、一体何時の間に?


深海(ふかみ)隊長おはようございます。遅れてしまい申し訳御座いませんでした。」


「いーよいーよ金村ちゃん、なんの問題も無し、」


その男性、アタシ達がいるこの裏世界に幾つも有る能力者組織の内、最も力のある二代組織の片方【アーク】のリーダー深海宵(ふかみしょう)隊長は何でも無いようにアタシに謝罪は必要無いと言う。


「あ、隊長!・・・・・ていうか、え?何ですかその言い方。隊長も経験があるんですか?」


「う~ん、俺では無いけど。ただ昔、そんな様な場面に出くわした事があってね。少なくとも可愛い部下にはそんな風にはなって欲しくないんだよ。俺はね?」


「隊長〜〜っ。」


隊長の言葉に感極まった様子の芝崎先輩が涙ぐむが、それを葦際先輩が切り捨てる。


「んな事より、あれ止めろ。毎度百合月は煩くて敵わん、会議に支障を来たす。こういう時に落ち着かせるのもリーダーの務めだろうが。」


葦際先輩の指差す方を見れば、未だに大声で叫ぶ百合月先輩と襟元を握られ前後に頭を大きく揺らすグロッキー状態の人見先輩の姿が。

深海隊長は一瞬それに目をやった後に、無表情で顔を元の位置に戻す。


「葦っちゃん、そりゃ無いぜ。俺だって首を突っ込みたくない物だってある、好奇心は猫を殺すって知らない?俺は危ない橋は渡らないタイプなんだよね。そういうのは葦っちゃんに任せる!」


「巫山戯ろ、テメェの仕事だろうが。・・・つうかお前も今の今まで遅刻してたんだろうが、何しれっと会話に混ざってやがる。」


深海隊長の発言に食って掛かる葦際先輩だが、あくまで隊長は関わりたくないといった様に先輩に押し付ける。


「それはさっき言ったでしょ?誰にでも間違いはあるから責めてはいけないって。自分のした事は何倍にもなって返ってくるんだぜ?詰り俺の遅刻を責めるのは悪い事なんだ!」


「曲解が凄い。」


そんな風に互いに責任を押し付け合っていたものだから、その騒ぎに百合月先輩方も気が付いた。


「あ?・・・・リーダー!!何時の間に来やがったんだオラァ!」


「・・リー・・ダー、おは、よ。ちょっ、タスケ・・・・・テ」


「あ、百合ちゃんおはよ~。人見くんも・・・・・百合ちゃん、ちょっと人見くん離そうか白目剥いてる、白目剥いてるから!?」





それから暫く、グロッキー状態だった人見先輩の体調が回復し、改めて席に座り直した。


「さてこれで漸く会議の用意が出来たね。では早速、さて皆今日は急な召集に集まってくれて有り難う。こうして誰一人欠ける事無く集ま−−−−−−−−−−−−れて、ないね?」


隊長の目線の先には唯一つ空いた空席がある。

そこに本来ならば座る筈の人物は、もう暫くこの場に訪れていない。

殆ど使用されていないその席には唯副隊長の札が置いてあるだけで何処か物哀しい雰囲気すらしている様な気がする。


(又、会えなかった。幹部に成れたから今度こそと思ったのに。)


「副隊長は何時も欠席だろうが、何を今更。」


アタシがこの場にいないこの人物に思いを馳せている中、その話に動じず葦際先輩は分かりきった事だと発言する。


「そうですねぇ。副隊長って本当に本部に姿表さないって言うか、最早毛嫌いしてる領域だと思うんですけど・・・・隊長何かやったんじゃないですか?」


「俺限定!?決まり!?原因俺の一択なの!?」


「大体は。」


「大体は!?」


芝崎先輩の疑いの言葉に隊長が反応し話がそれ掛かるが、その流れを百合月先輩が引き戻す。


「つってもよぉ、確かにあの人が此処に寄り付かねぇのは不思議だ。仮にも【アーク】創設者の一人だろ?」


「別に本人に何かあった訳では無い様ですし、何なら一昨日位にあった時はピンピンしてましたよ。」


人見先輩のその言葉を聞いて思う。

本当に何故会えないのだろう?

一年前幹部に成って、漸く機会が回ってきたと思ったのに。

まさか・・・・・いや、でも、


それから又、暫く話したがこれと言った情報が出てくることも無く打ち切られた。


「う~んと・・・・・まぁ今の所は考えてもしょうがないか?うし、この話終わり。・・・・・じゃ改めて単刀直入に話し合おっか、」


それから何回目かの仕切り直しで漸く本題に成る。

途端、空気が僅かにピリついたのが分かる。

誰かが能力(ギフト)を発動している訳では無いのにも関わらず感じる圧迫感。

然し唯一人それを物ともせず好戦的な笑みを浮かべて隊長は議題を口に出す。







「彼奴等との今後の話を、さ。」





















()()も晴天なり。

昨日と変わらず雲一つ無い青空の元、俺は死にかけたにも関わらず、懲りる事無く亜久路さんに先導されて歩いていた。

と言っても何も昨日と同じく行き先は全く分からないままであると言う事はない。

俺も多少は学習するのだ。

事前に向かう場所を聞き、昨日の様に危なくなったら直ぐに助けて貰える様に土下座までした。

今日の俺に死角は無いのだ。


「君、プライドとか無いのかな?」


「何ですか行き成り。・・・・・俺は二度死にかけた事で、プライドで生き残る事は出来無いと学びました。俺はもう、何も恥ずかしくないんです。」


大真面目に真顔で言い切った俺に、亜久路さんは明らかに引いた様子で頬を引き攣らせる。


「・・・・・いや、君が良いなら良いけども。それはそれとして自衛できる程度には成って貰うからね。」


「それはもう、死にたく無いので頑張ります!!!」


「うお、すっごい素直。自分の気持ちに対して正直過ぎるくらい、昨日ので無理させ過ぎたのかね?」


亜久路さんはブツブツと何やら物思いに耽っているが、そうしながらも止まる事無く目的地へと進んで行く。

そうして軽い雑談をしながら暫く、漸く目的地周辺に辿り着いた。

大きなビルやショッピングモール、そしてそれ以上の飲み屋街が広がるその場所。


「おお!此処が、裏世界の栄ですか!」


「そうだよ。色々な洋服店やビル、然しそれ以上に酒や夜職が多い裏の栄。人呼んで【酔いどれ横丁】だよ。」


 





 

背の高いビルやショッピングモールの下を亜久路さんの先導で進む。

知っているようで知らない様なその景色を見回し、歩く人々を避けながら奥へと入り込む。

どうやら目的の場所までもう少し掛かる様で、それまでの間に昨日から気になっていたこの世界について聞いてみる事にした。


「そもそもこの裏世界っていうのは外の世界とは違う事ばかりなんだよね。昨日言ったみたいにずっと日付が変わらなかったり、不可思議な能力(ギフト)があるのは勿論だけどさ。その街並みも違う訳なんだよ、似てはいるけど本物では無い。基になってはいるけどもその物じゃない、みたいな感じかな。」



「?、違うのは当たり前なんじゃないんですか?同じ街なんか二つと無いのは当たり前ですし。」 



「うん、そうなんだけどね。まあだとしたら、この世界って何なんだろうね?」


「?」


亜久路さんのその問いがあまり要領を得ず、首を傾げる。

その様子をゴメンゴメンと言いつつ、亜久路さんは独自の考えを話してくれた。


「鏡合わせのもう一つって訳でも無いし、全部がひっくり返った逆転世界という訳でも無い。あくまで似ている別物。まあ、例えば平行世界の風景とかだったらもうそれまでの話なんだけどさ。でもこの世界色々と甘い部分があるんだよね。」


「甘い?それってどんな所がですか?」



「例えばこの裏世界と呼ばれる地域に、愛知県内の幾つかの場所しかなかったりとかが最たる物かな。」


「幾つかの場所?」


「うん。この裏世界に今有るのは名古屋、栄、大須、金山だけなんだよね。何が基準かは分からないけどね。」


それを聞いて俺は頭を悩ませる。

たった4つだけ?それだけしかないのか?外の世界はもっと広いのに。

それじゃあこの世界の広さだって大した事な−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「あれ?じゃあそれぞれの街の果てには何があるんですか?」


「お、良い所に気が付いたね。その答えは何も無い、だね。果てに有るのは一面の白い空間だけ、その先には誰も行けないよ。」


「・・・・・え?何も無い?」


「うん。此処は色々と不完全過ぎるんだよね。形には成っているけれど、完成じゃない。幾つかの法則は有るけれど、それも曖昧だ。これじゃあまるで・・・・・」


唐突に聞いてしまった世界の果ての真実に、唖然とする俺の表情を見ながら亜久路さんはまた悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。




「元の世界を元に作られた出来損ないの産物、みたいじゃない?」


その亜久路さんの姿に末恐ろしい物を感じながら、しかし俺は奥歯に物が挟まった様な気持ちで話しかける。



「亜久路さん。」


「何かな?」


ウキウキと楽しそうにする表情に、申し訳無い気持ちになりながらも意を決してそれを言う。









「そんな難しい話されても俺分からないです。」











「・・・・・・・・・・・・・・そっか。」

















「さ、着いた着いた。ここが目的地。」


「・・・・・此処は。」


そこにあったのは良くある大手チェーンのパチモノの様な喫茶店。

中に入ると、まだ朝早い時間ながら結構なお客が席についている。

似ているようで少し違う店内を物珍しさから見回す俺を連れ、亜久路さんは迷わず一つの席に近づく。


「時間ピッタリかな?」


「いや、二分遅刻。・・・・・何時も通りの事だけど。それよりも、君の連れを紹介してくれ。」


「あ、紹介とかいる?どうせ()()()()()()んでしょ?」


「それは勿論だけれど、それが挨拶をしなくていい理由にはならないだろ?」


軽い冗談交じりに気安い様子で話し合う二人。

亜久路さんの前に座る男性は何処か独特の雰囲気を持っていて、明るい黄色の瞳はまるで此方の総てを読み取っているかの様な感覚に陥ってしまいそうだ。


「此方、春夏秋冬鼓動(ひととせこどう)君。あだ名はシーズン、知っての通りまだ此方に来たばっかりだから、状況的には田舎から出て来たお上りさんって感じかな?」


「全然違いますけど!?」


「ああ、そうか。宜しくシーズン君。」


「ファーストコンタクトであだ名!?え、急に距離詰めてくるじゃん・・・・・」


「僕の名前は志球磨孔明(しくまよしあき)この世界では主に【考察班】と呼ばれている者だ。」

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